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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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interaction

10〜12章分のエピローグです。

「というわけで、僕の気ままな冒険は幕を閉じたのさ」


寄木細工の床の中央に凝った草花模様の絨毯が敷かれた客間で、来客用の猫脚の椅子に座ったジェラルドは、クラレンス公ウィリアムへの帰国の報告をそう結んだ。

現実的で堅実な男であるウィリアムは、怪異や幻想譚に興味はなかったし、実在も信じていなかったので、王国建国以前に遡るほとんど神話の時代の魔物や、古の神々が登場するような脚色と誇張だらけの話をどこまで信用してよいか判断しかねた。

「皇国の大型航空機が試験飛行中に墜落した事故のニュースは聞き及んでいるが、あれは官民連携の開発の()()機だったという報告だったぞ」

「うーん。まぁ、公にはそう言うよね」


とにかく、一連の事態の裏取りと対応が終わって、安全性が確認できるまで、単独行動(一人住まい)は禁止。身元のしっかりした護衛をつけること!と厳しく言われたと、ジェラルドはうんざりした顔をした。

ウィリアムは、ジェラルドのお守りを任されている王城の関係者に同情した。


「預かっていた使用人を返すから、身の回りの世話をさせたまえ」

「使用人?そんなのいたっけ?」

「君が買ってきた奴隷だ。従者と護衛を一人ずつ。いらないからと言ってうちにおいて行っただろう。こちらで必要な基礎教育はしておいた」

この際、紐付きの見張りがつくのは諦めろというウィリアムに反論する材料をジェラルドは持たなかった。


「とにかく、しばらくはおとなしくしていたまえ。でないと城の連中に軟禁されるぞ」

「やれやれ。わかったよ。迷惑をかけた警備チームには、アップルパイでも差し入れておくことにするさ」

新しい世話係の初任務はそれにするから、君から言って手配しておいてくれとジェラルドはウィリアムに頼んだ。

「それくらいは構わんが、君が連れて行った方の従者は結局どうしたんだ」

「あいつはね……解放したよ」

ジェラルドは、窓の外を眺めた。

「やっぱり烏は籠で飼う鳥じゃなかったってことさ」

「連れ歩くには身元が不詳で得体がしれなさ過ぎるからよせといった私の言葉が正しかったわけだ」

「正体が僕の思っていた通り過ぎたのが一番の問題だったというだけなんだけどね」


ジェラルドはウィリアムに、先代クラレンス公からいただいた秘蔵のワインを譲ると約束した。

「もしいつか出会うことがあったら便宜をはかってやってくれ。色々と欠点はあるが恩人なんだ」

「わかった。祖父の代からの付き合いのよしみだ。息子や孫にも話は通しておこう」

「孫!?ウィル、君もうそんな歳なのか」

「変わらないのは君だけさ」

ジェラルドは、自分よりも長命でちっとも老いそうにない奴らを思い浮かべて、苦笑した。

「(今頃、どこでなにをやっているのかな)」


窓の外に鳥の姿はなく、ただ白い雲が浮かんでいた。





フワフワと境界の定まらぬ色彩が散った花園で、川畑は仲良くなった子供の姿を見つけて声をかけた。

「やあ」

「あ!」

川畑の姿を見つけると、その子は嬉しそうにまっすぐ駆け寄ってきて飛びついた。

「ありがとう!お願い叶えてくれて」

「うん。君も俺のお願いをきいてくれたね」

「ふふふ。いっぱい"大目に見た"よ」

「ありがとう。助かった」

川畑は感謝の気持ちを込めて、子供の頭を撫でた。子供は嬉しそうに目を細めた。

「お気に入りが元気になって嬉しい。最近どこにいるかわからなかったの」

「そうか。じゃあ、今度またお話しに行ってあげるといいよ」

「嫌がらないかな?かまわれるの好きじゃないみたいだもの」

「そんなことないさ。きっと喜ぶ」

川畑はファーストマンが聞いたら激怒しそうな話を、いくつかこっそり教えた。

「へぇー、そうなんだ。やってみるね」

