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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第4章 勇者の作り方

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死の精霊

「イヤな天気だな」

むさ苦しい無精髭を生やした男は、今にも雨が降りだしそうな重い空を見上げた。

「ちっ、俺も女どもの確認(・・)の方に行きたかったぜ。あのクソジジイどもめ」

肩を揺すりながら、檻の方へ行く。

「こいつでいいか」

「や、離して」

膝を抱えて座り込んでいた子供の1人の腕をつかんで、引きずり出す。

「助けて……お父さん」

身動きできないよう、足で踏みつけながら檻の鍵を閉め直す。子供は苦しがってもがくが、痩せて弱った体にはたいした力はなかった。

すすり泣く子供の襟首を掴んで無理やり立たせ、指示された建屋に連れていこうとした時、ぞくりと寒気がした。


振り向くとそこには異形の騎士が立っていた。

闇そのものが人の形になったような体には、骨でできたような白い装甲が骨格を浮き上がらせるように貼り付いている。手甲や、すね当てなど、部分部分は王国騎士の鎧と同じなために、騎士の亡霊のように見えた。その頭部は、人の顔を思わせるものが何もない、つるりとした白い殻で覆われ、何の表情も分からなかった。が、その騎士の全身からは圧倒的な怒りが放射され、騎士の背後が揺らいで見えるようだった。

顔のない騎士の、のっぺりした頭部に一筋の亀裂が入り、緑色の光が走った。

「その子を離せ」

地の底から響くような声だった。


「ひいいぃい」

男はとっさに子供を突き飛ばして、後ずさった。

死の騎士が、片手に下げていた斧を大きく振り上げた。

「うわぁああ!助けてくれぇ」

真っ黒な柄に鮮血のように赤い刃のついた斧が躊躇なく振り下ろされる。

檻の戸枠が鍵と掛け金ごと破砕された。

死の騎士が檻の戸を蹴破る音と、這うように逃げた男の悲鳴に、建物の中から武器を持った男達が出てきた。

「なんだあいつは」

「ば、化け物だ!」

赤い斧を持った死の騎士が振り返った。

「びびるな!殺せ!」

騎士が恐ろしい勢いで走り出した。

走る勢いそのままに、低い姿勢から両手で持った斧を振り上げる。前にいた男が構えようとしていた剣が弾けとんだ。

騎士は振り上げた斧を反して、刃の裏に突き出したピックで横から突き出された剣を叩き折り、跳ね上がった刃の勢いで斧を回して持ちかえると、上の細い面で襲い掛かってきた男の鳩尾を突き上げた。

「野郎!」

突き出された鋭いナイフが、騎士の装甲のない黒い体をかするが、細かい鱗で覆われたような不思議な質感のその皮膚は何の傷も付かなかった。

「ひっ」

勢い余ってたたらを踏んだナイフの男が振り返ると、回し蹴りで二人ほど吹っ飛ばした騎士の、ほぼ垂直に上がった足が眼前に落ちてくるところだった。


周囲を一掃すると、騎士は踵落としで沈めた男を踏み越えて、女達が捕らわれている家に向かって走り出した。

「そっちに行ったぞ!」

「逃がすな。囲め!」

左右から突きかかってきた男達をタイミングをずらしてかわし、二人の武器を絡ませて、もつれた背中を踏み台に跳躍する。着地の勢いで手押しの荷車を蹴倒すと、跳ね上がった持ち手が男の1人の顎に直撃した。


