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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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川畑の休日3

今ひとつ煮えきらない態度だった川畑が、ダーリングさんに説教されたので、続きです。

会いたいやつがいるならアポイントメントを取って、予定を調整して会いに行けばいいだろう。


「急に押しかけようとするから、嫌がられるんだ」と指摘されて、あまりの正論に川畑は深々と反省した。


「(というか、基本的に覚えている転移先座標が相手の私室の中とか、そういうパターンが多いのがまずいのか)」


最終的に退出したのがそこだったり、開けた場所や他人が出入り自由な場所だと人目につくということから、ついプライベートな空間に転移座標を置きがちだったが、そのせいで突然出現すると迷惑だというのは多分にある。


「(いったん別の離れた場所に出現して、同一世界内の無難な方法でアポイントメントをとってから、予告した時刻と場所で会う……同一世界内の無難な方法ってなんだ?)」

川畑は知り合いのいる世界での無難な連絡方法について考えてみた。

身分証明書とアカウントがなくて、相手のアドレスも使っている通信プロトコルも不明な状態でリモートでアクセスする方法がわからない。中世世界だと郵便制度すらろくにないところが多い。秘境に引きこもっている賢者や魔女にお使いを出すって、それは勇者への試練ミッションだ。


「(紙に行く予定の日時のメモを書いて、そっと届けておくというのはどうだろう?)」


想像してみた絵面が、クラシカルな怪盗の犯行予告カードだった。

無難って、難しい。





「バカだなぁ。とりあえず来い」


忙しかったり、人と会う気分じゃなかったら別の時間に出直せって断るから。


小さな賢者モル・ル・タールは、呆れ顔で土産を要求した。

「えーっと。スミマセン。何も用意してこなかったです」

「なってないなぁ。大家に家賃代わりの土産話ぐらい用意してこいよ」

「話でいいんですか?なにか面白いネタかぁ……」

「知識だ。最近、仕入れた新しい知見をよこせ」

「そういえば賢者だったって唐突に思い出しました」

「お前、私を何だと思っているんだ」

「かわいい小動物」

「か……かわいいって、なんだ、お前っ」

川畑は小さな子供にしか見えないモルの青灰色のふわふわの髪をポフポフと撫でた。

「かわいい、かわいい」

「だーっ!やめんかーっ!!」

「とりあえず、散らかし放題の台所ちょっと片付けて、なんか茶菓子とお茶用意してから、話をしましょうか。最近行った世界の多元構造と鉱石への生気充填システムの理論の話なんてどうです?」

茶菓子より新鮮なレタスの方がいいか?と尋ねた川畑は、賢者に「子供動物園の餌やりかっ」とクッションを投げつけられた。




「出現地点なんて、迷わなくても、城内にお前の部屋があるんだから、そこに出て呼び鈴を鳴らすか、魔術で連絡を寄越せばいいだけだろう」

川畑の魔法の師匠である北の魔女ヴァレリアは、大きな杖をゆらゆらと揺らして、魔法陣の中で何かの部品を組み立てながら、面倒くさそうに答えた。相変わらず悪女系魔女っぽさ満点の黒いセクシーローブ姿だが、今日は長い黒髪を三つ編みにしている。術の行使に邪魔だったらしい。彼女は実用性優先派だ。


「ちょっとそこの石版をこっちに持ってきてくれ……私が留守だったら、城のサーバントに行き先を聞くか、伝言して出直せばいいだけだ。なにを悩むことがある」

弟子として、さんざんこれまで自由に出入りしておきながら、今更なにを言っているんだ、アホウとぼやきながら、ヴァレリアは川畑に、そんなことより魔術の学習の進捗を報告しろと命じた。

「眷属が生活している世界構造と隣接する神域から、別階層に展開した魔術定義階層を通じて特定眷属に魔術を発動させるだけの力を与える仕組みはなかなか面白かったんで、擬似的に習得してきました」

「ああ、この前、お前に呼ばれた世界か。あれはなかなか面白い世界だった。あそこで発達していた機械類の理論や構造は覚えていないか?航空機類の飛行理論がユニークでデザインがなかなか良かった」

