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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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後始末

「行くのか」

「はい」

玄関ホールまで見送りに来てくれたファーストマンに、川畑はジェラルドを王国に送ったら、ここでの用事は終わると答えた。

「貴方がしっかり女神の眷属をまとめて、古き神々の信仰が失われないようにしてくれれば、たぶん異界からの干渉なんてなくてすむようになる」

ワンマンは止めて、属人性なしに継続的に発展できる新時代に即した組織体制を整えて、後継者への引き継ぎをきっちりと終わらせたら、気兼ねなく引退していいと言われて、ファーストマンは顔をしかめた。

「やり終えたつもりで静かに過ごしていたら叩き起こしに来たバカ者がいたのだがな」

「でも見たところ貴方が一番有能で、権威も健在で、現状の問題解決の指導者をやるのに適任そうだったから」

「お前が私を高評価する理由がわからん」

川畑は、ちょっとだけ考えてから、勘だと答えた。

「よその世界で英雄だと評されている人間に会ったことがあるんだが、貴方も彼らと似た雰囲気があるんだよ」

タイプはぜんぜん違うんだけど、だいたい皆、俺に対する反応に似たところがあると言って屈託なく笑う異界の悪魔に、ファーストマンはどう答えたものやら困惑した。

「そうそう。あんた達はみんな、手に負えないものを見たときとかに、そうやって、どうしてくれようって考えていそうな顔をするんだ。けして投げ出さないし、見捨てない」

「この世以外に住まう英雄とやらに、次に会ったときは、私からの伝言を伝えて欲しい」

「なんて?」

「そっちの世界でこの悪魔をきちんと退治してくれ」

「ひどい」

そんなことを言ったら何をされるか、考えただけで怖いと笑顔のまま大げさに怯えてみせる相手を見て、異界の英雄も苦労しているに違いないとファーストマンは見知らぬ彼らに同情した。




「そうだ。またエネルギー切れを起こさないようにこれを渡しておく」

川畑はそう言って、石を差し出した。透明な石の中で生気の焔が揺らめいている。

「動けなくなる前に食べるといい」

ファーストマンは差し出された石に触れようとしなかった。

「……いらないのか?必要だろう?」

心配そうに覗き込まれて、ファーストマンは忌々しそうに川畑を睨み返した。

「それ一つで満たされるときには、一つしかないそれを惜しんでしまう気がする。そうなったら、実際にそれを使ったときには、私の飢えはそれ一つでは満たされない」

来るあてのない悪魔を想いながら、もう一度あの飢餓感に抗うのはごめんだとファーストマンは思った。

「私はそんなことで狂いたくはない」

川畑は手の中の石と目の前の相手を見比べた。

「えーっと。一つじゃ足りないのなら、いっぱいあればいいのか?」

「一つが二つや三つになったからと言って変わるものではない」

「十分に沢山なら?」

川畑の大きな手のひらの上に光が集まって、ポタポタと同じ石が生み出され始めた。

呆気にとられたファーストマンの目の前で光る石はザラザラと手からこぼれて落ちた。

「待て待て待て!何だこれは!?」

「貴方の非常食」

「こんなもの管理できるか!!」

「え?ひょっとして、おやつはあればあるだけ食べちゃうタイプなのか?」

確かに、口をつけるまではさんざん文句を言って抵抗していたくせに、いったん吸い出したら際限なく要求してきたっけ……と先日のことを思い出して眉を寄せた相手に、ファーストマンは「思い出すな!思い出させるな!!」と叫んだ。


「よし。ではこうしたらどうだ?十年毎にこれを1つずつここに出現させる……いや、予備はいるな。こことアシュマカの神殿の女神像のところと王国の3箇所に1つずつ計3個出す。それならいいだろう」

