非常事態
その場に崩れ落ちたのは、博士の方だった。
ジェラルドの脇にいた兵士は、白煙の上がる銃口を下ろした。
「おじさん……」
咎めるような声音で、わざわざ身内設定のままの呼び方で呼ばれて、ジンは不満そうに川畑を見返した。
「なんだよ。文句あるのか。テメェが無茶するから悪いんじゃねぇか。命の恩人に礼を言え」
「ブレイク、こんな奴に礼を言う必要はないぞ」
「何を偉そうにうちの小僧に命令してやがる」
「誰が"うちの"だって!?ブレイクは僕のだ」
つまらない言葉尻でいがみ合う二人を川畑は「まあまあ」と、とりなした。
「お前、なんでこんな奴の肩を持つんだ。良く見たらこいつ、いつぞやの誘拐犯じゃないか」
「俺は逃走用に人質を取っただけで、誘拐犯ではない」
「でも盗人だ」
「お前こそ、ドサクサ紛れに俺の戦利品から何枚かくすねていったろう。まったく手癖の悪い……お陰で苦労したんだぞ」
「軍の施設から盗まれた機密書類を取り返しただけだ」
「……結局、返しに行ってないから、その件は追求しないほうが良いのでは?」
川畑はどっちもどっちな無駄な罵り合いを止めさせた。今はそれどころではない。
「そもそも二人とも、どうしてこんなところにいるんですか?」
基地に潜入したかったんでしょう?と尋ねると、男達は言い訳がましく弁明した。
「僕は成り行きで連れてこられたんだ」
「ターゲットがここに搬入されたから仕方がないだろう」
挙げ句に二人は揃って開き直った。
「結局、目的物はここにあったんだから、結果オーライだ」
川畑はため息をつきたい気分になった。
大人げないろくでなしの大人二人は、この際もう一言二言主張しておこうと、自分達の"目的物"である赤いアダマスが収められた台座の方に目を向けて、ギョッとした。
「……盗賊烏どもめ……私の実験の邪魔はさせぬ…神々の座で……アダマスは……」
至近距離から撃たれて瀕死のはずの博士が、幽鬼のような形相で機器にすがりつくように起き上がっていた。
「あれ?生きてた」
「しぶとい」
非道い言い草の二人を無視して、博士は大きな赤いレバーに手を伸ばした。
「古の神々よ、潰えよ……貴様らの世は終わる……今こそ、人は……」
すべてを言い終えることができないまま、それでも最期の力を振り絞って、博士は赤いレバーを押し下げた。
大きな機械音とともに台座が機器中央に格納され、頑丈そうな多層構造の覆いが閉まった。
壁面のランプがいくつも点灯し、甲高い唸りが機器から上がる。
機体がきしみ、ガルガンチュアは不自然な上昇を始めた。
「うえぇ、なんだこれ。気持ち悪い……」
「クソマッド野郎め。ろくなことしやがらねぇな」
不安定に揺れて傾く機体の中で身体を支えながら、なんとか台座を出そうと、装置をこじ開けにかかったジンを、川畑は止めた。
「高負荷で駆動中のシステムに下手に触ると危険だ。正規の手順で停止したほうがいい」
「じゃぁ、さっさと正しい手順とやらで停止させろ」
川畑は困った顔をした。
「ごめん。無理」
「あ?お前、こういうの詳しいんだろ?」
「基本原理ならわかるけど、コイツは特殊品だ。流石に素人が初見で操作できるほど単純な機械じゃない」
「さっきから不穏な音がしているんだけど、コレ、このままだと機体が持たないんじゃないか?」
ジェラルドの言う通り機体の軋み音が酷い。浮揚力と推進力のバランスが崩れて、機体に無理な力がかかっているのだろう。かなりの高度まで上がっており、更に上昇を続けていることを思うと、空中分解はゾッとする未来だ。
「どうすりゃいいんだ」
「考えなしが後先考えずに、唯一の専門家をやっちゃうから」
「ああん?泣き言と文句しか言えないのか、てめぇは!なんか生産的な知恵を出せ」
「僕は機械工学は専門外だ」
「使えねぇ!」
「じゃぁ、専門家を呼んできましょう」
「誰だ?」
「いやぁーっ!何でこんなことになっているのよ〜!!」
機体設計のメインチームにも所属していた天才少女は、暴走状態のシステムを見て悲鳴を上げた。
「やっぱり専門家が青ざめるレベルでダメか」
川畑は嘆息した。
「あんなに思わせぶりに別れを告げたくせに、速攻で連れ戻しに来て、挙げ句にこの状況って何なのよ!?」
カタリーナは、振り切れたまま動かなかったり、グルグルとデタラメに回っているゲージを指さして癇癪を起こした。
「正常に動いているうちに呼んでよ!っていうか、ちょっと目を離した隙に何してくれちゃってるのよ。こんな手遅れすぎるわけわかんない非常事態になってから呼ばれたってどうにもできないわよ」
「すみません。メーターが全部逝っちゃったのは、非常事態になる前だったので」
「メーターが全部逝っちゃってる時点で十分手遅れな非常事態なのよ!わかる!?」
天才少女の正論パンチにめった打ちにされる川畑を庇おうという奇特な人はその場にはいなかった。




