誤解
「もう、お持ちでしょう? "大鴉の血"はあなた達が神殿から持ち去った。まだ、必要なのですか」
「”大鴉の血”というのかね、アレは。 ”太陽の炎”ではなく?」
「だそうです。あまり趣味の良い名だとは思いませんが」
川畑は不本意だと示すように、わずかに顔をしかめてみせた。誰が命名したか知らないが、女神の瞳に入れる宝石につける名前ではないと思う。
「名はともかくとして、1つでは意味がない。渡したまえ。君は”真実の愛”を持っているだろう」
「言葉だけフレーズ通りに解釈すると、シュールですね。とんだ略奪愛だ」
「冗談を言っているわけではない。それは本来、我々が所有するはずだったものだ。昔、シダールに派遣していた皇国軍から盗まれたものなのだ」
「違法な隠し鉱山を急襲して、鉱夫や関係者を皆殺しにして手に入れた挙げ句、内部の者に持ち逃げされた……でしょう?」
川畑が指摘しても、博士は表情を変えなかった。
「ご存知でしたか」
「だから何だというのかね」
「いえ」
あの廃鉱山の穴の底の様子を直に見たら、この人の感想も少しは変わってくれるんじゃないかとチラリと思って、川畑は己の甘さに内心で苦笑した。
「何にせよ、そんな曰くの宝石に”真実の愛”などという名をつけて、恋人に送る罰当たりな野郎はいませんよ」
あなた方は、勘違いをしていると川畑は指摘した。
「まず、今回、シダールの神殿から皇国軍が持ち去ったのは、”太陽の炎”のオリジナルではありません。”太陽の炎”のオリジナルは、あの宝石の曰くの通り、もっとずっと昔に神殿から持ち出された」
「だが、博物館の宝石は別の石だった」
公開された公式鑑定書も、”太陽の炎”はアダマスではないことになっている。
「ええ。面倒な思惑と偶然が重なった結果です。”太陽の炎”は最初はアダマスで後に別の石にすり替えられ、”真実の愛”は最初から柘榴石で今も柘榴石だが、あなたが園遊会で見たタイミングでは尖晶石だった」
「アダマスではなかったと言うのか」
「しっかり鑑定されたわけではないでしょう?」
婦人の帽子につけられた飾りの中の一粒の宝石をパッと見で見分けるのは、いくら専門家でも困難だ。
「だから、あなたは婦人に帽子を店に預けるよう勧めた」
帽子店で宝石を入手するつもりだったのだろう。すり替えるつもりだったのかもしれない。
だが、彼女はすでに帽子を修繕に出したばかりだったので、博士の言葉には従わなかった。
「彼女は上位貴族の家の住み込み家庭教師だ。上位貴族の屋敷の防犯体制を考慮すると、外出する習慣のほとんどない彼女の帽子を入手することはとても難しい」
「厄介なことにな」
「ええ。そこであなたは彼女の素性を調べ、彼女の父のシダールの経緯を知り、彼女に偽の手紙を送った」
「私がやったわけではない」
「失礼。そうでしょうね」
軍のそういう部署の人間が立案した小細工だろう。手が込んでいたし、配置された人員のガラが悪かった。リージェントポートの偽事務所にいた下っ端など、完全に裏稼業系の暴力担当だった。ジェラルドと川畑が同行していなければ、ヴァイオレットはあの時点でかなり危険な目にあっていた可能性もある。
「最初は彼女を本当にシダールまで行かせる気はなかったんでしょう。でも、彼女には護衛役がいて手が出せなかった」
「アレらが得意な強硬策も無理だったと聞いたが、どんな護衛がいたのかね?」
「さぁ?」
誰の護衛かはともかくとして、シダール行きの道中は、川畑以外にも、目立たないようにプロがチームで護衛についていた。部隊の半数以上と隊長さんは、途中のドライトンベイの騒ぎで手が割かれたのかいなくなったが、彼らがいては皇国軍としてはやりにくかったろう。
「結局、あなた方は彼女を直接狙うのではなく、古美術商で彼女が帽子を手放すように仕向けることにした」
「君に一方的に壊滅させられたと聞いたが?」
「まさか!誤解です」
あれは正当防衛である。
「他人の空似だって言ったでしょう」
「まだその建前が有効な前提で話がなされているとは思わなかった。君は思った以上に図々しい人間だな」
「そんなに謙虚な人間だと思っていていただけたとは、光栄です」
妖精たちがいたら、そろそろ、怒られそうだと気づいて、川畑はちょっとだけ友好的っぽく見えそうな笑みを作ってみてから、すぐに真顔になって本題の続きに戻った。
「話を戻しますと、シダールの黒街で皆さんと揉めたのはシャーマ派と呼ばれる地元の宗教団体です。"女神の瞳"があるという情報が半端に漏れたんでしょう。何も知らない骨董屋と柘榴石のついた帽子を巡っての実につまらない無駄な騒動です」
「帽子の尖晶石はどうなったのだ」
流石に博士は記憶力がいいなと川畑は感心した。
「そのうち"太陽の炎"として博物館に寄贈されるはずです」
「君は"太陽の炎"は女神の神殿から持ち出されたアダマスだと言ったよな?」
「ええ。その後、神殿の女神像には、鉱山から持ち逃げされたアダマスをカットして新たに作られた"大鴉の血"が入れられました。神殿の管理者としては早く何とかしたかったんでしょうね」
「その神殿の管理者というのがシャーマ派という連中というわけだな」
「いえいえ。そちらはカーラ派だそうです。宗教団体は内部派閥同士でのいがみ合いが一番面倒ですから一緒くたにすると怒られますよ」
「他人事のように言うのだな。君は女神の信者とは違うのかね?」
「違います」
信者……ではない。
「だから、自分やヴァイオレット嬢を追っても無駄なんです。あなた方はもう赤いアダマスの"大鴉の血"を手に入れた。"真実の愛”は柘榴石。”太陽の炎”は尖晶石。それでいいでしょう」
「……君は"太陽の炎"は女神の神殿から持ち出されたアダマスだと言ったよな?」
博士は先程と同じ言葉を繰り返した。やはり誤魔化されてはくれないかと、川畑は内心で肩をすくめた。
「オリジナルの"太陽の炎"はどこだ」
「自分が知っているとされる根拠がないですよ」
「君が自分で主張している立場が本当なら、これまで自分から語ったことを知っている理由も根拠もないだろう!」
もっともな言い分に多少申し訳なさそうな顔をした川畑に、博士は詰め寄った。
「いいから出したまえ!!同じものが!まったく同じにカットされた高品質の赤いアダマスが必要なのだ!」
「強力な浮揚力の力場の発生装置を高精度で同期させるためですね」
「高高度に昇るには、安定した強力な力場が必要なのだ」
「高く昇ってどうするのです?あまり上空に上がりすぎるとプロペラ推進の効率が落ちるし、それ以外の問題も大きくなりすぎてこの種の航空機での輸送効率は落ちますよ」
博士はギラギラした眼で、川畑を見た。
「まったく。それを知っている理由も根拠もない話をよく喋る男だな、君は」
「これでも寡黙だと言われることのほうが多いです」
博士は「戯言はいらん」と言って川畑の主張を退けると、歪な笑みを浮かべた。
「では、君は知っているかね。雲上遥か……星界に至る狭間に神々の座があって、その高度ではクリスタルへのエネルギー充填が無制限にできて鉱石機関が無限に使用できるのだよ」
純説明回です。
お互いもう窓の外なんか見ちゃいない。




