表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

447/484

面会

鬱蒼とした深い森の奥に密かに佇む城館。

その重厚な意匠の玄関ホールを抜けた奥、緩やかにカーブした大階段の先にある豪華な部屋で待たされる羽目になって、ジンはソワソワしていた。

これまで詐欺やペテンで豪邸に行ったことはあるから、この城館の豪華さはさほど気にならない。普通ならば違和感を感じたであろう点……それがまるっきり立地にそぐわないことと、かなり古風であることの奇妙さも、ここがファーストマンの居城であると思えば納得できる。

彼を落ち着かなくさせていたのは、まさにそのこと、つまりファーストマンの城に自分がいるという点だった。


「直接、来てよかったんだろうか。やっぱり献上する女神の瞳を預けて、俺は街で待機したほうが良かったんじゃぁ……」

「僕が本当にファーストマンのところに行けるのか信用ならないから自分も行くと啖呵を切ったのはあんただろう」

「まさかこんなにあっさり案内されるとは思わなかったんだ」


一般人はもちろんのこと、信徒、眷属にも秘匿されている禁足地ではなかったのか。

多少は事情通のようだがどうしようもなくチャラチャラした金髪の若造が、ほとんど顔パスだったのには驚かされた。連絡を取った案内人からは要件も殆ど聞かれず、同行者の身元も正さずに招かれたのだが、破門中の身の自分と、よりによってその原因である異界の魔族が通されていい場所だったのか、どうにも不安がつのる。

「(禁を破ったと言って殺されそうになったら、コイツをけしかけて逃げよう)」

ジンは隣でおとなしくしている大男の横顔をチラリと見て腹をくくった。

「こちらへ」と屋敷の使用人に声をかけられたとき、ジンは黙って隣の奴の襟首を掴んで前に踏み出した。




通されたのはシダールの神殿を思わせる石造りの部屋だった。それなりに天井も高い大きな部屋だが、地下に作られた石室なのだろうか。城館の奥にある階段をかなり降りた。

部屋の中央には、遺跡風の室内装飾とは不似合いな王国様式の大きな長テーブルが設えられており、銀の燭台で蝋燭が揺らめいていた。

壁際のほの暗い古風なランプは影を濃くする役にしかたっていないので、ジンのように夜目の効くものでもなければ、明かりのごく狭い範囲から外れた場所は、人も物もぼんやりしたシルエット程度にしかわからないだろう。


長テーブルに椅子は2脚のみ。

当たり前のようにジェラルドだけに椅子がすすめられて、ジン達はその後ろに立たされた。……納得の行く処遇ではある。

向かいの席に座っていた黒髪の人物は、席を立ってジェラルドに礼を取る仕草をした。手の組み方などをみる限り、非常に古いタイプの作法だ。ジンは元々さほど作法には詳しくなかったのと、長い間、追放されていたために、正確な意味はわからないが、単なる若造相手にする挨拶としては絶対におかしいのだけはわかった。

当のジェラルドはそのような格式張った挨拶をされたのが不満なのか、眉根を寄せた。


「やっと起きたのか」

「少し前にも来ていたそうだな。手助けが必要だったかね?」

「もう自力でなんとかしたからいい」

「それは重畳」


ジェラルドの態度は不遜で、一族の長に対するものというよりも、ふてくされた放蕩息子が父親に対面するときのそれだった。

ファーストマンは、壮年の男で、美貌と称する類の女性っぽさはまったくないが、線の鋭い整った容姿には只人にはない凄みがあった。彼のいでたちは、ジンの記憶にあるよりは現代風だが、かなりクラッシックで、歴史の墓石の下から出てきたような印象だった。


「最近はどんな様子だ。君の王国は健在かな?」

「そんなこともわからないほど寝ていたのか。もう少しきちんと目覚めて新聞を読む習慣をつけるといい」

「世俗に関わるのは億劫だ」


彼の落ちくぼんだ眼窩の奥の赤い眼は、諦観と倦怠に倦んでいた。

「近況と用件を」と尋ねて、ジェラルドから女神の瞳を揃えた経緯を簡単に説明されている間も、彼はたいして興味なさそうにしていた。

ジンはショックだった。

目の前にいるのが、古王国時代末期に大粛清を行った悪鬼のような男とはとても思えなかった。

これでは……これではただの耄碌した死にかけのジジイではないか!


