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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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優先順位

「雲の上というのは、天気はいいが、いささか変化に乏しいね」


風防の外に広がる雲海を眺めながら、ジェラルドは物憂げに小さくアクビを漏らした。美形はアクビをしても様になるのだとみせつけるかのようなキザなアクビの仕方なところをみると、本当に退屈でならないというよりは、単なるポーズらしい。


「そう?私は雲を見るのも楽しいわ」

「なら、もうしばらくそうしておいで」

身を乗り出してずっと窓の外を見ているカタリーナに、そう一声かけると、ジェラルドは席を立った。

そのまま彼は、狭い展望客室の出入り口に立っている兵士の脇に行った。

「ねぇ、君。なにか……おや?」

酒か煙草のような嗜好品はないかと尋ねるときの軽いジェスチャーをしかけたジェラルドは、兵士の肩越しに奥を見て怪訝そうな顔をした。

「あれは?」

「なんだ」

つられて振り返った兵士の意識はそのまま暗転した。


重いものが倒れる低い音にカタリーナは振り返った。

「なにをしたの?」

「ないしょ」

倒れた兵士の装備から手早くハンドガンを取ると、ジェラルドはカタリーナに向かってニッコリ笑った。

「行ってくる。君はここで待っていて」

「お断りよ」

カタリーナは席から立ち上がると、手を腰に当て、ツンとすまして顎を上げた。

「私が行きたいから、見張りをなんとかしてくれって頼んだのよ。なんで残らないといけないのよ」

「でも、危険だと思うよ」

「倒れた兵士と一緒にここにいたとして、誰か来たときに私にどう説明させるつもり?」

「貧血とか?」

「バカなの?それとも頭悪いの?」

「選択肢かい?それ」


カタリーナはもう一度窓の外を一瞥してから、ツカツカとジェラルドの前に歩み寄った。

「彼の姿が窓から見えなくなったわ。急ぎましょう」

「しかし……」

「アイツは私に”危険だ”って信号を送ったの。だから私がアイツを助けに行く。簡単でしょ」

「なにかの誤解じゃないかなぁ」

よりによってあの男が、救援を求めるとは思えない。

「誤解じゃないわ。窓の向こうで時計か何かに陽の光を反射させて、決めてあった通りの信号を送ってきたんだもの」

「なんで事前に救難信号を取り交わしてるんだよ」

「私を護衛するのに便利だから覚えてくれって教えられたの。あれは間違いなく”危険厳重注意”の信号パターンだったわ」

「それって、君に大人しくしてろって連絡だったんじゃ……」

「うるさいわね。時間がもったいないわ。行くわよ」

奮然と巨大航空機の逆サイドの展望客室の方に向かおうとするカタリーナの後を、ジェラルドは慌てて追いかけた。





博士は意外に……というか、やっぱりというべきか、理性の人だった。彼は一時的な激情で引き金を引くことはなく、己の当初の目的に従って行動した。


「回収したこの男の私物をお持ちしました」

「中を検めろ」

兵士は、小ぶりな旅行カバンを床に置いた。車のトランクに積んであったものだ。

銃を突きつけられても平然としていた川畑の顔が曇った。

「そこには石は入っていない」

「開けろ」

兵士は博士の命令で鍵を壊して、カバンの中を改めた。

畳まれた着替えや洗面用品の類とは別に、レースのついた薄い青色の小袋があった。

「それは開けるな」

焦った様子の川畑の言葉を無視して、兵士は小袋を開けて中の物をつまみ出した。


若い女性用の下着だった。


困惑と非難の入り交ざった視線が川畑に集まった。

彼は苦り切った顔で答えた。

「お嬢様の着替えの予備だ。カバンの紛失や取り違えの対策でこちらにも1セット入れてあるんだ」

「本当か?案外お前が……」

下着をつまみ上げたまま下卑たことを言おうとした兵士の後ろで金切り声が上がった。

「いやーっ!この変態!!なんでこんなところで私の下着をみんなで見てるのよ!?」


下着鑑賞の”みんな”に強制的に入れられた博士は、ものすごく機嫌の悪い顔で、「で?」と問いただした。

ジェラルドを後ろ手で拘束している兵士は、彼らが通路で不審な行動をしていたので誰何したところ、抵抗したので取り押さえて連行したと報告した。