川畑は善意に溢れる愉快犯の笑みを微かに浮かべながら、穏やかに頷いた。


「ところで。この前、俺が連れてきた奴はどうしてる?」

「元気だよ。さっきまで一緒に遊んでた」

子供は川畑の手を引っ張って、他の子がいるところまで連れて行った。

「あのね。あの新しい子、ずーっと、うちのおチビにベッタリなの。私は一番大っきいから、一番のオチビが一人で新入りの面倒をみているときは助けてあげなきゃいけないの」

「偉いね」

川畑は少し向こうに、見覚えのある子を見つけた。

「レパ!久しぶり。元気にしているかい」

その小さな引っ込み思案の子は、急に声をかけられてびっくりして振り向いたが、相手が川畑だとわかるとパッと表情を明るくした。

「うん。元気だよ……この子も」

その子の後ろには、隠れるようにして、さらにもう一回り歳が下に見える子供がいた。

「ありがとう。いっぱいお話してあげてくれたかい?」

「うん!とっても楽しかった」

「良かった」

「一緒に遊ぼうよ。新しいルールを思いついたんだ」

川畑は、子供達と仲良く一緒にひととおり遊んでから、用件をきり出した。彼が、新入りの子に用があるので迎えに来たのだというと、他の子供達はガッカリした顔をした。

「えー、二人で面白い新しい機構を作ろうとしていたところなのに」

「へー、いいね。どんなのだい?」

「うーん」

小さな二人は顔を見合わせてためらった。

川畑は二人の前に膝をついた。

「秘密なら、無理には聞かない」

ホッとしたような二人に、川畑は「二人だけで一気に盛り上がって思いついた話は、十分に休息と気分転換をしたあとで再検証すると、ぐっと良くなるぞ」とアドバイスした。

「わかった」

川畑は一番小さな子の手を引いて、じゃあまたねと手を振る子供達と分かれた。



「レパとは存分に話せましたか?」

「うん。お前が邪魔をしなければ、もっと真理について話せた」

歩いているうちに、子供の身長は伸び、声音は低くなり、少しかすれる程度にまで老いた。

「その続きはまたここに来たときにお願いします。アルベルト」

「いいだろう」

厳めしい容貌に戻った博士の手を、川畑は離した。神との対話がかなった博士の双眸からは以前のような狂気は消えていた。

「それで私になんの用だね」

「はい。とある人物の技術顧問になっていただきたいのです。事業を新しく立て直すために最新技術に関する知見が必要なので」

「金持ちの道楽につきあわされるのか」

「むしろあなたの道楽に金を出させる機会になるかも知れませんが……気が向かないなら弟さんにお願いしますので結構ですよ」

「ふうむ」

博士は逡巡した。

「雇い主となるのはどんな奴だ?」

「高貴、厳格、古風な伝統主義者、だが変化に対する態度に柔軟性はある。高い知性とプライドの持ち主。頭の中は前時代の遺物級だが物覚えは良く、革新的なことでも論理的でありさえすれば、適応は早い。命令する立場でしか生きたことがないが、意外に寛容」

「高い知性というのはどの程度だ」

「まったく無知な状態から2日で、電信の原理と機械的な機構と通信コード表をマスターして自分で電文が打てるようになりました」

「引き受けよう」

「彼の館までお送りします。先に弟さんにお会いしますか」

「やめておこう」

「では、手紙を書いてください。届けておきます」

「なぜ、それほど弟にこだわる」

「家族の絆は、あなたの人間性のためには重要です」

アルベルト・アドリアは、この背は高いが凡庸な容姿の青年をじっと見つめた。

「人外の怪物に人間性を説かれるとは思わなかった」

「神ならぬ人の身で、この世ならざる知見を得た場合は、人の道と人の生活とはいかなるものかを十分に意識して過ごす必要があります」

「人外らしい視点で興味深い」

「家族の存在は、あなたを人たらしめるでしょう。アルベルト・アドリア」

人の社会に戻るにあたって、しばらくは偽名ぐらしをしていただく必要はあるかもしれません。身分証その他の社会的書面は現地で担当者が用意するはずなのでその指示に従ってください、と説明されて、博士は渋面をつくった。

