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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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抽選

ヴァイオレットは、狭い小部屋で一人、硬い椅子に座って大人しくしていた。

ホテルで強面の軍人に同行を命じられたときは怖かったが、こうなってしまうと、シタールで誘拐されたときとたいして変わらない。

「(アイリーンの影響かしらね。そういうところ、私も随分、強くなった気がするわ)」

何もできない非力な女であることに変わりはないが、逆境でも「ただ嘆いたり怯えたりするのは無駄だから、クールに最善策を考えろ」というアイリーンの姿勢にはおおいに感銘を受けた。

「(えーっと、まずは現状をできるだけ正確に把握すること、次に外部との連絡手段を確保すること、だったかしら)」


塔の中のお姫様のごとく、逆境を耐え忍んでいるだけで、勝手に助けに来てくれるヒーローが世の中にいないわけではない。でも、いつでも誰のところにでも来てくれるわけではないから、自分用の王子様は自分から救助信号を発信して呼びよせないといけない。なんならその辺をフラフラしている他人用の王子様を呼びつけてもいい。


そう言っていた彼女には、ひょっとしたらあの従者の彼が王子様に見えているのかもしれないと、ヴァイオレットはこっそり思った。

たしかに彼は、いざとなったらドラゴンでも巨人でも倒して助けに来てくれそうな気はする。


「(王子様かどうかはわからないけれど……)」

彼女は、従者の主人の方の、ビジュアルだけは王子様感満点の青年を想ってくすりと笑った。

今、彼らがどこでどうしているかはわからないが、少なくとも自分がここに囚われていることを知らせないと、助けに来ることはできない。

そもそも、これは自分が依頼したことで彼らを巻き込んでしまった一件だ。親切な彼らの好意に全面的に頼って、ただ助けを待つこと自体が図々しいだろう。できれば自力でこの窮地を脱して、なんなら、なぜこんなことになっているのかという真相への手がかりの一つも持ち帰りたいところだ。

「(分不相応に無理をするとかえって迷惑になるかしら)」

ちらりとそんなふうに思いもしたが、それでもヴァイオレットはジェラルド達のために役に立ちたいと真摯に願った。


ふと、閉ざされた扉の向こうから、こちらに駆け寄ってくる軽い足音が聞こえた気がした。

「(子供?)」

違和感を感じながら、慎重に扉に近づく。耳を澄ませるが足音は聞こえなくなった。

ガチャリ……。

金属製の扉の鍵が開く音が小さく響いた。

はっとしたヴァイオレットの前で、扉が細く開いた。





「アンフォールまでの航行?」

ジェラルドはカタリーナから、今日の式典の主役である新造艦の航路を聞いて、怪訝な顔をした。

カタリーナは、開発に多少携わったそうで、非公開の内部事情にも詳しいようだった。

「意外でしょ」

でも、それが事実なら重要だとジェラルドは眉を寄せた。

アンフォールといえば共和国の港町で、湖沼地帯から流れ出るマレーイ川の河口にある交易の重要拠点だ。王国とは狭い海峡を挟んだ目と鼻の先にあり、シダール行きの船の寄港地だったドライトンベイとも近い。

基本的に内陸にある皇国の軍艦が外海に出るには、たしかに考えうる航路の一つではあるが、共和国が港の提供に同意したというのは驚きだ。

軍事同盟や協定が密かに組まれているのであれば、王国にとっては由々しき事態である。革命後、四分五裂で内政が安定していない共和国は脅威ではないが、近年急速に国力を増している皇国が組むとなると話は変わる。先のシダール戦ではかろうじて有利な条件で停戦に持ち込めたが、その後、皇国が技術的に躍進を遂げつつあるのに比べれば、王国が停滞している感はある。アンフォールがもし王国に敵対する勢力の軍港になれば、王国の国力を底支えしているシダールとの交易路を陸海で絶たれることになりかねない。


「アンフォールに嫌な思い出でもあるの?」

「いや、昔あそこで牡蠣料理に中ってね」

ひどい目にあったと言って、グルリと目を回すジェラルドを見て、カタリーナはクスクス笑った。

「だったら抽選は当たらないほうがいいわね」

「抽選で何が当たるんだい?」

「新造艦に乗れるのよ。セレモニー後に乗艦。そのままアンフォールに行って、アンフォールのエンパイア系列のホテルでのパーティに出席。そこで一泊して、帰りはご自由に……だそうよ」