「なんでここにいるんだ」

川畑は目の前に並んだ知った顔を眺めて、呻くようにボソリと呟いた。

「それはこっちのセリフよ。なんだってアンタがここにいて、しかも私の下着を他人に見せびらかしてるの?」

「その件についてはこれ以上言及するのはやめたまえ」

博士は怒りと苛立ちを滲ませた声音で、ピシャリとカタリーナを黙らせた。

「ローゼンベルクのお嬢様に高圧的な態度はやめろ」

川畑は、カタリーナのそばに行こうとして兵士に止められた。

「君が私の要求に素直に従えば何も問題はない」

川畑は、博士と、カタリーナと、博士が手にした銃を見た。博士の銃は安全装置が外れたままだ。

部屋にいる兵士達も銃を持っている。全員が同時に発砲した場合、超常現象抜きでカタリーナを守るのは難しい。

川畑は、受けた任務は、できるだけクライアントから設定された条件内で果たしたい性分だった。


「わかった。石を渡す。彼女には一切手を出さないでくれ」

「なるほど。君には直接銃を向けるよりも効果的な”お願い”の方法があるらしいな」

「その方法を彼女で試そうとすると後悔するぞ。俺に言う事を聞かせるために脅したり小突いたりしたいなら、そっちの金髪を使え。それでも言うことは聞いてやる」

”そっちの金髪”ことジェラルドは複雑そうな顔をした。

「なんだろう。言い方に敬愛の心を感じない」

「無い物ねだりはしないで、大人の対応をしてくれ」

「言葉の選び方に悪意がないか?」

ぼやくジェラルドと仏頂面の川畑を見比べてから、博士は自分の前にいる兵士に、カタリーナを別室に連れて行くように命じた。


川畑は水色の小袋を拾って、引っ張り出された下着をきちんとしまってから、カタリーナに手渡した。

カタリーナは恨めしそうに彼を見上げた。

「これがあなたの形見になったら、私、泣くに泣けないわ」

「では、これも」

川畑はポケットから小さな包みを取り出した。

「なんだそれは」

脇から博士の鋭い声が飛んだ。

「石ではないから気にしないでください」

川畑は包みを開いてみせた。

中身は小さな黄色い象の土産物だった。

「お守りだ」

カタリーナは自分の手に乗せられた安い土産物を見て顔を曇らせた。

「子供だましだわ」

「しょうがないな」

川畑は胸ポケットから取り出した金色の懐中時計も彼女に渡した。

「これは信頼している人からもらった品で、気に入っているから大事に扱ってくれ」

カタリーナは泣きそうな顔になった。

「バカね。後で泣くための形見が欲しいんじゃないわよ」

川畑はちょっとやさしい顔つきになって彼女の頭を撫でると、良い従者兼助手らしい声音で囁いた。

「大丈夫。すぐにお迎えにあがりますから、安全なところで待っていてください」

カタリーナはキッと彼を睨んだ。

「勝手に死んだら迎えに来なくていいから」

「承知しました」

彼女は川畑をしばらく見つめたあと、視線をそらせた。

「……そういう言葉遣いじゃないさっきのあなたも、まぁまぁ良かったわ」

「来てくれてありがとう。俺は大丈夫だから、自分の安全を第一に考えて行動してくれ。今は一緒にいられないからそうしてくれるととても助かる」

「ちゃんと戻ってきなさいよ」

彼は黙って、彼女の頭をもう一度優しく撫でた。



意外にあっさりと引き下がったカタリーナを見送ったあと、川畑はジェラルドの前に立った。

「すみません。そういうわけで、申し訳ありませんが、女神の瞳をあちらに渡します」

「おい、そういうわけでって、説明が雑すぎじゃないか!?」

川畑は、後ろ手に拘束されたままのジェラルドの胸元に手を突っ込んで、宝石ケースを取り出した。ジェラルドは、自身が入れていた覚えのない物が、入っているはずのないところから取り出されて、目を瞬かせた。

「ええっ?」

「なるほど。そっちの男が持っていたのか」

「はぁっ?!」

「これは本来、この方が元の持ち主に返還しようとしていたものです。正確にはこの石の所有権をどうこうする権限は俺にはありません」

川畑は宝石ケースを開いた。

「どうぞ。本物の”太陽の炎”です」

博士に向かって差し出されたケースの中には、真紅のアダマスが燦然と輝いていた。

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