「たしかにあそこの浮揚力定義とメカデザインはかなりロマンがあったなぁ」

何やら怪しげな機械を作り終わったヴァレリアは、身長ほどもある杖をローブの袖の中に一振りでしまうと、川畑の方に振り向いた。

「よし。では空間への立体イメージ投射の魔術がどの程度上達したか見てやろう。お前が乗ってきた航空機の構造をできるだけ詳細に投射しろ」


マッドエンジニアでもある魔女が、単なる外形や3DのCAD図っぽい画像の提供だけで許してくれるわけもなく、川畑は羽ばたき飛行機で一晩、巨大航空機込みでもう3日間、レビューと他世界への応用の検討会をやらされた。




「というわけで、ヴァレさんから、修理した部品を預かってきたんだけど」

「バカ野郎!んなこと言ってる場合か!!」

宇宙船タイム・フライズ号の船長であるジャックはパイロットシートでモニタを睨みつけたまま怒鳴った。

「船長、敵性小型船5、ほぼ包囲陣系です」

隣のコパイが冷静に状況報告をする。副操縦士(コパイロット)は運行基準通り気密服でヘルメットも着用しているが、ジャックはラフなジャンプスーツ姿でヘルメットなしだ。船内の気密が破れれば死ぬ。敵船に囲まれていると言う割に、船は定加速で回避運動もしていない。

「何?演習中?」

川畑はジャックの後ろから、モニタを覗き込んだ。

「ちげーよ!大ピンチだよ。ふざけんな」

「この船なら、ちょっと加速すれば振り切れるだろう」

「生き物、乗せてんだよ!高G厳禁だ」

後ろを指されて振り返ってみると、なるほど無理矢理作った船室に、人よりも大きな鳥がうずくまっている。

「純血の赤金鳥のメスとその卵……チッピーの妻子だ」

希少な純血の赤金鳥というだけでも好事家の間では高額で取引されるだろうに、赤砂地の首長鳥レースの伝説の覇者鳥チッピーの血統の卵までセットとなると相当な貴重品だ。バカ高いタイム・フライズ号のチャーター料金を払ってでも輸送を依頼する客はいるだろう。

そしてこの積み荷は、少しでも"破損"するとヤバイ。下手な加減速で首の骨でも折られたらことだし、雛が生育中の卵は、殻さえ割れなきゃいいというものでもない。


「ゴーフル事件で捕まった悪党どもの残り滓の宇宙海賊だ。木っ端の逆恨み連中だが身動きが取れん」

「Vシステムは?」

「お前が持ってきたのがその修理部品だよ」

「ああ、なるほど」

星間航行中は取り替えられない部品だ。システムの根幹となる部品ではないが、コマンド入力と制御用のインタフェース部分なので、防御、迎撃共に使えないらしい。


「もう少しで星系重力圏外に出られる。そうしたらジャンプでなんとか……」

「高次空間通信ジャミングを確認。この状態ではジャンプインは不可能です」

「クソっタレ!」

ジャックはモニタの脇を拳で叩いた。

こんな低加速でノロノロ飛んでいて捕まるなんて、銀河最速を自称するこの男には屈辱以外の何者でもないだろう。


「マスター、お願い。助けて」

「この子も怖がってる」

うずくまって卵を抱いている赤金鳥に寄り添うようにしていた妖精二人が、川畑に助けを求めた。

「もう安心していいぞ。カップ、キャップ」

川畑は微かに、だが力強く頷いた。

「悪い奴はみんな足止めしてやったから」


タイム・フライズ号を包囲していた敵戦闘機の光点がモニタから一瞬消えた。次に現れたときにはそれらの速度は限りなくゼロでたちまち高速で後方に消えた。

「え?あれ?」

「敵船をその場に転移させた」

転移後は、慣性がキャンセルされて、自身と比較した場合の基準となりうる一番近い高重力源に対して相対速度ゼロになるため、この場合、敵船は恒星系に対して静止する。加速性能がどれほどあるか知らないが、1G加速で飛び続けているこの船にすぐに追いつくのは無理だ。


「相変わらずのインチキ魔人め」

だが助かったと、ジャックは嬉しそうに川畑の胸に自分の拳を当てた。

「いいタイミングで来れたようで良かった」

川畑はジャックや妖精達にお土産を渡し、チッピーの妻子だという鳥と卵の具合が問題ないことを確認した。

「大丈夫。なんともない」

「くるぅ」

「お前は器量好しておとなしい賢い鳥だな」

「くるる、くるぅ」

川畑は卵を抱く鳥を優しく撫でて微笑んだ。


「お前に来てもらうのにいいタイミングっちゃ、いいタイミングだったんだけど、そういうわけで、ちょっと今は立て込んでるんだ。このあとジャンプシーケンスに入らなきゃいけないし。悪いけど積もる話はこの仕事終わってからでいいか」