「へぇー、それはまた」

「興味ある?」

「まあね。でもサプライズの一泊旅行なんて、良家のお嬢さんには難しいんじゃないのかい?」

「あら。私は今日はエリックと一緒にでかけてきていますもの。エリックなら何があっても対応するだろうし、お父様にも信頼されているから、なんの問題もないわ」

「んんん。あいつが何でもなんとかしそうというのには異論はないけれど、君のお父上まで問題ないと思っているのかい?」

「ええ。だって関係者外秘の視察のお仕事のお供に連れて行くだけじゃなくて、家族のダイニングに呼ぶほどですもの。そんな相手、今まで一人もいなかったわ」


彼女の父親は、これまで仕事ができそうだと思った相手には、彼女の”子守”をさせて様子をみることにしていたらしい。

幼い頃から、期待されている(ふるい)としての役割を完璧に理解していたカタリーナは、つけられた相手を徹底的に我が儘で振り回して、傲慢なエセ紳士や見掛け倒しの無能の化けの皮を、ことごとくはいできた。小娘と使用人しかいないとなると急に態度が尊大になるものや、ゴマをするだけで機転の利かないものは、さっさと切り捨てて、彼女の父親は事業を発展させてきた。


「おかげで私は、我が儘娘の悪評が広まっちゃったけど、最初からそう思われていると、言いたい放題を言っても通るから気が楽よ」

「それはいいね。だとすると、あいつにもだいぶ我が儘を言ったの?」

「そうね……そうしようと思ったんだけど……」


まぁまぁ合格の者達が相手の場合、カタリーナは容赦なく非常識な要求を突きつけて困らせて、相手の反応を見てきた。

ところが今回はどうも勝手が違った。

思い返す素振りをして、ちょっと不本意そうな顔をしたカタリーナを見て、ジェラルドは「当ててみせようか」と面白そうにニヤついた。

「我が儘を言う余地がなかったんじゃないのかい?」

カタリーナは悔しそうに口を尖らせた。

「……いいのよ。快適で楽しかったんだから」

「やり方に多少不満があっても、なぜか相手のペースにのせられて、ついそのまま任せておくと気持ちよく1日が終わって満足しているってのは、ちょっと腹立たしいよね」

苦笑するジェラルドに、カタリーナは意外そうに目を瞬かせた。

「なんで知ってるの?」

「経験」

ジェラルドは多くは語らず、小さくウインクしてみせた。


「それであいつは、君とお父上の試験に合格したってわけだ」

カタリーナはツンとすましてそっぽを向いた。

「私はお父様にはなんにも言ってないし褒めてもいないわ。きっと他の使用人やお父様の秘書達が何か報告したんでしょうね。彼、片手間で家の仕事も手伝ってたみたいだし」

「なるほど」

「私のことだけやっていればいいのに、ホント、お人好しなんだから」

状況は容易に想像がついた。

まったくあいつは、ちょっと目を離すと、余所の他人の世話ばっかり焼いて、とジェラルドは内心でおおいにボヤいた。




「ご歓談のところ失礼します」

式典用の小綺麗な制服姿のメッセンジャーボーイが二人に声をかけた。

「招待券を確認させていただいております」

「ああ、これよ。カタリーナ・ローゼンベルクとエリック・バレットの2名」

「ありがとうございます。後ほどこちらの番号で豪華な賞品の当たる抽選会がございますので、そのままお持ちください」


「ほらね」

いったとおりでしょうとカタリーナは招待券をヒラヒラさせた。

「実はね。種明かしをしちゃうと、こういう行事では、抽選と言いつつ誰が当たるかは調整されてるの。だから、我が家宛のこの招待状で来ているのが私だとわかったら、この番号は、お持ち帰りができる記念品ぐらいが当たることになったってわけ」

「なんだ。それなら安心だね」

「そういうこと」

こういうパーティで本物のサプライズなんて誰も期待していないわ。カタリーナはそう言うと、子供らしからぬ仕草で肩をすくめた。

「だから、どこの馬の骨ともしれない貴方と一緒にいても問題ないの」

「馬の骨は酷いなぁ。僕は今、君のお父上の信用も厚い"エリック・バレット"なんだろう?」

「私は信用はしないけれど、大目に見てあげるわ。エスコートがうまくて顔がいいから」

ジェラルドは笑った。

「万が一、クジが当たったら一緒にアンフォール旅行に行くかい?」

「そうね。そうしたらアンフォールのレストランで牡蠣料理をご馳走してもらおうかしら」

ジェラルドは声を上げて笑った。

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