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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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想定外

「なに?"エリック"がもう一人いただと?」

「はい。セレモニー会場で、ローゼンベルクの娘に同行しているとの報告が入っています」

「なにかの間違いではないのか?」

「カタリーナ・ローゼンベルク自身が名前を確認し、本人も同意したようです。いかがいたしましょう」

「ううむ……」

眉を寄せた士官は、結局、伝令役に「そちらも確保せよ」と命じた。報告を受けていながらみすみす取り逃がしたマヌケと言われるよりは、捕まえすぎのほうがマシだろう。

「ただし、ローゼンベルクの令嬢には非礼のないように。騒がれると面倒なことになる」

ローゼンベルク家と敵対するのは避けたいし、そこの我が儘娘の機嫌を損ねると厄介なのは有名だった。




「捉えた者はいかがいたしましょうか」

「どんな様子だ」

「ここまで大人しく従っていますが、自分が置かれている状況がよくわかっていないようです。むしろ一緒に確保した運転手らのほうが怯えているようで……」

「運転手?何だそれは」

とりあえず、命じられたとおり"エリック"なる人物を差し出して、後は偉い人に好きにしてもらおう、と考えていた中間管理職の士官は、次々と入ってくる想定外の情報に、顔をしかめた。




「彼らはさるやんごとなきお方に仕えている使用人なので、なにかあると問題になりますよ」

印象の薄い素朴な容貌の青年は、ちょっと困ったような顔をしてそう言った。

「なんの行き違いか知りませんが、自分に御用でしたら、彼らは車のところまで返してください」

大柄な青年の後にいる優男二人は高級そうなお仕着せを着ていて品がよく、いかにも富豪や貴族が趣味で選んで仕えさせていそうな雰囲気だった。


「お借りした車と一緒に来ていただいた方たちです。無理を押して頼んだので、車やこの方達が無事に戻らないと、車道楽のご主人がたいそうお怒りになって、不要な揉め事が起こります」

下手をすると国際問題規模で、と言って眉を下げる青年は、脅しやブラフを言っているようには見えず、本当に心配しているように見えた。


腕組みしてキリリとした表情でこちらを睨んでいる運転手と、青ざめて震えている車付き従者を見て、この場の責任者である士官は内心で頭を抱えた。

どうしてこんな厄介そうな者達まで連れてきたのかと、部下を怒鳴りつけたい。


そもそも、消去法で言えばこの大柄な青年が"エリック"らしいが、伝えられている人物像と印象が一致しない。

話では、天才博士にひと目で気に入られた駿才で、博士がプロジェクトに引き入れようとしたところを、かのローゼンベルク氏が横入りで引き抜いて重用した優秀な人物というが、とてもそんなふうには見えない。


「(ボディガードか何かを間違えて連れてきてしまったんじゃないか?)」

学者と言うには筋肉質だが、軍人や暴力を生業にするプロの剣呑さはない。民間のちょっと良い家で子女のために雇われている程度の、体が大きいだけの若い護衛役程度の男にしか見えなかった。カタリーナ嬢の側に "エリック"がもう一人いるなら、そちらが当たりの可能性が高い。


「俺でしたらご用があるようでしたらできるだけご協力させていただきますから、こちらの二人は帰していただけませんか」

「……いいだろう」

面倒事は少ない方が良い。

揉め事を起こしそうな運転手や今にも泣き叫びそうな車付き従者は帰して、この従順そうな大人しい男だけを残したほうが、扱いやすそうに思えた。


士官が渋々うなずくと、青年は礼を言った。彼は、険しい表情でなにか言いかけた運転手を穏やかに手で制して、「大丈夫だから」と微笑んでさえみせた。


「トランクに俺の私物が少しとお嬢様の荷物が入っているから、それはローゼンベルク家に戻しておいてくれ」

青年が車付き従者に頼むのを聞いて、士官は「君の荷物はこちらで預かろう」と言った。

受けている命令の中に、エリックなる人物の身柄の他に、彼が持っているはずの品で、ホテルに残されていなかったものの確保があった。

士官は部下2名に、運転手らを車まで送ることと、かわりに荷物を受け取ってくることを命じた。


「あなた一人を残して行くわけには……」

川畑と引き離されそうになったアイリーンは声を落として、それでも必死に訴えた。

「心配しないで。きっと些細な要件か、連絡ミスの行き違いだから。ヘルマンさんを頼むよ。ご主人様にも問題ないと伝えて欲しい」

川畑は穏やかにそう答えると、アイリーンの手を取って両手で包むように握った。

「帰ったらスティーブンにもよろしくと伝えてくれ」

アイリーンは、ぐっと奥歯を噛み締めて、僅かに肯いた。


彼女はその後は振り向こうともせず、心配そうにオロオロするヘルマンの腕を掴むと、同行する兵士2名と一緒に、構内移動用の軽車両に向かった。


「では、行こうか」

川畑は仏頂面の士官に続いて、スチールの扉の向こうに広がる巨大な空間に足を踏み入れた。





やってきた慇懃な軍人に、抽選の結果、特等当選だと告げられ、ジェラルドとカタリーナは顔を見合わせた。


言われるままに案内された仮設の高台からは、天幕があったセレモニー会場からよりもあたりが広く見渡せた。眼下に広がっているのは、ほぼ原野と言っていい荒れ地だった。

かろうじて整地されているらしき幅の広い直線路がL字に伸びた先には、灰色の四角い建物が建っている。


その素っ気ない建物からゆっくりと現れた、新造艦"ガルガンチュア"を見て、ジェラルドは自分が大変な思い違いをしていたことに気づいた。

「え?新造艦って、軍艦じゃないの?」

ジェラルドはこちらに向かってくる"ガルガンチュア"を見て、呆然と呟いた。

「軍民の共同開発よ。凄いでしょう」

カタリーナは誇らしげに胸を張った。

「いやいや、そういうことではなくて……船じゃないんだ」

「船の就航式典をこんな野っ原でやるわけないじゃない」

「それは……そうだね」

バカを見る目で呆れられて、ジェラルドは黙った。たしかに港でも何でもないところだが、会場からは見えにくいだけで水路でもあるのだろうと、ここに来るまでは思いこんでいたのだ。


「(いや、でも、"就航する新造艦"って聞いて、こんなものは想像できないって)」


"ガルガンチュア"はあまりにも巨大な航空機だった。

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