面談
アルベルト氏は川畑を別室に案内した。
先を歩く彼は、振り向かないまま、川畑に問いかけた。
「君は自分の仕事と家族のどちらを優先するタイプかね」
「父母兄弟はおりません。今は母方の伯父の仕事を手伝いながら旅暮らしなので、仕事と家族は同じです」
「なるほど」
吹き抜けの部屋の中央には、3階分ぶち抜きの高さの黒い大型機械があった。
「では、その伯父さんとやらの仕事とは別に、天啓というべき仕事あるいは研究対象が見つかった場合はどうかね?」
「天啓……ですか。シダールで聖地の神殿の百柱の間というところには行きましたが、天啓は得られなかったです」
あなたには神の声が届いたのかと尋ねると、アルベルト氏は螺旋階段の鉄製の手すりに手をかけて、下っていく段の先を見下ろした。
「あなたは熱心なレパの信者だったと、伺いました。ご友人に送られた細工神殿はアシュマカ土産ですよね。大神殿の聖室で神託を受けましたか」
毛織物商の家にあった細工神殿は、アシュマカの土産物屋の1つで川畑が見たのとよく似た作風だった。
「(これだけつついても答えない……か)」
あるいは、答えないことが、彼の答えなのだろうなと川畑は思った。
そして最初の問いもまた、彼が家族や友人に連絡もせずに消息を断ったことに対する彼の答えなのだろう。
「来たまえ」
アルベルト氏は螺旋階段を降りていった。
大型機械の基部は地下にあるようで、二人はぐるぐると階段を下った。天窓からの明かりが届きにくい薄暗い最下層まで降りると、アルベルト氏は大型機械の基部に付いたハッチを開けた。
中には金属製の椅子があった。
座面と背もたれの一部が革張りなのはいいとして、肘掛けと足元に頑丈な革ベルトがついているのはいただけない。
「(おっと、これはつつき過ぎちゃったかな)」
これに座れと言われたくはない。川畑は話題の転換のために、不吉な感じの椅子を取り囲む機器をよく視た。
「随分大きな機械ですね。試作機ですか」
「なぜそう思う」
「安全装置や微調整のための機構がついていないからです。実用機と言うにはエネルギー効率も悪そうだ。……これ、ここに座る人は操作者ではなくて被験者ですよね」
装置の脇にある小棚の鍵を開けて平たい箱を取り出していたアルベルト氏は、ちらりと川畑の方を見て、片眉をわずかに上げた。
「これの機構がわかるのか」
「ある程度は推測できます」
この構造だと人体実験で何人か死んでますよね?とまで口に出すのは控えた。アルベルト氏は触れられたくない事実を言及されるのが嫌いらしい。ここは、彼の興味の中心である技術的な話題を振ったほうが得策だろう。
「クリスタルへの生気充填を行うための機械式のドレイン&チャージシステムの初期実験機なんではないですか……神殿の聖室に施されている人の精神体に干渉する術式の一部を、機械的に再現しようとしたもののように思われます」
「関連品を知っているのかね」
「チャージされたクリスタルは見たことがあります。ああ。でも、市販されているオーニソプターで使用されているクリスタルは機械充填されたものではないですね」
「ああ」
「あれは個人の技能、おそらくレパ神の眷属限定魔術で充填しているんじゃないですか」
レパ・イナムディラは元々、鉱物の神だ。その眷属限定魔術に鉱石結晶を扱う技術があっても不思議ではない。
「だが、それでは供給できるクリスタルの量はあまりにも少ない。ごく僅かな富裕層の道楽品としてならともかく、一般への普及は不可能だ」
供給量を上げる方法は2つ。
「機工神レパの信者を増やしても、限定魔術が使える程の眷属はそう増えるものではない」
そもそも昨今は神々への信仰心自体が薄い世代が増えている。社会的にも信仰に身を捧げる行為は、昔ほど是とされない。布教は容易ではないだろう。
「であれば、魔術を機械的に再現し、属人性をなくせば良い。これは大量生産体制の確立を目指したプロジェクトの試作機……といったところでは」
アルベルト氏は、また肯定も否定もせずに、平たい箱の中から、高級そうな革製のケースを取り出した。
ケースの中は、アソートチョコレートの箱のように小さく仕切られて、標本箱風になっていた。白色の布が貼られたベースに、カットされた鉱物結晶が綺麗に並んでいる。
「では、この中のどれが良い石かわかるかね」
見せられた箱の中の石は、パッと見はどれも似たりよったりだ。
「どれも大差ないように思えます。オーニソプターに使われていたものよりは、粒ぞろいでやや良品には見えますが、最適品というわけではなさそうです。あえて言うなら左端のこれが一番マシでしょうか」
「なるほど」
アルベルト氏は、鉱石標本の箱をしまった。
「君は、想像したよりもずっとこの分野に詳しいようだ。クリスタルへのエネルギー充填については誰から習ったのかね。……詳細はフェランも知らないはずだが」
「(おっと、これはミスったかもしれない)」
川畑は、宴席で”充填は簡易手順も大規模機械式手順も一通り覚えた”と言ってしまったのを思い出した。川畑が思っているより秘匿性が高い技術だったとしたら、あの発言が伝わっていると、いささかよろしくない。
とはいえ、ここで動揺するのは最悪なので、川畑は何食わぬ顔で穏やかに答えた。
「大変お詳しい方と偶然知古を得てご教授いただけたのですが、残念ながらお名前は伺えませんでした」
自慢ではないが無神経、無表情、鉄面皮は得意だ。
「そうかね」
アルベルト氏も川畑と同様に表情を変えずに、ただうなずいた。
「来たまえ」
アルベルト氏は装置のハッチを元通り閉めた。
どうやらヤバい椅子に座らされる危険は回避できたようだ。
彼は、螺旋階段を1階分だけ上がり、来たのとは別の通路に川畑を案内した。
「紹介状によれば、たしか君は助手希望だったな」
それは方便ですと返す間もなく、アルベルト氏は言葉を続けた。
「採用しよう。今日からここで働きたまえ。必要な手続きは後でフェルブスに連絡させよう。住む場所と身の回り品は彼らに用意させる」
アルベルト氏が開けた扉の先には、軍装のゴツい男達が待機していた。
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