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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第13章 闇の破壊者

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overture

「やあ、こんにちは」


 完全にいつも通りの能天気さで、帽子の男は川畑の部屋に現れた。


「どーしました? 川畑さん」

「いや……そういえばお前相手だと俺も、突然、出現される側だなと思って」


 なにやら達観した顔で「ようは慣れか」と、しみじみと納得している川畑のことは気にせずに、帽子の男は時空監査官として局の用件を切り出すことにした。


「実は、ちょっと困ったことになっているそうでして」

「のりこがか!?」

「違います」

「そうか」

「如実に興味をなくすのやめてください」


 浮かしかけた腰を下ろして、書き物を始めた川畑に、帽子の男は肩を落とした。


「だって、伝聞ということは、お前もさして困っていないんだろう」

「それはそうなんですけどね。浮世の義理ってものがあるじゃないですか」

「浮世……っていうか、お前は本体が浮いてるな」

「やあ、それは言わない約束ですよ〜」


 あはははは、と能天気に笑いながら、下半身がグラデーションで透けた半透明の男はひらひらと手を振った。

 川畑は、いらぬ面倒事に巻き込まれる前に、このままコイツを適当に煙に巻いて追い返すべきかと考えたが、それも少し気が引けた。認めるのは癪だが、定かなものが全然ないフワッフワの時空の狭間に生きている身としては、時空監査局に多少の義理立てはしておいた方が良いのも確かだ。


「それで?」

「川畑さん、偽体のリモート運用得意でしたよね」


 偽体は時空監査局が使う異世界転移用の偽装人形である。局のエージェントが異世界で活動するリスクを低減するために、通常は操作者の意識のコピーのみをダウンロードして使用する。川畑も以前使ったことがあるが、彼の場合はイレギュラーが多くて上手くコピーを分離できず、本人がリモートで操作した。


「偽体は反応が鈍いから嫌いだ」

「それで生活しろってんじゃないので安心してください。一件、担当してもらいたい物件があるんですよ。日常生活の片手間で、ちょいちょいっとお願いします。マルチタスクもかなり得意でしょう? 川畑さん」


 なんでも、想定外の不具合で通常の運用ができなくなった偽体があるのだという。元の担当者の意識は緊急で抜いたが、そのままその偽体を現場に放置するのは望ましくないので、穏便に回収できるよう協力してほしいとのことだった。


「事故物件じゃねぇか」

「だから保証しなくて良い非正規雇用に話が回ってくるんですよ」

「ぶっちゃけ過ぎは良くないって言われたことないか?」

「正直で透明なたちなんです」


「ほーら、透けてるでしょう?」と、くるりと回ってみせる帽子の男に、川畑は手元の消しゴムを投げた。消しゴムは帽子の男の体をすり抜けて部屋の隅にポトンと落ちた。


「危ないなあ。当たったら痛いでしょう」

「その口ぶりは、知識で知ってるだけだな」

「川畑さんって、たまに察しがいいですね」

「……それで、俺にその事故った偽体に入って何をやれって?」


 放置するとどこまでも脱線する帽子の男相手に、延々と無駄口を叩いていても埒が明かないので、川畑は仕方なく話を聞いた。




 緊急で話が回ってきたので、詳細は自分も聞いていないと前置きして、帽子の男が語ったところによれば、くだんの偽体は、とある世界に派遣されていた下っ端時空監査官が使用していたものだという。

 要警備対象の尾行中に、強力な魔法の一種に巻き込まれたらしい。


「護衛役ではなかったんですが、保護対象の人物を守るためにとっさに割り込んで、呪い属性の魔術を肩代わりしたんですって」

「ずいぶん自己犠牲精神に溢れた奴だな」

「保護対象がかわいいらしいです」

「時空監査官ってそういう基準で行動して良いのか?」

「モチベーションの保ち方は人それぞれです。おかげでトラブルになっているんで、褒められた話ではないですけどね。結果、最悪の事態は免れそうなので結果オーライにできる可能性はあります」

「まだ、結果オーライではないのか」

「そこは川畑さん次第というわけです」

「ううむ、やだなぁ」


 最悪の場合は、王城のある市街地が一夜にして壊滅し一般市民の死傷者多数、国家の上層部がドカチャカになって、無政府状態から無法寄りの軍事政権に移行し、都市外へも被害が拡大。国家間規模で泥沼の紛争が勃発して、文明レベルが降下するシナリオがあり得たらしい。


「戦争でテクノロジーが発達しないケース?」

「技術開発競争で戦争する類の世界じゃない判定が出ているんじゃないですか? 急激な変化で本拠地に被害が及ぶ消耗戦は教育機関や研究開発機関などの知識の集約地が破壊されるので、文明が暗黒化し易いんです。それに今回は"邪神"絡みなので悪意ある介入の要素が多いんだとか……」