技術が発展し、工業化が進み、神々の威光が人々の心から薄れつつある時代の空気は肌で感じてきたし、ジン自身も破門されて、信仰から遠い生き方をしてきたが、心の何処かで古き一族やファーストマンは永遠の権威だと信じてきた。それなのに、これは酷い。


「神殿と女神像の再建はアシュマカに一任する。女神の瞳はそちらの責任者に渡せ」

物憂げなファーストマンは、宝石を確認するとも言わなかった。

宝石のケースを取り出しかけていたジェラルドは眉をひそめた。

「……これを集めた男の処遇は?3つ集めたら破門を解くと約束したそうじゃないか」

「さて?私自身がそんな約束をした覚えはないが……」


ギョッとしたジンの気配を察したのか、ジェラルドは「それでも約は守るべきだろう」と不快そうに言った。

「その男の現状は一族にふさわしいかね?」

ファーストマンはジンの方を一瞥もせずに、ジェラルドに尋ねた。

「ふさわしいと思ったのなら、お前の責で戻せば良い。私はその男とした約束とやらは知らんが、お前とは血の盟約がある」

ジェラルドは苛ついたように舌打ちした。

ファーストマンは口元を微かに笑みの形にした。

「知っているだろう。私はお前との約は守るぞ」

彼は生気のない暗い目を細めた。

「そのために歳月の大半を茫洋としたまどろみに沈んで過ごし、餓えたまま滅びに向かおうとさえしているのだ」

「さっさと枯れ果てて塵と化してしまえ」

「酷いことを」

古き一族の中で最も強力な力を持つ始祖の座にあるはずの男は、喉の奥で小さく笑ったが、それはまるで病んだ老人が力なく咳き込んでいるようにも聞こえた。


あまりに想定外なファーストマンの様子に動揺していたジンを一瞥して、ジェラルドは「お前の破門は暫定的に解く」と冷淡に告げた。

「暫定的……というのは?」

「聞いていただろう。お前の人品が卑しかったら復帰は認めない」

「な!?」

「不満があるのか」

「……いや」

不満も問題もは山ほどあるが、とても言い出せる立場ではない。ジェラルドとファーストマンの関係が詳細不明で予想外過ぎた。言いたいことを飲み込んで不承不承引き下がりかけたジンは、ふと一発逆転が狙えるかもしれない手札に気がついた。

「(そうだ!ファーストマンが女神の瞳には興味がなくなっていたのは誤算だったが、こっちのネタならもうちょっと色よく評価してもらえるんじゃないか?)」

このまま人柄だの人格だのという基準でジェラルドに判定されたら、早晩の再破門は免れない。ジンは一か八かの賭けに出ることにした。何故かジェラルドはファーストマンに事情を説明するとき、この件を完全に伏せていた。


「ファーストマン!」

彼は半ばやけくそで声を張った。

「もう一つ評価してもらいたい話があるんだ」

これまでジェラルド以外は存在しないかのように振る舞っていたファーストマンが、初めてジンの方に物憂げな視線を向けた。

ジンは自分の隣に控えさせていた奴の腕を掴んだ。

二度無き者(ネヴァーモア)を連れてきた!」

ここまでおとなしくしすぎていて部屋の調度品よりも気配も存在感もなかった川畑は、突然、燭台の明かりが届く位置まで押し出されて、面食らったような顔をした。


「あんときゃ羽飾り1本で、処刑から追放に減刑してくれたんだ。今度は丸ごと渡すから追放をチャラにしてくれ!」

「ブレイクは僕のだ!!勝手に贄に差し出すな〜!」


椅子がひっくり返るぐらいの勢いで立ち上がって激昂したジェラルドと、それをなだめようとした川畑を、ファーストマンはその赤い目でじっと見つめた。


暁烏(デイブレイカー)?」

「あ、お久しぶりです」


ジェラルドを羽交い締めにして、倒れかけた椅子を片足で器用に支えながら、川畑はペコリと会釈をした。

バンパイアの始祖的立場にして圧倒的なシリアス時空発生源ファーストマンさん

(初登場は279「小話: 塔の少年と烏⑤」)

どこまでシリアスで持ちこたえられるか


弱体化食らってるからなぁ……ガンバレ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