「壁際に押し込め」

数人がかりで壁際に追い詰めたと思った瞬間、騎士は壁と軒を蹴って、囲んだ男達の背後に着地した。

「騎士の動きじゃねぇ!」

上がった悲鳴はすぐにくぐもった呻き声に変わった。


騎士の斧の黒い柄は、鉄剣を正面から受けても、折れることも傷つくこともなく、その刃は赤い残像を残してあらゆるものを粉砕した。




少年は突き飛ばされて転んだまま、しばし呆然とその様子を見ていたが、騎士が家の戸を叩き壊したところで、はっとして立ち上がった。

「お母さん!」

少年は、檻の壊れてぶら下がった戸をくぐって中に戻ると、気を失って倒れたままの父親を必死に起こした。

「お父さん、精霊様が助けに来てくださったよ。お母さんを連れて逃げよう。君たちも早く外に出て」

檻の中にいた他の子供は、なにが起こっているかわからずに震えていたが、少年が声をかけるとよろよろ立ち上がった。

「森に?森に行けって!みんな、森に逃げて」

何とか意識を取り戻した父を支えながら、振り向くと、こちらに走ってくる母の姿が見えた。

「クリス!」

「お母さん!」

「ああ、クリス。怪我はないかい」

「お母さん、お父さんと一緒に森に逃げよう」

「ああ、騎士様は村のあっちがわの森に逃げろって仰っていたよ」

「早く行こう」

クリスは怪我をしている父を、母と一緒に支えながら、檻を出た。

騎士の方をみると、村の反対側の大きな納屋の前で、沢山のならず者に囲まれていた。

「あ、精霊様が……」

危ないと思ったとき、池に張った氷が割れるような音がして、冷たい風がどうっと吹いた。

少年は目を丸くした。

信じられないことに、納屋の正面の壁が全面まるごと外れて、騎士とならず者達の上に倒れかかってきたのだ。

「ああっ!」

気がついたときには、もうもうとホコリを舞い上げて壁は倒れており、騎士だけが立っていた。

「ええ?」

騎士の足元は、ちょうど壁の高い位置にあった明かりとりの開口部だった。




「(ぶっつけ本番でキートンをやるはめになるとは)」

ついかっとなって、後先考えずに大立回りをしてしまったのを、さすがに多少反省した。

川畑は、下でならず者達が呻くのは、あまり気にしないようにして、板壁を踏んで村の広場に出た。


「いけません、大神官様。それは我らの宿願を果たすための……」

「あれを見よ!死の精霊が現れたのだ。今、使わずしてどうする」

「まだ神がお示しになった時ではありませぬ。ご再考を」

そこには、聖堂の聖職者と似た服装の老人が3人立っていた。中央にいる枯れ木のような老人で、一番豪華な服を着ていた。後の二人はそのお付きといった感じだった。


川畑がこの老人達にも早く逃げるよう忠告すべきかと思ったところで、大神官と呼ばれていた老人が、趣味の悪い装飾の小箱から拳大の煙水晶の結晶を取り出した。

「死の精霊よ。この暗黒水晶(ダーククリスタル)の力、貴様に見せてやろう」

川畑は衝撃を受けた。薄々感じてはいたことが確信に代わり、心が折れそうになった。

「(まさかとは思ったが、やはりそうだったか。……翻訳さんの訳語の語彙は、俺に合わせている。この手の単語のセンスがベタだ!)」

局の連絡員のフロマを"口入れ屋の店主"といったら、帽子の男が"冒険者ギルドのマスター"じゃないんですかと不思議そうな顔をしていたあたりで嫌な予感はしていた。どうやら翻訳さんは、川畑が"要するにアレだよな"という思い出しやすい語を選択基準に入れているらしい。

「(すまん。なんかスゴいかもしれないマジックアイテム。本来のお前の名前はもっと格好いいのかも知れないが、もはや"ダーククリスタル"のインパクトが強すぎてそれで固定されてしまった)」

川畑は心の中でこの世界の諸々にそっと謝罪した。


「(ということは……)」

目の前の老人が"神官"と呼ばれたこともそれなりに意味があるのに違いない。

そうこう考えている間に、大神官はどうやら呪文っぽいものの詠唱を終えたらしい。

なにが嬉しいのかわからないが、枯れ木のような老人は高笑いを始めた。狂気の悪役笑いが様になりすぎて、思わず川畑は老人の呼吸器系と脳の血管を心配した。


ふと、川畑は中央の老人から何とも嫌な感じの魔力がにじみ出ているのを感じた。

「フフフフフ……気がついたか、死の精霊よ。だがもう遅いぞ」

老人から滲み出た魔力は、地面をゆるゆると這って広がっていく。

両脇にいた従者達が、その力に触れたとたんに胸を押さえて倒れた。

老人の力は、川畑の足元に取り付いた。

「ほうら、もう身動きとれんだろう。お前は我が術の虜となったのだ」

足を上げようとすると、ニチャァとした粘りつくような感触がした。老人の力はそのままじりじりと足を包み込むように這い上がろうとする。

「我は死の支配者、死者を操るものとなったのだ。ワシの術の前では、死者は生者のごとく蘇り、生者は死者のごとく己を失う」

地表をどろどろと広がっていく力の端が、崩れた祠の前の穴に達した。

穴の中で何かが蠢き、這い出そうとしていた。

足に取り付いた気味の悪い感触が膝を越えて這い上がってくる。

「お前も我がしもべとなるのだ」

虫酸が走った。


「死を冒涜するな」

川畑の足元を中心に放射状に地面が氷結し、体に張り付いていた老人の力が霜と氷片に変換されて霧散した。

「生者と死者の区別もつかん愚か者が、死の支配者とはよくもほざいたものだ。神官とやら、"神"に何を吹き込まれた」

大神官は顔を歪めた。

「古い神のお前が新しい神のご意志を知る必要などない。ただ新世界の礎となれ」

大神官の持つ煙水晶の中でほの暗い影が渦を巻いた。

倒れていた従者達が虚ろな目をして起き上がり、穴からは死者だったもの達が這い出して来る。

「そうだ。最期に聞いておこう。死の精霊よ。貴様、生命の精霊を捕らえた後、いったいどうしたのだ?獣のようにむさぼり喰らったというのは本当か?」

「……新しい神というのはよほど悪趣味な話が好きらしいな」

大神官は顔に愉悦を滲ませた。

「やはり貴様、生命の精霊を喰らったのだな!罪深き汚れた者よ。さぁ、その(ちから)を差し出せ、さすれば貴様から取り出した生命(いのち)を魔王となし、再びこの世界に顕現させてやろう」


