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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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採用動機

前後左右をがっしりした軍人に固められ、川畑は研究棟を出た。

「(凶悪犯の護送みたいな顔して、周りを囲むのやめてほしいなぁ)」

川畑本人が上背もあるから、圧迫感はそれほど感じないが、それでも暑苦しい。


実際、周囲の軍人は、敵性で凶悪な手配犯と同一人物の可能性が高いとの情報で、不審人物の逮捕と護送を命じられて待機していたので、その対応はやむなしと言って良い。むしろ、不審人物のはずの男が助手として雇用されるという話が出て、宿舎と身の回り品を用意しろだなどという、想定外の指示を受ける羽目になり、彼らは当惑していた。

正直、この男を手配犯として扱うべきか、研究者として扱うべきか、わからない。ひょっとして上の指示がどこかで致命的に間違って伝わったのだろうか。

そもそもこの男、凶悪犯という雰囲気がまったくない。体格はそこそこいいが、その手の修羅場を潜れる人物には見えない。学者にありがちな浮世離れした危機感のなさで、頭はいいのかもしれないが頭が良すぎて現実的でないタイプに見えた。

疑いのあった凶悪犯とは別人で、プロジェクトのトップが直々に即日採用を言い渡す程の単なる優秀な研究助手だとすれは、拘置所にぶち込むのはマズい。

”宿泊施設”として、どこに案内していいものやら迷いつつ、構内道路を歩いていた彼らの隣で、一台の車が速度を落とした。所員が構内移動用に使っている簡易車両ではなく、紋章入りの黒塗りの高級車だ。

「エリック!あなた、こんなところで何をしているの?」

車の後部座席から声をかけてきたのは、カタリーナ・ローゼンベルクだった。


カタリーナは、皇国屈指の富豪ローゼンベルク家の娘で天才科学者だ。神の恩寵を得たと言われるその頭脳は齢15を前にして並の研究者を凌駕し、関わった研究分野の時計を数年分は進めてきた。

同年代の良家の子女が通うような学校はとうにスキップし、在籍する大学にも最低限通うだけで、もっぱらここの研究施設に入り浸っている。

性格はわがまま、傲慢、高慢ちきと散々な評判だったが、生まれと能力と年齢を考えれば、そうもなるだろうという程度で、川畑視点では、普通に可愛らしいお嬢さんだった。


「あなた、今日は午後から、私とお買い物に行く約束でしょう」

「はい。忘れてはおりませんよ」

「じゃあ、なんでそんな格好でまだこんなところをウロウロしているの」

「申し訳ございません」


川畑は周囲の軍人に、遠慮がちに尋ねた。

「あのう、案内いただくのは後ほどでもよろしいでしょうか。本日はこの後、先約がありまして」

「いや……しかし」

「あちらの御用が終わり次第、参ります。宿泊先の手配などは、その時にあらためて研究室のフェルブスさんにお願いします」

川畑は、先頭にいた年嵩の軍人に「そちらが案内のお役目を果たされた()で私が勝手をしたということにしますよ。皆さんにご迷惑はおかけしません」と小声で言った。


「エーリック!!」

苛立ったような声が車からかかる。

「もういいから、この車に乗りなさい。このまま一緒に昼食に行くわよ!」

「はい。ただいま參ります」


川畑は「日用品の下見ついでに酒保でなにか飲んでください」と畳んだ紙幣を目立たぬように年嵩の軍人に渡した。お茶代にしてはやや多めのそれをさり気なく受け取った軍人は「先約であれば仕方がない」と肯いた。




「それで、あなたなんであんなところにいたの?」

カタリーナは、酢漬け鹿肉の蒸し煮にレーズンソースを絡めながら、思い出したようにそう尋ねた。

「見学です。案内して頂いていました」

「いま人気だって噂の温室庭園じゃあるまいし、軍の研究施設なのよ。呑気に見学なんてさせてもらえるわけないじゃない」

「実は研究助手として働かないかと声をかけられまして」

「あら、そうなの?」

「給与や勤務条件はまだ伺っていないのですが、即日採用で手続きをするようにと言われました。本日のこちらの御用が済みましたら、行ってまいります」


付け合せを丁寧に切り分けて口に運んでいる青年を、カタリーナはジロジロ眺めた。

どうやら、この天才美少女たる自分が先に目をつけた彼を、横から掻っ攫おうという図々しい奴がいるらしい。

当初、彼のことはパーティ用の添え物程度にしか考えていなかったことを、カタリーナは棚に上げた。なんだろうが自分のお気に入りを他人に奪われるというのは面白くない。

考えてみたら、天才の自分がそこそこ楽しめる会話ができるということは、このデクノボウも見かけより賢いということだ。だったら自分が助手にするのが筋ではないか。コイツだって、どこかのオッサンの下で働くより美少女の助手の方が嬉しいに違いない。


「エリック。あなたを私の助手にしてあげても良くってよ。感謝しなさい」

カタリーナは、香辛料の効いた酢によく漬け込まれて柔らかくなった肉をもう一切れ食べた。


「ありがとうございます。では先方には……」

「行かなくていいわよ。あなた、私の用件が終わるまでは私といるんでしょう?」

「はい。今日はこの後、お買い物にご一緒させていただきます」

「買い物だけで私の用件が終わらなかったのよ」

「なるほど」

ツンと澄ました顔で無茶を言うカタリーナの向かいで、青年は真面目くさった顔で肯いた。

「それでは買い物の後で、1つよろしいでしょうか」

「なに?」

「いま人気だという温室庭園。もしよろしければご案内いただけませんか?」




気持ちよく買い物をし、前から行ってみたかった温室庭園を存分に楽しんで、上機嫌で屋敷に帰ったカタリーナは、()()()雇いたい新しい研究助手を連れてきたので、手続きをしてくれと父親の秘書に頼んだ。

拉致られ先変更。

取られそうになると愛着が湧くものです。

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