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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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充填

「神々の座まで上昇するには、やはりクリスタルのパワーが足りないな。少しチャージしておくか」

博士はジェラルドを拘束していた兵に命じて、彼を作り付けの椅子に座らせた。

「ねぇ、これ。足元と肘掛けに拘束具がついているってことは乗客用シートじゃないよね?」

「安全対策のためのベルトだ。喜び給え。ヘルメットもあるぞ」

何やらわけの分からない機器やコードがゴテゴテと付いた被り物を見て、ジェラルドは悲鳴を上げた。

「嫌だ!何だソレ!?魂でも吸い出す気か」

「無明の談にしては的を得ている」

「クリスタルへの生気充填なら俺がやる。彼を開放しろ」

博士は川畑を興味深そうに眺めた。

「やはり君はレパに祝福された眷属なのかね。眷属限定魔術による術式充填ができるなら、こんな充填効率の悪い簡易機器を使う必要もない」


なにせ簡易版だけあって、一度の充填でチャージャーは使い捨てなのに、クリスタルへの充填率はたいして良くないからな、とぼやく博士の口調に人道的な配慮は全く含まれていなかった。

「術式充填には祭壇が必要だろう。今、細工神殿(テンプル)を用意しよう」

博士が取り出した細工神殿(テンプル)は、土産物屋にあったものよりも一回り大きく、凝った作りだった。寄木細工の前扉を開くと、細密画で飾られたレパ神像の彫刻が現れた。

「神というのは不条理なものだ。機工神ですら、このような木製のただの飾り物と魔術で事をなす」

不敬な物言いに川畑は違和感を覚えた。

「あなたは信者だったのではないのか?」

「レパは私を求めなかったのだ。アシュマカの大神殿で聖室での祈祷もしたが天啓はなかった」

博士は乾いた声音でそう言った。


「シンボリックな聖域や儀式はそれなりに意味はあるけれど、この世界における神々との接点は、大神殿や神像に限定はされないぞ」

川畑は、この時空の多層構造について解説しようか迷ったが止めておいた。時空監査局の管轄知識は、それがオーバーテクノロジーすぎる概念の用語な場合、現地言語に翻訳されない。

天才ではあるが前提知識がなさすぎる博士相手では、簡潔な説明は無理だと思われた。


アシュマカの大神殿まではるばるでかけて聖室で祈祷するぐらいの信者だった博士は、天啓がなかったことがショックだったのだろう。神々からのヴィジョンやお言葉をいただくとか、眷属として認められるとか、そういう類のことは、この世界の人にとっては、あるいは川畑が想像するよりもずっと重い意味があるのかもしれない。


「神は、この世界のいかなる場所も等しく視ることができる。ただ、己から個に干渉しようと思うことは稀なだけだ」

「君は祭司のようなことを言うのだな。陳腐な受け売りなら似合わないからよすがいい」

「俺の印象って、そんなに悪いですか?」


川畑は「そりゃぁ、神だ信仰だという側よりは、むしろこっち側だとは自分でも思いますけど」と言いながら、生気充填を行うための機械式のドレインシステムのヘッドセットを手に取った。

刺々しい突起物が突き出てゴテゴテとした造形は、拷問器具めいている。なんとなくデザインセンスが、悪い宇宙人か地球侵略を企む悪の組織が、「吐け!地球の弱点は?」とか言いながら電流を流しそうな感じだと、川畑は思った。

この先に球型の付いた円錐状の突起物とかなんの意味があるのだろう?


「うわぁ。これ、頭蓋骨に針を打ち込む造りか。えぐいなぁ」

手枷の付いたままの手で、ヘッドセットを持って、ひっくり返してあちこちをしげしげ眺めながら、川畑は顔をしかめた。

「趣味も悪いが、効率も悪い」

彼がヘッドセットの一部を操作すると、ガシャンと音がして内側に太い針が幾本か突き出た。

殺意の高い仕掛けに、先程それを被らされかけたジェラルドは顔を引きつらせた。

川畑はその針先に、この器具が"使用済み"である痕跡を見てとった。


「クリスタルのチャージにこんな無駄に残虐で悪趣味な仕掛けは必要ないですよ。この器具は神とテクノロジーに対する冒涜だ」

その低い声には、静かな怒りが含まれていた。薄暗い機関室で、彼の手の中のヘッドセットの内側に突き出した針がぼんやりと発光し始め、呼応するように台座の赤い宝石もその輝きを増した。

「なにっ!?」

驚愕する博士の目前で、部屋中の機器のメーターが振り切れ、ランプが瞬いた。

火花が散り、ボンっと小さな爆発音が上がって、ドレインシステムの機器の隙間から煙が上がる。


部屋の中央に静かに佇む男の手の中で、ヘッドセットの内側の針は赤熱してゆっくりと溶け落ちようとしていた。

これまでに博士はレパの眷属による術式充填は何度も見たが、これはそんなものとは根本的に違う。

異能への根源的な恐怖に鳥肌が立った。


博士は自分の目の前にいる、得体のしれない人型の何かに、銃を向けた。

ソレの眼が緑色に光った気がした。


機内に銃声が響いた。

撃ちたくなっても致し方なし

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