「神々のしろしめす座で、とてつもなく俗な説明をするのはやめてくれ」

「では、戻りましょう。肉体が再構成されますので、到着後、不調を感じたらおっしゃってください」

「君は信仰と風情を理解しない最悪なガイドだ」

「あなたが、自分は奇跡的復活を果たした聖者だなどという誤解や思い込みをしないためには、これぐらい即物的な方がいいでしょう?」

「わかった。わかった。我が魂を俗世の只人の身に下ろしてくれたまえ」

二人の姿が消えた後には、ただ茫洋とした神界が広がっていた。






クラレンス公ウィリアムは白大理の床に響く自分の足音を聞きながら、あの日も足音は1人分だったなと思い出した。


王城の最奥にある今は使われていない宮殿は人の気配もなく、いかにも幽鬼の類が出そうな雰囲気だった。特に肖像の間は、窓から日差しがほとんど入らない位置にあり、暗い。高い天井から下がる古風なシャンデリアにも明かりはなく、陰気さを高めているだけだ。迷信深いものは、歴代の王族や英雄の肖像が並ぶ様さえ不気味だと思うだろう。

それでも公爵にとっては、ここは不気味な場所でもなんでもなかったし、幽霊が出ると聞いたら、むしろ不敬だと咎めただろう。


むしろ公爵にとっては、あの日、自分のすぐ隣を歩いているのに、足音どころか人の気配すらない同行者に、神経が擦り切れる思いがしたものだった。


「歴代の王はあまり似ていないですね。代を遡るほどその傾向が激しい」

「王国の初期は血縁を重視して国王を選定していない」

「なるほど。ということは最近は血縁重視なのか。入り口付近の肖像は貴方によく似ていたし」

それにしてもちょっと見ない間にこんなに代を重ねていたとは……などと呟いていた相手は、公爵の息子並に若く見えたが、王国の歴史を"ちょっと"呼ばわりする長命者らしかった。


公爵は肖像の間の突き当りの壁にかかったタペストリーの前で足を止めた。古いタペストリーは建国王の英雄譚を描いたものだ。

タペストリーをめくり、装飾板に巧妙に隠された鍵穴に鍵をさす。


あの日、石壁の奥に続く暗い入口を覗き込んで、同行者は感嘆の声を小さく上げた。

「"歴代王族"の列にないと思ったら、こんなところに別展示なのか」

明かりで照らす前の真っ暗な室内を見て、「なかなかよく描けている」などと言う同行者に、公爵はついぞ使ったことのなかった魔除けの言葉を胸の内で呟いたのを思い出した。


クラレンス公ウィリアムは、魔除けの言葉を口にしながら、隠し扉の奥の建国王の間を手元の明かりで照らした。

十年前に彼がここに案内した黒髪で大柄な異国人がこの部屋の中央に立つ姿を思い出す。あの日、公爵が「ここにせよ」と命ずると、従者の姿をした何かは、恭しく一礼した。

「承知致しました。十年に一度こちらをご確認ください。貴方のお子様または後継のお方にも引き継ぎを願います。建国王への贈り物をお納めします。必ず彼にお渡しください」

公爵は、次回以降は息子のチャールズに任せようと思った。


金髪巻き毛に碧眼の建国王の肖像画の前には一粒の大きな宝石が落ちていた。




グロウスター通りの東にある灰色のタウンハウスを尋ねた紳士は、歩道から階段を数段上がって玄関をノックした。

家主の若い夫人が出迎えてくれて、ジェラルドは在宅だと教えてくれた。玄関前の細長いホールからまっすぐ階段を上がると、寝起きらしいジェラルドが、コーヒーがぬるくて薄いと文句を言っていた。