「(ひどいマッチポンプだ)」

王国への神託で、勇者と仲間とイベントを用意し、悪の大神官への神託で大魔王と悲劇を用意する。

雑なやり口で、被害者が多いのに、達成されるのは勇者の栄光のみだ。


川畑は吠えた。

「俺の生命(いのち)は俺のものだ。こんな世界になんてくれてやるもんか!」


襲い掛かって来る従者二人を弾き飛ばし、大神官の前に踏み込む。

赤い斧の一閃で、煙水晶は割れて粉々に砕け散った。


「オオオオオオ……」

大神官の体が痙攣した。顔が赤紫色になり、白目を剥いて倒れる。

水晶と大神官から溢れだした力がどす黒い渦となって立ち上った。




両親と共に森に避難しようとしていたクリスは、不意に暗くなった空に怯えて、思わず振り向いて精霊様の方を見た。

騎士の姿をした精霊様は、こちらに背を向けていたが、その前にはおぞましい黒い竜巻が天まで伸びていた。

「お母さん、あれ!」

黒い竜巻の向こう側には、人のような姿をしながらも異様な様子の何かが大勢、騎士に迫っているのが見えた。

親子が抱き合って身をすくませたとき、不意に騎士の目の前から、竜巻が氷結した。根本から順に螺旋を描きながら凍っていく竜巻は、氷の花飾りのようだった。

氷華の螺旋が天まで届いたとき、その中央に火柱が上がった。氷片のすべてが、そのまま炎と化す。

燃え盛る炎は天を焦がし、迫り来る不浄の者達に炎の雨となって降りかかってその身を焼き滅ぼした。


騎士が左手を掲げると、炎の柱はその手元に吸い込まれるように、渦巻きながら集束した。騎士の手の上で、金色に変わった炎は、透明な鉱石の結晶に包まれた。

そこだけ雲が晴れた空から、一条の光が差して、騎士を照らした。

中に金の炎が揺らめく結晶を、騎士は手に取った。




『おーさま!けがはない?』

『ああ、カップ。俺は大丈夫だ。逃がした人達は無事か』

『うん。モリのすぐそこにいるよ。ひどいキズやビョウキのひとはちょっぴりだけどなおしてあげた。クレイエラたちがいっしょにいる。イヤなかんじなくなったから、ボクはすぐにおーさまのところにきたの』

『そうか』

カップは表情のわからない兜の下で、おーさまが笑ったのが見えた気がして、嬉しくなった。

『おわったの?』

『まだ後片付けが残ってる。聖堂に戻って人の騎士達を呼んでこなければいけないな。お前たちは逃げたり隠れたりしている悪者がいないか探して、人の騎士が来るまで捕まえておいてくれ』

『はーい』

『この辺でのびてるやつも含めて、悪者をふんじばるのは、避難した人達にも手伝ってもらおう』

『じゃぁ、あんないする。みんなこっちだよ』


川畑は無力化したならず者の捕縛と見張りを、妖精と助けた少年や女達に任せて、一旦帰還した。

大神官様は脳溢血。

年寄りが無理しちゃいかん。

とはいえ後継(ルイ)の調達に失敗しているのでしょうがない。


帰還後の会話:

『ボクもおーさまとわるものたいじしたかった!』

『キャップは、おーさまのるすちゅうは、シャリーちゃんはボクがまもるって、いってたじゃないか』

『だってなんにもなかったもん!ツマンナイ』

『なんにもなく過ごさせることができたのは一番のお手柄だぞ、キャップ。シャリーは安全だと思ったから、俺はあっちで無茶ができたわけだし』

『あー、たしかにおーさまむちゃくちゃだったね』

『ぷっつんしてたー』

『おーあばれだった』

『スゴかった』

『あー!!やっぱりいっしょにいけばよかった~』


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― 新着の感想 ―
しれっとルイ調達イベの話が出てて戦慄 いや〜ほんとマッチポンプ神が諸悪の根源よな
[良い点] ノロノロと拝読してます。 (^^;) 「キートンをやることになるとは思わなかった」 で大笑い。 何人の読者様に分かりますかねー。 せめて 「PerfumeのVOICEをやることになるとは思…
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