閑話: お部屋探し②
ハイビームのヘッドライトの車が角を曲がっていった。
「うお!ライトってまぶしいな。暗順応ごっそりやられた」
アスファルトの道を擦りきれたゴム草履で歩きながら、川畑は目を擦った。
「今日は暗視使ってないんですか」
「日本の住宅地は街灯だらけだから要らん。それに補正で加工されるより、そのままの方がよく分かる。たしかにここは小世界と比べものにならないくらい精緻な世界だよ」
「そういえば川畑さんって、私より知覚の情報量が多いから、世界の差をよく感じるんですっけ」
「そうか。お前は常に調整済みの視覚と聴覚だけか。たしかに、久々に排ガス臭い…とか、湿度高いとか、そういうところでも世界の差は感じてる」
帽子の男に、自分の住所と出発日を教えて、近くの地点まで転移してもらう……という、しごくまっとうかつ簡単な方法で二人は川畑の下宿先に向かっていた。
二人はだらだらと話ながら、交差点を曲がった。
民家の塀の向こうで、百日紅の木に月がかかっている。
「やっぱりな」
「あれ?ここが目的地ですか?」
川畑は道向かいの建物を見上げた。
「最寄り駅からの道順は間違えていない」
「でもここの2階って……?」
「ああ。俺の部屋じゃない。俺の部屋はもう一方にあるはずだ」
「あ、そういうことか」
帽子の男は二、三度瞬きしてから、川畑の方に向き直った。
「川畑さん、どうしましょう?私、あっちの分岐には転移できません。世界統合計画のために渡航制限がかけられています」
「渡航制限?」
「なにが違って分岐したのかよく分からない世界なんで、差異を検証しながら統合中なんです。同一個体が両方の世界を行き来すると因果関係ができて統合に邪魔だからって、各局員の転移機構に自動で制限が入れられちゃって……あ!」
「俺のデバイスはお前の予備備品だったから、俺も自力では俺の世界に転移できないわけか」
帽子の男はあわててフォローした。
「大丈夫。別に転移方法さえ確保できれば、デバイスを外せば元の世界に帰れます」
「別の転移方法は確保できるのか?」
「あっちの世界の川畑さんが、こっちでうろうろしていること自体がかなりまずいので局に正式に通報すれば送還してくれます」
帽子の男の顔色が悪いので、川畑は念のため確認した。
「その場合、お前は?」
「厳重注意……じゃぁすまないですね。除籍処分……になると困るなぁ」
「っ、次の仕事が見つかるまでは、俺のうちにいてもいいぞ」
帽子の男は困った顔でへらりと笑った。
「ありがとうございます。でも私、体がないんで、局の機構がないと存在できないんです」
「局以外の転移手段を確保するか、俺たちの渡航制限を解除する方法を探そう」
川畑が自分の部屋に戻るまでには、まだまだかかるようだった。
「どちらにせよ、これ以上こちら側の世界に関わるのはやめる」
川畑は最後にもう一度、ノリコの部屋の窓を見上げた。




