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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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御守

「そういう事情があるなら、言ってくれればもっと早く解決してあげたのに」

「無事に帰ってくるだろうとは思っていたが、想像以上にあっさり帰ってきやがった挙げ句、なに言ってやがる」

お茶を煎れている川畑の前で、ジンは頬杖をついたまま口をへの字にした。

「運が良かったんです」

出された茶のカップから良い香りが立ち上る。そっと添えられた焼菓子はチーズ入りでジンの好みのやつだ。隣でもの言いたげにしていたジェラルドも、黙って皿に手を伸ばしたところを見ると、ジンと同じく急に腹が減っていたことに気づいたのだろう。

あっちはナッツと乾果入りか。

食い物で釣って有耶無耶にする手口は卑怯だ。

俺は食ってもごまかされないと心に誓いながら、ジンは焼菓子に手を付けて熱い茶を啜った。

畜生、うまい。




田舎の飛行場に着陸したあと、案の定、車が動かず、四苦八苦していた一同のもとに、生死不明の行方知れず予定者だったこの男は、何食わぬ顔で帰ってきた。

パラシュートで降下した先で、たまたま出会ったのが、双発機の本来のチャーター主だったから、車に乗せて送ってもらった……とか、どんな偶然だ!そんなもの"運が良かった"で済ませられてたまるかとジンはぼやいた。


「女神のお目こぼしです」

「それを言うなら、"おぼしめし"だ。アホ」

「宗教って難しいなぁ」


とぼけたことをいうこの間抜けは、それでも実務に関しては恐ろしく有能だった。

どこかの富豪らしきチャーター主の御婦人と交渉して、彼女の車を運転手付きで借り、なんなく一同をホテルに案内した。別名義でバラバラに4部屋。飛行場に来る前に確保していたというから恐れ入る。アドラー嬢を休ませるために先に街によったらしい。たまたま通りがかった相手の好意に甘えすぎだろうとジンは呆れたが、そういえばこの男はそういう行きずりの相手の協力を取り付けるのが、むやみに上手かったなと旅の間のあれこれを思い出せば、納得せざるを得ない。


ともかくも、彼が無事に帰ってきてくれたおかげで、ジンとジェラルドは、目を覚ましたカタリーナの大爆発を免れた。脱出時に車に突っ込まれた時点で気絶していた彼女は、起きた途端に"自分の従者"を探した。

飛び降りて行方不明だと説明して良いものかと大人達が躊躇しているタイミングで、当人が呑気に帰ってきたため、彼女の癇癪は彼に集中したが、これで本人が生死不明……状況的には絶望的だと説明していたら、どんな惨事になっていたかわからない。

気性が激しくて、知能が高くて、語彙が豊富で、大人は総じてアホだと思っているローティーンの女の子の癇癪は、重機関銃並みに猛烈だった。大人達の躊躇の意味を悟っていた察しの良い少女は、なぜ自分を放置していなくなるようなマネをしたのかと、"自分の従者"を一方的になじって、小さな拳を何度も彼の胸に打ちつけた。

彼は「はい」だの「そうですね」だの「すみません」だのと短く応えながら、彼女の怒りと恐怖と不安と心細さの爆発を一人で全部受け止めた。

途中でほぼ支離滅裂になった八つ当たりすらも、全部引き受けて、文字通り彼女を丸抱えしてなだめきった男を、ジンとジェラルドはよくそんなことができるなと尊敬したし、同時に厄介が自分に回ってこなくて安堵した。ジンは女の機嫌は取ったことがない男だったし、ジェラルドは女は口説くが子守はできない男だった。




身元を装うため分かれてチェックインしたあと、そのまま、父親の部下が迎えに来るまで別のホテルで待機予定だったカタリーナは、こっそり川畑達のいるホテルの部屋にやってきた。聡い彼女にしては意外な行動だった。

「俺は、生きているとバレると本格的に軍に追われるから、ここでお別れしますと説明しましたよね」

「忘れ物を思い出したのよ」

視線も合わせずふくれっ面でそう言った彼女は、「下着の替えはお渡ししたはずですが」と言ったデリカシーのない男を引っ叩いた後、彼にしがみついて声をころした。


背中をさすってもらいながら、赤くなった目元を濡らしたハンカチで冷やされていたカタリーナは、彼から預かっていた土産物の象と金時計をポケットから取り出した。

「これ。帰すわ」

「ありがとうございます」

「形見になりそうな品なんて持っていたくないもの。縁起でもない」

「これを受け取るために、ちゃんと帰ってきたのでお許しください」

「忘れてたくせに」

「そうでもないですよ」

「ふん。それにそこは私のために帰ってきたと言うところでしょ。バカ」

カタリーナは、渡された品物を大事そうにしまう青年を恨めしそうに睨んだ。

「……どうせ渡すなら、そんな小さい子の玩具や男物の時計じゃなくて、ちゃんと私に似合うものを渡してよ」

「お嬢様に似合うものですか?」

彼は、ちょっと考えてから、ポケットから石を取り出した。

「石ッころ?バカにしてるの?」

「いえ?原石です」

高品質のアダマスが含まれた剛石。

昔、鉱山で拾ったもので、皇国で詐欺のネタにも使った品だ。

「由来の詳細な説明はできませんが、個人的にはそれなりに愛着のある石です。いかがですか?」

「愛着があるなら持っておきなさいよ。私はどちらかと言うと、これから磨けば光るかもしれない原石じゃなくて、もう輝いているって評価されたいわ。どうせなら指輪ぐらい用意して」

「なるほど」

従順な従者役を務めきる気らしい青年は、とてつもなく高価な"石ころ"を大人しくしまうと、少女の前で掌を開いた。

「では、これで」

手の上でチカチカと白い光が瞬いた。光の粉は丸く集まって、みる間に小さなリング状に収束した。

カタリーナは自分の目を疑った。

青年の手の上には、ガラスのように透き通った表面の滑らかなリングがあった。

「中指のサイズです。今、はめてみますか?」

「……え……ええ」


カタリーナは自分の指にピッタリはまった指輪を凝視した。

「硬いので傷は付きにくいですが、意外に劈開性は高いので強くぶつけたりしないようにしてください。親油性も高いので手の脂がつくと多少曇りますから、外したときには軽く拭いてください。つけっぱなしはダメですよ。お嬢様は成長期なので、キツくなると指の血行を阻害します」

カタリーナはニ、三度瞬きをしてから、傍らの青年をぼんやりと見上げた。

「ええっと……サイズ調整はできるの?」

「宝石商では無理だと思います」

指輪が小さくなった頃には、成長したお嬢様にふさわしい指輪をお買い求めください、と青年は大真面目な顔で言った。

「お嬢様に関してはお金の心配はないとは思いますが、これを下取りに出せば、お好きな物がたいがいは買えると思います」

「コレ…………水晶じゃないわよね?」

「はい。アダマスの単結晶です」


部屋の奥で、黙って小腹を満たしていた男連中が盛大に茶を吹いた。

データクリスタル生成の応用

(参照:415話 中間報告)


なお、あっさり帰ってきた川畑がどうやって助かったのかの話は、中編「絶賛ループ中の悪役令嬢の私は最近モブの彼が気になっている」の3−3を参照ください。タイトル上のシリーズリンクから飛べると思います。

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