非常識事態
「おい。早くなんとかしてくれ。これ以上寄せ手が増えると、弾が足りん」
出入り口で銃撃戦をしているジンが跳弾に首をすくめながらぼやいた。
「お前が操縦室に余計な連絡を入れるからだぞ」
「このままだと墜ちるから、できるだけ機体を安定させろって教えてやったのに、ハイジャック犯扱いで攻めてくるとは……危機感ないのか」
「危機感がないのはてめぇだ、バカ!」
「とにかく脱出経路をどうにかしないと、こんなところに立てこもっていても埒が明かないよ」
「両翼と機体後部の3箇所に、非常時用の小艇があるわ。それを使えば……」
エンジン音と、機体の軋む音と、鳴り止まない非常ベルに重なって、ゴゥンという重い響きが構造材を伝わって聞こえた。同時に機体がまた大きく揺れる。
「あ、この音」
「左翼の小艇がパージされたみたいですね。見切りの早い奴が逃げたのかな」
銃撃が途絶え、通路の向こうで罵声が聞こえた。
「小艇の定員って乗務員数分あるのかい?」
ジンの後ろで弾の補充係をやっていたジェラルドが、通路の様子を伺いながら尋ねた。
「全員が退避する事態なんて想定していないわよ」
わりと外道な設計思想をさらりと語るカタリーナの言葉に被さるように、ゴゥンと、今度は右舷から小艇のパージ音が聞こえた。
「おーい!ボヤボヤしてると最期の脱出艇が出ちゃうぞ〜!!」
ジェラルドは通路の向こうに向かって叫んだ。
何やら怒鳴り合う声がして、銃撃が完全に止み、バタバタと遠ざかる足音が聞こえた。
「行ったかな?」
「行ったかな?じゃないわよ。私達も早く行かないと脱出できなくなっちゃうじゃない」
「いやいや、お嬢ちゃん。ここで撃ち合ってた相手のど真ん中に言って、一緒に乗せてくださいってのは無理だろ。全員撃ち殺して代わりに乗る気か?」
「それは……人道的な一時休戦とか?」
「ないだろ」
ゴゥンと先程の2回よりも大きな音が響いた。機体後部の小艇とやらだろう。重量バランスがまた大きく変わったために、機体は大きく揺れた。
「あああ、最後の救命艇が……」
「お嬢様、そんなにガッカリしないでください。乗れていたとしても"救命"かどうかはあやしいですよ」
「気休めはよして」
「気休めではなくて、現状はここの方が僅かですが安全です」
川畑は現在のおおよその高度と外部環境を簡単に説明した。
「え?それ、小艇レベルのプロペラ推進じゃ飛行無理じゃない?」
「強力な浮揚力場の発生機構がないと落下します。定員オーバーだとより厳しいでしょう……飛行姿勢の制御さえうまくやれば、形状によっては滑空である程度、落下速度の減速もできるとは思いますが」
それ以上に、冷静な判断力と精密な操縦技術を維持するには、気温と気圧が生身にはかなり致命的なレベルで厳しいことは、川畑はあえて強調しなかった。現在、ガルガンチュア内部の環境を維持するために、実は川畑はちょっとだけアトモス的な魔法で小細工をしているので、そこはさらっと流して気づかれたくなかったのだ。
「日頃、鍛えている軍人さんはともかく、お嬢様をそんな危険な目にはあわせられません」
「気遣いは嬉しいけど、この環境で聞いても全然信憑性がないわ」
狂ったメーターと警告ランプが、お祭り状態の暴走した機械に囲まれて、カタリーナは憮然とした。
けたたましい非常ベルが鳴り止んだのはありがたいが、代わりに機体が不吉に軋む音がよく聞こえてかなわない。
「この機体って、この高度と速度で浮揚力発生力場をオールカットしたら、どれぐらい飛ぶかな」
「危険な目にはあわせられないって言った二言目にそういうことを言うのやめてくれない!?」
それでもカタリーナは設計技師的観点での理論値を答えた。
「航空機にあるまじき石ころみたいな落下速度だな」
「全翼機な分、かなりマシなのよ!」
「左右2機残して中央だけダウンさせた場合は?」
カタリーナは、機体強度に不安があるとは言いつつ、先程より望みのある値を答えた。
「あくまで最適条件下での理論値よ。風とか天気とか操縦のことは私、全然わからないんだから」
「了解。設計段階での構造上の理論値とはいえ、それだけ余裕があるなら、なんとかなると思います」
「お、おい!どこに行く気だ」
少々お待ちをと言って機関室を出ていった川畑を追おうとして、ジンは揺れて傾いだ床にたたらを踏んだ。
「なんでお前、こんな中をそんなにスタスタ普通に歩けるんだよ」
機内は、わりとその手の身ごなしに自信のあるジンですら、慎重に動かざるを得ない状態だ。ジェラルドとカタリーナは、椅子や手すりに掴まって動けずにいる。
そんな中で、いろいろと自然の法則を無視して動いているようにしか思えない男はすぐに戻ってきた。
「何だソレ」
「消防斧です」
彼の手には、長柄の手斧が握られていた。
「え?そんなのどこから持ってきたの」
「一般的な防災部品です。ホテルにもよく置いてありますよ」
雑なごまかしで押し通す気の川畑は、鉄面皮にそう言ってのけた。
「本機はただいま浮揚力場発生機構の暴走により異常上昇中です。本体重量減少のため、このままでは想定された機体の限界高度よりも上昇する可能性があります。只今より非常事態における緊急対応として主機関の動力線の配線変更を実施しますが、機長並びに先任士官のいない非常事態のため現状で唯一の軍属であるあなたにご承認いただきます」
事務的な口調で立て板に水でそう言った川畑に「よろしいですか」とふられて、ジンは思わず目を瞬かせた。唯一の軍属というのは、潜入のために調達した軍服を着ているだけの自分を指しているのだろうか。
「ああ?……おう……」
ジンがなんとなく返事をすると、川畑は場違いに爽やかな良い笑顔を浮かべ、愛用のマスターキーを大きく振りかぶった。
「緊急停止!」
腰の入ったいい一撃が、精密機械にぶち込まれた。
どっせーい!




