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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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操縦室

カタリーナ・ローゼンベルク(本名)

「運転は専属の使用人に任せているわ」

……論外。


ジェラルド・ホーソン(仮名)

「自動車なら趣味で少々は」

……頼りなさすぎる。


エリック・バレット(偽名)

「オーニソプターの操縦なら隣で見たことがある」

……やらせたらやりかねんが、任せたくない。


「ど畜生!わかったよ!俺が操縦するしかねーんだな!!」

ジンは、キレ気味にガルガンチュアの操縦桿を握った。

航空機の操縦の経験はあるが、こんな非常識なサイズの巨大空中戦艦となると、まったくもって勝手がわからない。それでも他の面々に任せるよりは、自分でなんとかしたほうがまだ諦めがつく気がした。




鉱石機関が停止したために、浮揚力が足らなくなった機体を、落下や墜落ではなく、安全高度まで緩やかに降下させるために、一同は機関室を出て操縦室に来ていた。そこは艦橋というほど広くなく、正副の操縦席と通信士と航空士用のサブシートがようやく納まるだけのスペースしかなかった。

残っている皇国軍人がいるかもと警戒しつつ移動した彼らの心配は無用で、機内に正規の乗員は誰も残っていなかった。もちろん銃撃戦をやった痕跡はしっかり残っていたし、最初の博士の指示の犠牲者っぽい人も隅に転がっていたりはしたのだが、男達は気にしなかったし、カタリーナは川畑に抱えられて目を瞑っていたので気づかなかった。


無人の操縦席で、操縦桿類は単純な物理的ロックで固定されているだけだった。オートパイロットなどという気の利いた機構が発明されるにはまだ早いのだから当たり前だが、もし川畑がガルガンチュアの周囲の気象と気流を微調整していなかったら、酷いことになっていただろう。


ヤケクソ気味に操縦席に付いたジンに操縦を任せて、川畑は抱えていたカタリーナを副操縦席に、ジェラルドを通信士の席に座らせ、自分は航空士の席で航空図を確認し始めた。

「なんで六分儀が?……ああ!天測航法なのか」

GPSなんてない世界だから、それはそうなのだが、帆船の航海士と同じ道具で巨大空中戦艦を運用する皇国軍に、川畑はちょっと感動した。

「観測窓は前部銃座のある張り出し部分よ。そのシートの脇の上蓋を開けたらラッタルがあるわ」

「センス・オブ・ワンダーが過ぎる」

川畑はいそいそと足元にある跳ね上げ式の蓋を開けて狭いラッタル口を覗き込み、操縦席の前方下部の張り出し銃座の様子を確認し始めた。


結局、意外なことに、その場で一番ものがわかっていて、冷静で頼りになったのは、カタリーナだった。

流石に操縦席のフロントパネルの詳細は知らなかったが、計器類に書かれた皇国語の表記と単位系を理解できており、先端技術の専門用語だらけの機体各部の名称を把握しているのは強かった。

なにせジェラルドは皇国語の文学は読めても工学用語はさっぱりという文化系知識人だったし、ジンは一般航空技術用語はある程度理解していても、皇国語表記の最先端技術はわからなかったのだ。

「この青と赤で塗り分けられた派手なメーターはなんだ?」

「なんて書いてある?」

カタリーナは綴りを教えれば意味を簡潔に教えてくれたし、高度や燃料残量の皇国単位系での表記を、王国式でいうところの幾つだと変換して教えてくれさえした。


「人間の価値って非常時にこそわかるな」

「それは僕が役立たずだと言いたいのか!?」

「ふふふ、崇め奉っていいわよ」

「うん。お前ら人格はサンピンだ」

憤慨する上流階級二人を適当にあしらいつつ、ジンは機体の立て直しに集中した。基本操作はなんとなくわかってきたので、着陸は無理でも、このまま、そこそこの高度にまで降下するだけなら、なんとかできそうな気がしてきた。

「おい、今のうちにパラシュートを探しておけ。図体がデカい分安定飛行はなんとかできそうだが、どう考えても着陸は無理だ。小艇が出払っている以上、必要になるぞ」

「ええっ、私、パラシュートなんて使ったことないわ。第一、体格がきっと軍用の装具に合わないわよ」

「そういうのは工夫でなんとかなる。まず物を見つけろ」


「ああ、それなら……」

足元から声がして、床のラッタル口から川畑が顔を出した。

前部銃座に潜り込んでいたらしい。狭い出入り口が肩幅でぎちぎちだ。

「なくてもなんとかなるかもしれない」

「なにか見つけたのか?」

「迎えがうまく間に合いそうです」

「迎えって……まさか、また空中で飛行機に飛び移らせる気か!?」

ジェラルドは、恐怖の空中戦と命綱なしの曲芸大会を思い出して悲鳴を上げた。

「察しが良いのに往生際が悪い」

「うるさいな。寿命が縮む思いだったんだよ」

「今更10年や20年縮んでも誤差でしょうに」

「無茶苦茶言うな」

「たしかに、一歩間違えたら、寿命が縮むどころか即お陀仏だぞ。上空で飛行機に飛び移るなんて無茶だ。どうやるつもりだ」

ジンの常識的な指摘に、川畑は無頓着にあっさりと答えた。

「ま、そこは迎えの飛行士に頑張ってもらいます」


彼は身軽にラッタル口から抜け出して、するりと通信士席のジェラルドの脇に来ると、無線機をいじり始めた。

「幸い今回、こちらは巨大な全翼機なので、着艦するみたいに翼の上によせてもらえれば、船の甲板から乗るのとたいして変わりなくいけるんじゃないかと……」

「ぜんぜん違う!」

「バカか、お前は!!」

非難轟々の男達を、川畑は駄々をこねる子供を前にしたときのような顔で見返した。

「なんだかんだ言って、あなた方、古き一族は神威魔術を使えるんでしょう?ちょっとぐらいの高所作業でガタガタぬかさないでください」


ギョッとして黙った男達の間で、カタリーナは話についていけずに目をぱちくりさせた。

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