「神界構造のある世界なのか」

「いいえ。マジックフレームはあるようですが、前回行っていただいたような階層構造はないです。"神"は実在しないので、そこは今回は気にしなくていいですよ」


 対象世界では、信仰は完全に文化的な習慣なのだと帽子の男は保証した。

 今回、問題になる"邪神"というのは、異世界からの介入者を指す時空監査局の業界用語(スラング)らしい。


「そうじゃなきゃ、ただの世界内紛争なんて、うちは介入しないですから」と、半透明な時空監査官はドライに言った。内部紛争による自滅は管轄外らしい。

 ただ、稀にそうして自壊した世界から、力ある存在が他の世界に漏れてしまうことがあるのだという。


「この前行った世界で、古い神々がはじき出されるとマズイって言ってたアレもか」

「そうです」


 時空への干渉力の高い(ヌシ)的な存在が別の世界に渡ると、そこの世界のバランスが崩れる。

 理性と節度を保った存在か、逆に自我に相当する意識が薄く、受動的な存在ならば、渡った先の世界のルールに従って定着するのだが、そうでない場合、世界を成立させている定義を揺るがして、崩壊させてしまう可能性が高い。


「低級の(ヌシ)が単独で発生させている小さな泡沫世界程度なら、それほど問題はないんですが、ある程度の規模の世界だと、そこの崩壊で連鎖的に周囲の世界がやられるから厄介なんですよね」

「なるほど」

世界設定(ワールドプロパティ)への過干渉や、世界崩壊につながる(ヌシ)殺しは重犯罪ですから、気をつけてくださいよ」


 帽子の男は、以前、小世界の低級主を倒した前科のある川畑に念を押した。

 帽子の男の知らないところでも、いくつか小世界をクラッシュさせた覚えのある川畑は「わかった。気をつける」と神妙に答えた。

 どこまでが個人裁量でお目こぼしされる範囲なのかはわからないが、おそらくこの帽子の男は、時空監査官の中でも判定がガバガバな方で、だとしても許されるのは、最初の砂蟲程度が限界な気がした。オーバーテクノロジーで時空を管理する謎の巨大組織に指名手配されるのは、ちょっと生きていくうえで面倒くさいから避けたい……と川畑はそっと自戒した。


「まぁ、邪神なんて呼ばれる存在は、欲望と破壊衝動の権化で、節制や人間性みたいなものはなくて、論理的な交渉が通じない奴なので、川畑さんの対極にあるような存在ですけどね〜」

「厄介だな。でも、論理性がないということは他の世界への干渉は偶発的な事故なのか? 世界との同期や異世界への転移って、かなり高度な調整技術がいるから、理性なしでは無理だろう」


 川畑自身は時空監査局のデバイスの魔改造品を不正使用しているので、ある程度、自動で転移しているが、それ無しで転移は相当高度な術式が必要だ。


「ですから、通常はうっすら影響力を及ぼせる程度にかぶるだけなんですが、たまにそれを"受信"しちゃって、意外に波長が合って魅入られる"信者"が出ちゃうんですよ。そうすると、そこを窓口にして、その世界に干渉を始めて、顕現しちゃう事がありまして」

「なるほど。邪神だな」


 今回の厄介事は、その手の"波長が合っちゃった"者が絡んでいる一件なのだという。


「詳しい調査結果は追ってお知らせしますが、まずは現地入りしていただけませんか? わりと緊急事態らしいんで」

「業務内容は邪神退治か?そんな勇者みたいなことやりたくないんだけど」

「あ、そこまではやらなくていいです。頼まれたのはあくまで暴走偽体の制御と穏便な処置なので」

「転移で回収すればいいのに」

「そのあたりは状況をみつつ順次対応ですかね」

「行き当たりばったりかよ」

「そうはっきり言語化するのは無粋というものですよ」


 ちっちっちと、立てた人差し指をワイパーのようにふってみせる帽子の男に、川畑はイラッとした。


「まあいいや。やってやるから、偽体と対象世界の諸元渡せ」

「はい。では座標系はデバイス経由で。その他はデータクリスタル?」

「リーダーとセットで貸してくれよ。というか、お前のデバイスか翻訳さん経由で送れないのか?」

「川畑さんの使ってる翻訳さんって、なんか変なことになってるからよくわからないんですよね〜」


 帽子の男は「困ったもんだ」と、全然困っていない顔で言って、一人でうんうんと頷いた。


「そうだ。局のデータベースへのアクセスキーを表示しますから、翻訳さんで読んでもらって、そこから情報取得してください。認証コードはコレで……」


 時空監査局のセキュリティ担当者がこの現場を見たら、悲鳴を上げるんじゃないかな? と川畑は思ったが、ありがたくアクセス権は頂戴した。


「ところで川畑さん。恐ろしい最強の”魔獣”って聞いて、イメージするものって、巨大ですか?」

「何だ、突然。そりゃ、大きさは脅威だけど……巨大なのは"怪獣"じゃないかな?」

「良かった。じゃあ、川畑さんがイメージする完全な最強魔獣って、巨大で無分別に暴れまわるやつじゃないですね」

「完全で最強なら知性体だろ」


 川畑は好きなフィクションに出てくる架空の生物を想像した。

 やっぱり完全生物と言うならあれくらいの知性は欲しい。


「OKです。では、偽体の件、よろしくお願いしますね」

「ちょっと待て。今の質問は一体どういう脈絡で出てきたんだよ」


 帽子の男は説明せずに姿を消したが、川畑は問題の偽体にアクセスしてすぐにその理由を知ることになった。

新章開幕

今度はオーソドックスにナーロッパです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] もうしばらく新章こないかなと勝手に思ってたので嬉しいです! [一言] ちょっと読み返してきます。
[良い点] 待ってました❗新章が楽しみです。 [一言] 帽子さん懐かしい
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