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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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航空士

「身内と殲滅予定の敵しかいない場合に、魔術を秘匿するのはナンセンスだって、アシュマカでネズさんが言ってました。生きるか死ぬかの状況なので、できることは出し惜しみせずにやってください」

そう川畑に言われて、絶句している二人の表情を見る限り、どうやら二人とも"アシュマカのネズさん"とやらに心当たりはあるらしい。カタリーナは、人間関係の背景はまったくわからなかったが、とりあえず自分にとって重要なポイントをおずおずと尋ねた。

「えーっと、この場合、私は"殲滅予定"側じゃなくて、"身内"……って勘定されているのね?」

「はい。お嬢様は聡明ですから、一蓮托生のときに、異端だなんだと宗教上の理由で内輪揉めするなんてバカなことはしないでしょう?」

「そうね。……まぁ、私は理性的な天才だから。迷信臭いジジイみたいなことはしないわ」

小娘の言に、いい歳をした大人二人は苦い顔をした。


「別に身元や来歴を明かせとは言いません。使える技術は使ってくれとお願いしているだけです」

「なんで俺が古き一族だなんて思ったんだ」

苦虫を噛み潰したような顔のジンを川畑はなだめた。

「女神の瞳を手に入れようとアクセクしているんだから、信者かその関係者で、長命種っぽいから、古き一族のわりと古参だろうと当たりを付けただけなので、そんな顔しないでくださいよ」

「どこから長命種なんて話が出てきたんだ」

「だって、20年以上前から全然老けてないじゃないですか。30代が50代になったって感じじゃないですし。それは新聞や紳士名鑑に載っている現代人ではなくて、歴史上の人物の歳のとりかたですよ……ジン」

古い偽名を声に出されて眉間のシワが深くなる。

「……ということは、お前もだな、マーリード。生き写しの息子ってわけじゃないなら、本人だろ」

「残念ながら親の顔は知りません」

彼がどんな顔でそういったのか、操縦桿を握って計器を睨んでいたジンにはわからなかったが、その平坦な声から表情は想像できなかった。


「互いの身上の詮索なんか今やったって無駄です。何者かなんて知らなくても協力はできます。下手に明かしたらあなた方二人は敵対勢力でしたとかあったら洒落にならないんでやめましょう。知って不仲になるよりも、知らずにニコニコ協力体制です。いいですね。お互い何をやっても、詮索はなし」

「現実的対応だと思うわ。おじさんの自分語りは長くて退屈だもの」

カテリーナにそう言われてしまっては、大人二人は承知する他なかった。




通信機をいじっていた川畑は「よし、つながった」と呟いて、何やら高速で電文を打ち始めた。

「ブレイク。お前、電信もできるのか」

「船での勉強会で基礎は教わりました。実機はローゼンベルク邸で触らせて貰う機会があったので。お嬢様のところは、良い機器を使ってたんですね。最新鋭軍艦の搭載品がだいたい同じ操作感です」

「お父様は先進技術が好きだから」

「いいですね。天才の論理と職人の工夫の結晶って。魔術も機械も、いいテクノロジーは造りが美しくて楽しい」


そう喋っている間も、彼の指先は高速で電文を打ち続けている。

この青年の姿をした怪物にとっては、先進技術も古来の魔術も、等しく単なる便利なテクノロジーなのだろうと察して、ジェラルドは、自分がまだ根っこのところで古い思想に囚われていたことに気づいた。反発し、一族からは距離をおいていたつもりだが、秘術を神授の不可侵なものとする意識はやはり残っている。

「(コイツが非常識過ぎるのか、僕が古いのか……若い女の子にジジイ呼ばわりされるのはイヤだな)」

ジェラルドは、自分のアイデンティティとポリシーはどこに置いて、何を優先させるべきか悩んだが、明確な答えを出すまで、状況は待ってくれなかった。




「打ち合わせ結果を説明します」

航空士席から大判の航空図を取り出した川畑は、それを皆に見えるように広げた。

「現在、我々はこの辺りにいます」

「この辺りってどこだい?」

「薄暗くて線が見えん」

「どこが何なの?」

川畑は一同の顔を見てから、手元の航空図を見て、おもむろに紙をひっくり返した。

「これが周辺地図です。左端が王国、海峡を挟んで右が大陸側です」

ジェラルドは、紙の表面が薄く焦げて地図が描かれていくのを呆気にとられて見た。まるで細い火ゴテで焼き付けるように焦げ目ができていくコレは、神殿を脱出するときに、木札に字が書かれていったのと同じだ。

発火の術式の応用と言えばそうだが、尋常ではない精密制御を要する魔術である。こんなにカジュアルに使用されていい術ではない。

しかも今回は、一文字ずつ線が引かれるのではなく、精密な地図があっという間に紙面に焼きつけられた。

「ここが湖沼地帯とマレーイ川。本来の目的地のアンフォールはここ」

説明に合わせて、白地図上に湖や川、都市を表す点などが描かれる。


突っ込みどころしかない超常現象だが、この場にいたのは、理性的な自分を維持したい頭脳派ばかりだったので、みな奇跡だ不条理だと喚き散らすことはせずに、解説内容に集中した。

原理はともかく、この表示はわかりやすい。


「本機はこのルートで飛行してきました」

破線が皇国から延びる。

なぜ離陸後からの航路を把握しているのかと質問する勇気は、この場の聴衆にはなかった。そういえば、コイツは現在高度も計器も見ずにリアルタイムで答えていた奴なのだ。そこを気にしたら負けな気がする。

目元や口の端がひくついている一同をまるで気にせずに、川畑は解説を続けた。


「共和国上空に差し掛かったあたりで、本来の航路を外れて、このように大きく旋回し、螺旋状に上昇しました」

点線がぐるりと戻って円を描いた。本来の航路を外れたところまでトレースされては、航路を事前に知っていたという理由付けも効かない。

「その後、トラブル発生により降下が始まり、現在はこの位置です」

点線が不規則に蛇行し、湖沼地帯上空に差し掛かっている。

「迎えの味方機は、ノースフォークの飛行場……ここですね。ここから上がって、今ここです」

バツ印から線が延びる。一点破線なのが無駄に芸が細かい。


「ですから、この後、このような航路でランデブーします」

両機の予定航路が点線で表示される。ご丁寧に、点線上を上書きするように破線と一点破線が進んでいく。現在位置表示はリアルタイムらしい。

点線は交点で交わる形ではなく、途中で双方が転進し、並走して航路を一致させるようだ。

「最終的に乗り捨てた本機はこのあたりに墜落させます。周辺に人家がなく、もし炎上しても沼地なので山火事になりません」


「プランはいいが、その通りに飛べと言われても、こっちは機体を安定させるので精一杯だ。できるかどうかわからんぞ」

「そこはできるだけ支援します」


川畑は紙を下ろすと、操縦席の脇に行って、ジンが見やすい位置で人差し指を立てた。


指先に緑色の光が灯る。


彼が、すっと前方を指差すと、その光点が複数に分裂して、機体前方の空にきれいに並んだ。


「航路表示です。光点を目印に飛んでください。速度と高度は現状の降下率を維持していただければ大丈夫です。問題がでそうなときは都度、指示を出します」


身元の詮索をしちゃいけないルールって、ひとえにこいつにとって都合がいいルールだよな、とその場にいた全員が思った。

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