ジャックは、また今度、チッピーのいる牧場の近くの食堂に一緒に行こうと言った。

「例の麺料理が美味かった屋台のおばちゃんが店出したんだよ。一緒に食べようぜ」

それまでお前は嫁のところにでも行ってろと言われて、川畑は苦笑した。

「なんだよ。もう行ってきたあとだってか?何度でもいいだろ」

「いや、前にも言ったとおり、俺はもう彼女のいる世界には……」

「うるせぇ。まだそんなことグダグダ言ってやがんのか。いい加減にしないとエアロックから放り出すぞ」

「マスターなら多分平気だよ」

「ああ、そうだろうよ!でもな、コイツは暇なのにしばらく嫁に会えないとグダグダになるんだよ」

「あ、わかる~」

「そうだね~」

妖精達は仲良く頷いた。

「なんか小難しい事情があった気はするが、俺は忘れた。お前も気にせず行って来い」

「無茶苦茶言うな……」

「女は抱けそうなときに手を出しとけ。理性だの論理だの将来設計だの、そんなもんは女のことなんて気にならないときに棚卸ししろ」

「じゃあ、ジャックは、いつも女の子のことが気になっているんだね」

「カップさん、俺、今、わりと真面目に大事なこと言ってるので、そういうツッコミの仕方やめていただけます?」

日頃の上下関係を偲ばせる情けない声で、後部にいる青い妖精に、恨みがましい視線をちらりと向けたジャックだったが、すぐに二枚目半弱ぐらいの表情で川畑に向き直った。

「お前が俺ほど刹那主義でも無節操でもないことはよく知っているけどよ」


考えすぎは良くないぜ。


「大事なのはなにかを間違えんな」という言葉を噛み締めながら、川畑は転移した。





学校から帰ってきて、自室の扉を閉めてすぐに、ノリコは手帳を取り出した。

わかっている。返事は書いたばかりだし、返信はリアルタイムじゃないと言われている。

それでも川畑にメッセージが送れるアイテムとして時空監査局の男に渡されたこの手帳は、ノリコにとって唯一の連絡手段だ。

こちらからの連投で相手を煩わせたくはないが、彼からメッセージが入っていたら秒で答えたい。……いや、熟考してきちんとした恥ずかしくない返事を書きたい。

こと川畑のこととなると、自分がかなりダメな思考に陥りがちな自覚があるノリコは、一度深呼吸してから、手帳を開いた。


まだ、自分の書いた文字の下は空白だ。


ガッカリするな、自分!これはリアルタイムじゃないから。いつ返事が来るかの保証はないから。

気分が下降しかけた自分を叱咤して、机に向かう。今日の課題を終わらせてしまおう。

手帳を閉じようとしたとき、紙面にゆらりと文字が現れた。


""ありがとう。もう大丈夫"

"もし迷惑でなければ、ちょっとだけ会いたいんだけど、いつなら都合がいいかな?日時指定してくれたら"


文字がそこまで現れた時点で、ノリコは自分の部屋の中を見回した。

どこだ?彼はいつどこでこの文を書いている?

"日時指定してくれたら、それに合わせて行くようにする。ちゃんと玄関から""

ノリコは、急いでレースのカーテンを開けて窓の外を見た。

いた!

向かいの家の百日紅の樹の下で、背の高い男が緑のガラス瓶に入った飲料を片手に、小さな手帳を開いている。

やだ、カッコいい。なにかのCM撮影?


今の自分の格好はちゃんとしているだろうか。万全のおしゃれをして、きちんと待ち合わせてデートができるチャンスなのでは?

高速で膨大な懸念と煩悩が脳裏をよぎった。


いや。川畑くんには会えるときに会うべし!


ノリコは窓を開けて大きく手を振った。

「今、行く。そこに居て!」

日頃、どこの時空で何をしているかわかったもんじゃない相手に、そこを動くなと厳命して、ノリコは二階の自室から玄関に急いで向かった。自己最速記録だった。

会いたい人には会えるときに会っておけ。



川畑は休日を満喫した。

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― 新着の感想 ―
[一言] はぁ…2周目終わってしまった。もちろん最初からですよ! 2周目は2周目で色々なことが繋がってるのが分かってすごく面白かったです。 続き…続きはいつですか!待ちきれない涙
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