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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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推薦

人当たりの良い婦人と青年は、まるで仲の良い姉弟のように親しげなところもあったが、青年は彼女のことをあくまで”先生”と呼んで敬っていた。

彼女は、王国で貴族の家庭教師をしていたようで、青年も高等教育の基礎は彼女から習ったらしい。


一緒に話をすればするほど、この王国人の二人の知識には、驚かされることがあった。

特に青年の方は、非常にアンバランスな学識の持ち主で、経済にも国際情勢にも疎かったが、物理科学への理解度は高く、各種の論文をまったく読んでいないのに、ほぼ直感的に高度な定理を把握しているふしがあった。

時折、とんでもない思い違いをしているくせに、それを正されると「ああ……なるほどそうですね」と脳内で見えない書物でも参照しているような様子で納得し、その後は恐ろしく正確にその件についての理解を示した。

「適切な用語や数式を知らないのでうまく表現できません」

というので基礎を教えれば、たちまちその応用問題の話題にもついてくるうえに、難解な計算も暗算でこなすので、何人かの教授や研究者は自分の助手がこれぐらい有能だったら、と密かに嘆いた。


「君、大学はどこの専攻かね」

そう尋ねられて青年は顔を曇らせた。

「残念ながら家庭の事情で学校をやめざるを得なかったので……」

「なんと、それはもったいない」

「今は伯父の仕事の手伝いをしています」


鉱山で使用する大型機械関連の仕事で皇国に来たという彼は、地質や鉱石の話題にも明るかった。

それどころか、突っ込んで聞き出してみれば、自動車、鉄道、航空機の機構にも造詣が深く、さらに皇国の富裕層ですらほとんど所有していない個人用オーニソプターにも乗ったことがあり、希少な最先端の鉱石機関(クリスタルエンジン)のメンテナンスもある程度できるという。


「あれは門外不出の技術だろう。エンジン機構はブラックボックスだ」

「以前、大変お詳しい方と偶然知古を得たことがありまして。充填は簡易手順も大規模機械式手順も一通り覚えましたが、実務経験というほどのことはやっていませんから、素人に毛が生えた程度ですよ」

素人はそんなところに毛は生えない!と、周囲で話を聞いていた紳士達は心中でツッコんだが、本人は本当に大したことではないと思っているようで、至って普通に飄々としていた。


「君、こちらにはしばらく滞在予定なのかね」

「はい。伯父の商談の進捗次第ですが、話がまとまればこのままこちらに住むことになると思います」

青年は屈託なく予定を語った。

「少なくとも、今度ある新造艦の就航式?まではこちらにいますよ。カタリーナ嬢に誘われているんです」

ローゼンベルク家の令嬢をファーストネームで呼ぶ若者に、周囲はなるほどと思った。どの程度かはわからないが、あの貪欲な大家は、この無名だが才能ある青年に目をつけて囲い込もうとしているらしい。


今はなんの身分もない身の上らしいが、話し方や振る舞いからすると、明らかに上流階級の生まれだ。王国で貴族の家庭教師をしていた婦人から教育を受けたことがあり、自動車やオーニソプターなどという富裕層の道楽に詳しいということは、それなり以上の家格の者だったと考えてよい。

顔つきからすると生粋の王国貴族ではなさそうだが、シダールに近いどこかの小国の貴族だった可能性は十分に考えられる。


最初に青年に椅子を勧めた男は、これはもう少し踏み込んで取り込んでもいい相手かもしれないぞと、青年の扱いを一段階上げた。

「君、よければうちの研究施設に見学に来るかね。会わせてみたい男がいるんだ」

彼の職場の同僚である技術者なのだが、くだんの新造艦の開発にも携わった稀代の天才で、鉱石機関の第一人者だと説明すると、青年はたいそう喜んだが同時に恐縮した。

「ありがとうございます。でも自分などがお邪魔してよろしいのですか」

「なに、開発は一段落したから、今は設計者はそれほど忙しくないんだ。それにうちは一般人の立入りは本来は禁止だが構わんよ。研究助手の面接だとでもすればいい。推薦状が3通以上いるんだが、1つは私が書くし、もう2通ぐらいこの場の誰かが書いてくれるだろう」

青年は若い婦人の方をちらりと見た。

「名目上とはいえ、先生を差し置いて自分が研究助手の面接に伺うのは気が引けます。きちんとした研究施設の助手のお話なら先生のほうがふさわしいので」

「でも婦人は王国貴族の家庭教師をしているんだろう?」

「いえ、わたくし今は新しい仕事を探しているところなんですの」

うっかり自分の素の近況を語ってしまったヴァイオレットに、その場の何人もが、自分が推薦状を書こうと立候補した。



その夜、川畑とヴァイオレットはテレーマと呼ばれる軍の研究施設の訪問の許可を得た。

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