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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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復帰

ファーストマンが完全に体調を整えるまでに三日かかった。

一晩でフルチャージされた反動で、翌日は寝込み、慌てた川畑が余計なことをして、もう一日安静にして過ごす羽目になったのである。

途中で心配になって様子を確認しに行ったジンは、白いバスローブを着て、緋色のひざ掛けをし、長椅子に掛けた彼が、湯気の立ち上る大きな陶器のカップを両手で持っているのを垣間見てしまい、この記憶は速やかに忘れようと心に誓った。洗いたてのサラサラの前髪が目元まで下りている状態のファーストマンなんて、ファーストマンではない。

ジンにとって……偉大なるファーストマンを知るほぼ全ての眷属にとって、彼はクラシカルでフォーマルな黒衣に身を包み、きっちりと髪を撫でつけた一分のスキもない男で、冷酷で厳格な権威そのものの象徴だった。




十分な療養の末、ファーストマンは完全復活した。

……過剰なアップデート込みで。

屋敷に滞在する客の前に数日ぶりに姿を表した彼は、ジンの記憶にあるとおりの全盛期の姿……下手をするとそれ以上に見えた。

険のある目つきや結ばれた口元は、彼が不本意かつ不機嫌極まりない事を示していたが、その真紅の眼には強い輝きがあった。鼻筋や頬からアゴのラインはシャープで、喉元には僅かなシワもたるみもない。王国の中高年の紳士に流行している口髭がなく、肌に艶と張りがあるせいで、彼は下手をしたらジンよりも年若くさえ見えた。

ただし、その全身からあふれる威圧感と貫禄は、明らかに青年のものではなかった。

身につけているのは、王国の超一流老舗仕立て屋のオーダーメイド級のフォーマル。今年の王家主催の席に出てもおかしくない装いで、モードというほど軽薄ではないが、きちんと格調を踏まえたうえで最新の装いだった。これは川畑がいささかインチキな手段とツテを利用して用意した一式だ。タイや時計なども含めて、どれも古き一族の最上位者にふさわしい格式の一級品だった。スーツやシャツはオーダーメイドだ。数日で用意するために、服地をダーリング御用達の店に持ち込んだために、一部加工がオーパーツな仕上がりになっているのは、着ている本人も知らされていない秘密である。

時代掛った服装でない分、現役バリバリのやり手かつ実力はレジェンドというヤバさが際立っていた。


上流階級の紳士達を見慣れているジェラルドがドン引きするほどの、圧倒的上位者のオーラを放ちながら、ファーストマンはゆるくカーブした屋敷の大階段を降りてきた。

「何を間抜けヅラを晒している」

不快そうに睥睨されて、ジンとジェラルドは縮み上がった。

「(なんてこった!伝説のガチやべぇ恐怖の執行者が完全復活してやがる)」

「(せっかくあそこまで弱体化してたのに)」

あのバカ余計なことを!!

ファーストマン関連のほぼトラウマな記憶を走馬灯のように思い出しながら、二人は異界から来たお節介な魔人に対する文句を脳内で盛大に並べたてた。




「なんだ。結局、またその髪型なんだ」

きっちりと撫でつけられたオールバックの黒髪を見て、川畑は残念そうに呟いた。

「いい大人が、前髪をだらしなく額に垂らしているなど、みっともなくてできるか」

「うーん。俺はファッションセンスはないし、流行にも疎いからなんとも言えないけど、下ろしていたときの方が若く見えたぞ。せっかく綺麗な直毛なのにもったいない。頭洗って乾かしたときにサラッサラで驚いたもんなぁ……」

「二度とここ数日のことは口に出すな!すべて忘れろ!!あの忌まわしい記憶をこの世から葬り去れ。少しでも他言したら貴様を縊り殺してやる」

あまりの剣幕と殺気に、ジンとジェラルドは、めちゃくちゃ気になるけど一切の詮索は止めよう、命に関わる、と思った。

当の川畑はさほど深刻に受け止めた様子もなく、気楽な様子でファーストマンを一階の奥の一室に案内した。


「ほら、言っていた通信機。この部屋に用意したぞ。これで各地の支部と連絡が取りやすくなるから。今どき近隣の村まで郵便を取りに行くのが唯一の連絡手段なんてことじゃあ組織運営はできないからな」

川畑は最新テクノロジーの適切な導入がいかに有用であるかを滔々と語り、現在この世界は技術レベルの革新が起こっている最中だから、時制に乗り遅れると著しく劣勢になると説いた。

「組織のトップなら情報管理と行動の手段は十全に確保しておくべきだ。通信機器とモビリティは常に最新技術を導入したほうがいいぞ」

「モビリティとはなんだ」

「移動と輸送の手段だよ。もう馬車は時代遅れだ。自動車、飛行機、オーニソプター。そういう手段があれば、より迅速に人や物を遠隔地に輸送できる」

あんたのように自分で飛べる人は、航空機を軽視しがちだが、圧倒的に便利だから絶対所有しろと川畑は力説した。

「いいメーカーとパイロットは紹介する」

巻き込まれそうな候補者の顔を思い浮かべながら、ジェラルドは天を仰いだ。

できれば自分で免許を取れと言われて、ファーストマンは顔をしかめた。

「鉄道、ガス燈、工場、株式、電信、自動車、航空機……あとはなんだ。お前が覚えろというものは果てしなく多いぞ」

「世界の変革についていくなら、知識のアップデートは必須だ。そもそも礼儀作法を最新事情に合わせないと対人交渉で恥ずかしいぞ」

「礼儀のまるでなっていないやつにそう説かれてもな」

「礼儀がなっていないのも、作法が古すぎるのも、礼儀が変という意味では似たようなもんなんだぞ。外に出て恥をかきたくないなら学習しろ、引きこもり」

「……お前に礼儀を教わるなど耐えられん」

その場の全員がファーストマンの意見に同意した。


「異郷人の俺が全部教えられるわけがないだろう」

川畑は「その代わり、素晴らしい家庭教師は紹介できる」と自慢げに言った。

「元は王国の上流貴族に仕えていて、礼儀作法は完璧。近代科学技術全般に造詣が深く、皇国の最先端学術会議のメンバーに一目置かれた才女だ」

「女か」

「なんだ?女性に偏見があるのか。種族の半分の知性を無視するのは、指導者として問題があるぞ。そもそもお前んとこ神様が女神じゃないか」

「黙れ」

「面倒見てやってる間中、相手が俺じゃなくて若い美女じゃなきゃ嫌だってさんざんゴネた男が、なに言ってやがる」

「黙れ!一切口外するなといっただろう!」

「若くて美人の家庭教師紹介してやるって言われてんのに文句言うな」

「だから………若くて美人?」

「20代半ばで控えめで淑やかな黒髪美人」

以前、ここにも来たことがあるはずだと言われて、ファーストマンは信頼する老使用人に視線を送った。老使用人は肯定の身振りを返した。控えめながら、内容には強く同意の強調付きで。

「彼女は女神の恩寵のある女性だぞ。なにせ、皇国軍に監禁されていた彼女を、女神自身がわざわざ助け出して、俺達のところまで連れてきたぐらいだからな」

今は大事を取って近くの町の宿に滞在させていると言われて、ファーストマンは眉根を寄せた。

「連れてこい。教師として相応しくなければ採用しない」




ヴァイオレット・ウィステリアは、ファーストマンの家庭教師を拝命した。


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