表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

433/484

逆鱗

「(あー、焦った)」


広域知覚でアイリーンの無事を観測し、マルチタスクによるトレースとナビゲーションを再開しながら、川畑は目前の博士の熱弁を拝聴した。

天才マッドサイエンティストのトンデモ理論は、ビックリするようなところで論理の飛躍があるわりに理路整然としていて、SF小説みたいでなかなか楽しい。


"星界に至る狭間の神々の座"という言葉の響きはわりと好みだ。

雲の上に神様のいる天国があるという俗説と、神の眷属として特殊能力を使用できる宗教関係者の経験的理解と、この世界の最新航空宇宙観測技術の成果が、渾然一体となって、惜しいところまで現状に迫っている。


「(この人が強い思考可能体で、ここがもう少し緩い世界だったら、世界構造がこの理論に合わせて変革しそうだ)」


川畑は、前回チェックしたときから何か影響が出ているか、ワールドプロパティを何箇所か参照してみながら、博士の理論を楽しく検証した。

幸いなのか、残念ながらなのかはわからないが、今のところ変化は見当たらない。

それなりに強力な主が複数体で形成しているだけあって、この世界は設定がそこそこしっかりしている。主の意識が存在する階層と、創造された眷属が生活する階層を分けたうえで、魔法定義構造も実装しているここの多層構造は、ヴァレリアによれば比較的スタンダードでテンプレに近いものらしい。類例が多いということは、構造が安定していて維持しやすいということだ。主でない個による変革は難しいだろう。


とはいえ、特定神の固有眷属が減少して"神々"への信仰が失われ、主の力が弱まっている現状の傾向がこのまま続けば、どうなるかはわからない。特に古い神……つまりこの世界の基本構造を担っている主が力を失った状態で、博士の理論に基づく技術が広く世界に知られた場合、この新理論をベースとした世界観が優勢となり、パラダイムシフトが起こる可能性がある。


「(なるほど。時空監査局が介入して古い女神に肩入れしてるのはそれか)」


時空監査局は、泡沫世界や、変動する個別の小世界の趨勢にはそれほどうるさくないが、安定して存在してきた世界の急激で大規模な変化は嫌う。

静かな池で大きな岩が割れたりひっくり返ったりすると、波がたって周辺への影響が大きいかららしい。


「(問題はこの人の時空に関する理解が圧倒的に足りていないことなんだよな)」


現実との乖離が大きいせいで、彼の理論が世界を変えるのは困難になっている。が、それを乗り越えてパラダイムシフトを起こせば、この世界の多層構造は失われるだろう。この世界の主は専用の階層を失って眷属のいる"下界"に下るか別の世界に放逐される。

バラ撒かれた"異界の神"がよその世界でトラブルを起こすのを時空監査局は嫌ったのに違いない。


「(監査局にとっては、赤いアダマスが女神の眷属の手に戻るかどうかは、さして問題ではなく、この人に複数供給されて、この計画が成功するのを防ぎたかったというところか)」


川畑が余計なちゃちゃを入れずに、真面目に話を聞いているのに気を良くした博士は、滔々と持論を語ってくれている。

それによれば、無限のエネルギーを手に入れたガルガンチュア級の巨大航空機が世界を空から支配すれば、人々はその威光にひれ伏し、皇国は世界の冠として云々ということらしい。

見事な帝国主義……この世界の場合は皇国主義とでも呼ばれることになるのかもしれないが、軍事国家による広域支配構想だ。


「(マッドサイエンティストが政治を語るのは無粋だなぁ)」


研究資金と設備の調達のために、軍に所属したら、思想がそっちにいってしまったのだろうか。

"手段のためには目的を選ばない"のはこの手の人の定番だが、そのどうでも良かったはずの目的を、野望のように語ってしまうのは本末転倒だと思う。


「たしかにこれは世界を変えうる技術だとは思います。……でも、そういう使い方で良いのですか?」

「人道と倫理かね?安っぽいヒューマニズムで世界の発展を止めるのはナンセンスだ」


自身もテクノロジーオタクの気がある川畑は、ここで正義の味方よろしく人の命の大切さを博士に説くつもりはなかった。そもそも、異世界の眷属を"人"とみなすかどうかについて、見解にまだ自信がない者が、踏み込んでいい話題ではない。


とはいえ、全肯定はできない。


川畑は、自分の弁に酔って興奮気味の博士の言葉にどの程度反論するか迷った。

こういうおじさんは、気持ちよく語りたいときに、程よく合いの手で共感と反論を入れてもらえるとと、ヒートアップして面白いのだが、論破されるのは嫌う。ここは正面から叩き潰すような発言よりは、多少の共感と論旨のすり替えの方が良さそうだ。

世界が、人間が、という大きな主語の話を自分がすると、うっかりワールドプロパティに影響が出かねないので、個人的な話に帰着させるのが得策だ。


「たしかに浅薄な感情論で新技術を弾劾するのは、科学の発展には害悪でしょう」

「なかなか言うな」

「だが、今、あなたが実現しようといる世界は、いささか科学者にとってもデストピアではないですか?」

「なに?」

「結局のところ、せっかくの鉱石機関も、国家による支配と威圧のシンボルとしてお飾りにされるだけで、発展性がない」

「世界を支配する力に対して、お飾りとは、なんという言い草だ」

「でも、そうでしょう。周辺諸国に対する圧倒的優位を維持するために皇国はこの技術を秘匿する。博士も研究を公表する機会を奪われるでしょう。現に今もあなたの功績は極秘扱いにされているのでは?それどころか自身の存在すら隠されている」


川畑は静かな口調で、やや俯いた。


「学会に参加もできない。たまに外に出ても専門分野を偽るよう強要され、家族とも連絡を取れず、反抗の素振りを見せれば研究を取り上げられ、その成果は原点が頂点のまま発展せず、あなたの死後は原理も理解されないままただ維持されて、劣化していき、忘れ去られる。あなたの名とともに。永遠に」


窓からの強い日差しが、彼の顔に濃い影を落とした。


「いや、違うな。あなたの名は機関と運命をともにはしない。あなたの名は皇国では秘されたままもっと早く失われる。あなたはただ中小ベンチャーメーカーのアルベルト・フェラン兄弟社の失踪した創設者としてだけ記憶される。会社が残れば社史の半ページ分ぐらいには書かれるかもしれないが、皇国が鉱石機関航空機技術の独占をはかればその会社すら残らない」


半分だけ顔を上げた彼の口元は、博士の目には笑みの形に見えた。


「それは本意ですか?」


川畑さんって人の逆鱗むしるの上手ですね、と帽子の男なら評したところだろう。

博士は銃の安全装置を外した。


「不本意だと言わざるを得ない」


博士は理解者であり後継者になり得ると思っていた相手の眉間に銃口を向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 川畑くんそういうとこだぞ!(いいぞもっとやれ) [気になる点] 銃じゃどうにもならないと思うけど、6章の例があるからな〜 [一言] いつも楽しく読ませてもらってます! 青い鳥の方ももちろん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