紳士は、部屋に入る前に、開いたままだった居間のドアをノックした。

「どうぞ。君が来たのは表に車が止まったときからわかっている」

「それ以前に、今日この時間にここを尋ねることは昨日のうちに手紙で知らせておいたろう」

「そうだったかな」

カップにミルクをダバダバ注ぎながら、ジェラルドは客人に椅子を勧めた。

やってきた紳士が帽子を帽子掛けにかけようとしたとき、大きな物音と同時に大きめの張り出し窓が派手に割れた。


「チャールズ、伏せろ!」

とっさに身を伏せた二人に向かって、窓にもうもうと立ち込めた白煙を割って人が飛び込んできた。

「ハァイ、ジェラルド」

「アイリーン!?」

「突然お邪魔してごめんなさい。埋め合わせに今度デートしましょ」

プラチナブロンドの美女は、御婦人にあるまじき荒事屋の服装で、チャーミングに投げキッスを飛ばした。

「時間厳守。プレゼントは歓迎よ。じゃあね」

彼女は「ごめんあそばせ」と言い残して、階段の方へ姿を消した。


明らかに彼女を追ってやってきた招かれざる客の御一行様を撃退したあと、ジェラルドはぐちゃぐちゃの居間で奇跡的に無事だった帽子掛けの帽子の中に、茶色い油紙に包まれた書類を見つけた。

「なにかね?」

「……チャールズ。これは軍の潜水艦の設計図だ」

「何!?なんだってそんなものが!」

「それは、これを僕に預けていった彼女に聞かないといけないかな」

「居所を知っているのか?」

「ふーむ……クイーンズブリッジの時計塔だ」

「どうしてだい?」

「時間厳守でデートしようと言われたからさ。いつもどおりの簡単な推理だよ」

「君の当てずっぽうはよく当たるからな。それで時間は?」

「あれ?何時だろう?」


顔を見合わせた二人に、割れた窓の外から強風が吹き付けた。

「ジェラルド!来い!!」

見ると、馬体程度のシートにトンボのような羽のついた見たことのない形のオーニソプターにまたがった男がいた。

革製のフライトジャケットを来て、ゴーグルをはめたその黒髪の男を見て、二人は思わず叫んだ。

「ワイズミラー卿!?」

「なんてカッコで何やってんだよ!」

日頃は、最上流の紳士クラブの奥でしかお目にかかれない物静かな紳士のとんでもなく勇ましい格好にチャールズは目を剥いた。

「細かい事情はあとだ。霊峰の寝牛氷床の危機だ。来る気がないなら石だけよこせ」

「行くよ!本当にもう!!チャールズ、石をくれ。持ってきてくれたんだろう?」

「え、あ、ああ……」

「ええい、まだるっこしい。先に行く。貴様らは後からクイーンズブリッジの時計塔に来い」

窓の外でホバリングしていたオーニソプターは、ハチドリのような挙動でぐいっと転進して視野外に飛び去って言った。

「何なんだ一体……」

「どうするチャールズ?君も冒険に参加してみるかい?君の父上は絶対に来なかったんだけど」

次期クラレンス公チャールズは、どこまでこのホラ吹きのお調子者を信頼していいか迷った。

「(でもまぁ、クイーンズブリッジの時計塔っていうのは当たっていたわけだし)」

父がしなかったことなら、自分はやってみてもいいかと思われた。

「行こう」


後にチャールズは息子に、絶対にジェラルドの冒険には付き合うなと厳命し、息子は一回その誓いを破ったあとに、父の教えを家訓とするのだが、グロウスター通りの下宿を駆け出したこのときは、よもやそんなことになろうとは思いもしていなかった。

話としては、275「塔の少年と烏」から続く話の完結です。思わぬ大長編となりましたが、なんとか後日談まで書き切りました。お付き合いありがとうございました。


次はちゃんと川畑がノリコさんに会える話を書かねば……(未定)

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