3個セットが原則なんだろう?と言って、暁烏(デイブレイカー)は、指の間に石を3個挟んでみせた。

「出現させるというのはどういうことだ。お前が十年毎に現れるということか?」

「そうしてもいいんだが、それだと俺が忘れると困るだろう。だから今、全部十年ずつ時間をずらして先に送っておくよ」

こともなげにそう言って、彼は人差し指と中指の間に挟んでいた石を消した。

「こんな感じで」

消えた石は3つ数えるほどの時間の後に、ファーストマンの前に出現してポトリと落ちた。

ファーストマンはつい受け止めてしまった石をまじまじと見つめた。

「屋敷内なら出現場所は寝台のところでいいか」

「やめてくれ。改装できなくなる」

「なるほど」

「場所はそんなに厳密に指定できるのか?」

「概ね大丈夫。ただし時間が経つと不確定要素が増えるかもしれない。長期間は試したことがないから」

ズレたり、でなくなったら、実力不足のミスだと思って笑ってくれと言われてもファーストマンは笑えなかった。

「王国分はどこに出すつもりだ」

「王国の貴族のところかな」

ジェラルドに相談して決めるから、ジェラルドとは仲違いをするなと言って悪魔は微笑んだ。

「ここに籠もっていても1つは手に入る。でもシダールや王国もちゃんと周って治めていると3つ手に入る。手間賃としてはいい塩梅だろう」

「わかっている。電信の信号はマスターした。オーニソプターとやらにも乗ってやる。機体と操縦士をよこせ」

「技師も雇えよ。レパの眷属とも仲良くしたほうがいい。女神も最近レパと仲良くなったことだし」

ファーストマンは一旦聞き流しかけてから、話の内容のとんでもなさにギョッとした。

「疑うのか?本当だぞ。みんなで遊んだとき、変なチビだと思っていたけれど結構面白い奴だって言ってた」

今度会ったら聞いてみたらいいと言われて、ファーストマンはものすごく反応に困った。

「私は神にそのような伺いはたてない」

「では信じるといい。"信じる者は救われる"というし」

「聞いたことがない格言だ」

「だろうな。俺も信じてない」

「救いがたいな」

「大丈夫。貴方を含むこの世界の者に、俺を救ってくれとは祈らないから」

異郷人は異郷人らしく迷惑をかけずに綺麗に去るよと言う彼の手からは、いつの間にか光る石が消えていた。こぼれて床に落ちていたはずのものも跡形もない。

ファーストマンは、見聞きしたことのどこまでを現実と捉えてよいのかわからなくなった。なんならすべてを見なかったことにしたかったが、彼の手の中には、光る石が1つ確実にあった。




「そうだ。旅券を渡しておく」

外遊するには必要だから、と渡された紙面を見て、ファーストマンは怪訝そうに氏名欄を指した。

「"アダム・ワイズミラー"とあるが?」

「名前は必要だ」

「私の偽名か」

「アダムっていうのは俺の世界の神話に出てくる最初の男(ファーストマン)の名前だ」

「ワイズミラーは?」

「偽造旅券の作成上の都合じゃないのかな」

詳細はジンに聞くといいと川畑は説明した。

「彼は偽造、国境破り、裏工作、インチキ、イカサマ大得意のペテン師だから、きっとこれから重宝するぞ。手元においたほうがいい」

身元の怪しい世間知らずの骨董品が現代世界を見て回るには、彼のような男が必須だと、川畑はジンの能力に太鼓判を押した。

もしジン本人がこの場にいたら、そういう推薦の仕方はやめてくれと叫んだだろうが、あいにくここにはツッコミが不在だった。


「しかしあの男は、お前が私に身につけろと言った諸々の現代的作法とやらを知っているようには見えないのだが」

「確かにおじさんは、表に出すにはちょっと胡散臭さが強いけれど、そこは適材適所だから。表の秘書役は別に専属の秘書を雇えばいい」

秘書なら、ちょうど有能ないい人が……と言いかけて、川畑ははたと気づいた。

「あ、やべ。ヘルマンさん回収してない」

ガルガンチュアの式典会場で分かれたあと、彼がどうなったのか完全にフォローし忘れていた。迎えに行ってあげないとあまりに可哀想だろう。

川畑はきまり悪げに、秘書も急いで連れて来るから、時間をくれと頼んだ。



川畑が自分の部屋に戻るまでには、まだまだかかるようだった。

"次章はもう少しこじんまりまとめたい"

そう言ったのが2021年7月……長かった。

紙一枚のプロットが伸びに伸びてこんなにかかってしまいましたが、ようやくエンディングです。

ひょっとしたら、エピローグ的なものを書くかもしれませんが、一応本章完結。

ここまでお付き合いありがとうございました。


まだまだ川畑は帰れないので、本作は続きます。(次はしばらく短編にしたい)


今年もよろしくお願いします。

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