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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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曲芸

「やばい、やばい、やばい」


構造材が派手に軋み、断続的になんともよろしくない破砕音が響く。ジェラルドの口から、らしくないスラングの悲鳴が上がった。


ガルガンチュアの総重量と構造強度のバランスは、両翼に配された浮揚力場だけで全体を支えるようにはなっていなかった。

あるいは川畑が元いた地球世界のように翼形状に対する空気の流れで揚力が発生する物理法則なら、もう少し負荷は分散していたかもしれない。しかし残念なことにこの世界での浮揚力の原理は、川畑に馴染みがある法則から外れていた。

「(読み間違えたっぽいかな……力のかかり方がいまいちわからない)」

左翼側で何かが壊れる酷い音がした。小さいながら爆発音もした気がする。振動しながら機体が傾く。外の様子を伺うと観測窓越しに黒煙が見えた。明らかにだめな曲率で翼がたわんでいる。このままではじきに空中分解するだろう。


「翼の上に出られるハッチは?」

「点検用のがあったと思うけど……あれかしら?」

カタリーナが指した操縦室後部の天井を見て、川畑は頷いた。

「よし。お嬢様はこちらに」

カタリーナをジェラルドに渡し、川畑はするりと後部に移動して、点検用ハッチに手をかけた。

「開けます。風が乱れるから気をつけて」

こんな高度を飛行中に開けられることを想定していないハッチは、無理やり開けられるなり上蓋が吹っ飛んだ。激しく風が舞って、操縦室内の小物が機外に吸い出される。

「こちらへ」

「軽く言うな!」

ジェラルドは文句を言ったが、それでも紳士的に「失礼」と一声かけてからカタリーナを支えて川畑の方に移動した。

川畑は、ジェラルドからカタリーナを受け取ってそっと抱え上げ、ハッチの縁に捕まらせた。


「迎えが間に合った」

「え、ど、どこ?」

「後方左、雲の切れ間」

風に煽られながらハッチから顔を出したカタリーナは、目を細めた。何かが見えた気がするがよくわからない。

「あれか。大きいな。翼上にランディングは無理だぞ。どうする?」

脇から顔を出したジェラルドには見えたらしい。カタリーナはなんだか悔しくてもう一度目を凝らした。

いた。ブルーグレーの双発機。

軍用の輸送機の払い下げみたいな貨物機だが、見たことのない形だ。

後方から接近してきた双発機は、一度こちらの上を取って様子を見てから下がった。

「ここよ!」

カタリーナは手を振った。

川畑が指先に光を灯して掲げた。チカチカと明滅する光に応えるように、双発機の前照灯が瞬く。

早すぎてカタリーナには読みきれなかったが、通信士や無線技師が使う信号のようだ。

ここを生き延びたら絶対に習得しようとカタリーナは思った。


左舷のプロペラの機関部からまた破壊音がして、破片がとんだ。派手に黒煙が吹き上がり機体が傾く。

「クソっ、立て直せねぇ」

操縦席で孤軍奮戦していたジンが悪態をついた。

慎重に接近していた双発機が一旦距離を取った。どう考えても危険過ぎて人が乗り移れるほど近づけそうにない。


「爆発する前に機関をパージする。衝撃に備えて」

カタリーナがギョッとして見上げると、ハッチから身を乗り出していた川畑の指先に灯っていた光が輝きを増し、矢を形作った。

「お前、それも使えるの?」

ジェラルドが目を丸くしている。これもカタリーナの知らないどこかの眷属の魔術らしい。

光の矢は細く収束して、真っ直ぐ左舷のプロペラに向かって飛んだ。黒煙を上げていた機関部ごと左舷外側の推進機部分が吹き飛ぶ。

「光の矢の威力じゃない〜」

「右も落としてバランスを取ります」

光の矢が右舷に飛んだ。

こちらもあっさり吹き飛んだ。

「もう一発」

右舷翼部にある浮揚力場の発生装置に細い光の矢が吸い込まれる。小さな爆発が起き、左舷に比べて過剰だった浮揚力が消失して機体の傾きが直った。

「降下率が酷い!墜ちるぞ」

「もう操縦はいい!こっちへ!!」


双発機が突っ込んできた。

「って、どうやって乗るつもり!?」

翼の上は人が立てるような状態ではない。

双発機はガルガンチュアの真上まで来て、追い越し気味の位置から、機体すれすれまで降下して来た。ぴったり張り付いてガルガンチュアの尾翼手前、巨大な翼の中央最後部付近に位置取る。ほぼ墜落中と言って良いガルガンチュア相手にそれは、神業的な曲芸だ。

川畑がカタリーナを抱え上げたとき、双発機の後部の貨物格納ハッチが開いた。

「え?」

双発機の貨物室から、ハッチをタラップにして、ガルガンチュアの翼上に自動車が降ろされた。

「はぁっ!?」

まるで地上に降りるみたいに恐気もなく出てきた自動車は、翼上にタイヤが付くなり、猛烈なエンジン音を上げ風に逆らって機首方向に爆走してきた。

「僕のシルバーレイディ・カスタム!!」


少しスモーキーな銀色だった車は埃と泥ハネだらけで、優美な曲線には目を覆いたくなる傷と凹みがついていた。

ジェラルドが貴族の友人から賭けでせしめたとっておきのお宝の自動車は、悲鳴を上げたくなる乱暴な運転で、風に流されて横滑りしながら右舷翼上を大きく回り込み、彼らがいるハッチに横付けするようにドリフトした。

「乗って!」

無惨にドアが取り外されている車からアイリーンが叫んだ。

「無茶苦茶だ」

川畑はカタリーナと白目をむきかけているジェラルドを抱えて、後部座席に飛び込んだ。

「お前が言うな」

ジンが続いて助手席に飛びついた。

車は衝撃で左右に揺れながら、左舷翼上を右舷同様にボコボコにしながら、尾翼方向に突っ走った。

「この車、飛べるのか?」

「そんなわけないでしょ!」

「じゃあ、どうするんだ!」

なんとか助手席に乗り込んで叫んだジンに、アイリーンは視線で、前を見ろと促した。

双発機が後部の貨物室のハッチを大きく開けたまま、ガルガンチュアの機首ギリギリにつけている。

「行くわよ!」

「イカれてやがる!!」

アイリーンはアクセルレバーをを遠慮なく叩き込んだ。


蹴飛ばされたみたいに走る車の後部座席から転がり落ちかけたジェラルド達を庇って車外に身を乗り出した川畑は、機体後方の展望窓に人影を見た。


「なんで!?」


窓からこちらを見ていたのは、こんなところに居るはずのないヴァイオレット嬢だった。


巨大な機体の中央を真っ直ぐ突っ切った車は、大きくジャンプして双発機の貨物室に突っ込んだ。


……とっさに飛び降りた川畑を残して。

タイミング合わせて衝撃吸収したパイロットが神業。スティーブン偉い。

もちろん川畑が気流や翼面の強度を大慌てで小細工しているが、にしても無茶。

アイリーン、思い切りが良すぎる。


そしてここまでやって助けようとしたのに、肝心の相手は他の女を助けに飛び降りて……いとあわれ。(訳 大変趣深い)


そして、すみません。

書き溜め分がつきました。

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