姿なき斥候
渓流沿いを歩きながら、ロビンスは足元を確認した。
「やはりこれ以上は馬をつれていくのは無理だな。ゲンさん、馬つれて先に聖都に戻っていてくれ」
「はい。帰りはどこにお迎えに上がりましょう?」
「んー、この先、どこまで川沿いに下るかわからないし、集合場所を指定できないから、迎えはいいや。そう遠くないから歩いて帰る」
「今夜は、我々の帰還のいかんにかかわらず先に休め。明日の昼を越えても我々が帰らなかったら、一度ここへ来てくれ」
「わかりました」
襲撃者の取り調べが終わるまで、聖都周辺で、"イベント候補地"探しをすることになったバスキン達は、渓流沿いの洞窟を探しに、聖都近郊の山に来ていた。
「野営地候補ってんならわかるんだが、"深い渓谷の下流でやや流れが緩くなった辺りにある、雨で増水した翌日になら川から上がってすぐくらいになる位置にある、人が二人身を寄せあったら休める程度の洞窟。川から近ければ、普段使用されていない猟師の小屋でも可"って条件が訳がわからない。なんなのこの細かい神託?ホントにこんなこと指定されたのか?」
「神には我々には想像もつかぬ深いお考えがあるのだろう」
川畑は黙って馬から二人が携帯する分の荷物をより分けた。
「鎧は脱いでいかれますか」
「そうだな。略装とはいえ、沢を歩くには不向きだろう」
軽装に着替えて、馬と荷物を預けると、バスキン達は川原に降りていった。
二人の姿が見えなくなった辺りで、川畑は妖精に声をかけた。
『その村というのは、ここから近いのか?』
『はい。この川の上流です』
クレイエラは力強く返事をした。
妖精達の話によると、しばらく前に精霊の祠が壊されて妖精が追い出された村があるらしい。人相の悪い奴らがたくさんいて怖かったので、そこが怪しいと、聖都に身を寄せていた妖精は震えながら言っていた。
「ちょっと待ってろ」
川畑は一度姿を消して、すぐに戻ってきた。
「うちに馬場を用意したから、そっちに行こう」
『おーさま、またおへやたしたの?』
『おーやさんにしかられるよ』
『大丈夫。モルルは好きに使っていいっていってたから』
川畑は馬達をつれて消えると、再びすぐに帰って来た。
「あそことここの世界の間ならほぼ落下なしで転移できるようになったなぁ……さてと」
川畑は手の上に雪の結晶の形をした氷の盾を作った。
『カップ、ちょっとあの木のてっぺんまで飛んでくれ』
『はーい』
飛んでいくカップにあわせて氷の盾を浮き上がらせる。
「だいたいこんな感じか」
木の上まで上昇させたところで、掌サイズだった盾を大きくした。
『俺が上に行ったら、お前らも付いてこい』
翻訳さんに隠密行動セット(妖精抜き)を指定してから、川畑は氷の盾の上に転移した。
「自分が飛ぶのはまだ無理だが、浮かせたこいつを足場にするのはギリで、概念の擦り合わせができるな」
川畑は魔法の氷の上でバランスを取りながら、妖精を呼んだ。
『木の上ギリギリぐらいの高さを飛びながら、目的の村の近くまで案内してくれ』
氷の盾をもう1つ出した川畑を、目を白黒させて見ていたクレイエラは、カップにつつかれて、あわてて飛び出した。
川畑は妖精達に並走させて氷を飛ばし、ある程度の距離まで行ったところで転移することを繰り返した。
ほどなく、くだんの村の近くまできた。
イヤな感じが周囲に立ち込めているのでこれ以上は近付きたくないと妖精達は言うので、川畑は単身進んで、木の陰から村の様子を伺った。
村には、10程の建屋が見えた。もともとが、旅の途中で見た街道の近くの村々よりもひなびた感じの寒村だったのだろう。だが今は、単に田舎で人が少ないというのとは違う異様な雰囲気が漂っていた。
家と家の間にあるわずかばかりの畑は草が延び放題で荒れている。引き倒されて壊された祠の脇には大きな穴が掘られたようで、土の山がある。穴自体には何かが入っているようだが、上にムシロのようなものが掛けてあって遠目にはよくわからなかった。
空き地の1つに納屋ほどもある木の檻が作られているのに気付く。猟でとらえた獲物でも入れておく檻かとも思ったが、変に新しく、他の建物にそぐわない感じがした。
川畑は目を細めた。角度的によく見えなかったが、入れられているのは熊ではなく……人だった。
もう少しよく様子が見える位置に移動しようとしたとき、山道から馬車がやって来た。建屋から風体の悪い男達が数人出てくる。屋根と壁のある汚い箱馬車が止まると、男達は御者台にいた男と何か話した後、馬車の荷台から、人を何人か連れ出した。
拘束されながらも弱々しく抗っている女達は建物の1つへ、傷を負っているらしき男と小さな子供達は外の檻へと入れられた。
御者が馬車をもう少し進めて、祠跡に掘られた穴の脇に寄せると、熊手を持った男が、荷台の生身の残りを敷き藁ごと穴に捨てた。
瞬間的に翻訳さんの視覚フィルターがかかったが、川畑はそれが人の遺体であることを理解した。
川畑は一度目を閉じて……それからもう一度目を開いてありのままをしっかりと見た。
奥歯がぎしりと鳴った。
厚く垂れ込めた雲が日差しを覆っていた。
賢者は、不意に背後に凄まじい魔力の乱れを感じて、思わず総毛立った。
「モルル、出入りだ。鎧を出せ」
「だ、だれかと思ったら、お前か。威かすな。その物騒な力を押さえてくれ。鎧は今まだ、分解改造中だよ。装飾は全部外しちゃってるし、色んなところが未完成だ」
「装飾は要らん。つけれる部分だけ着せてくれ」
「といわれてもかなり足らないことになるよ」
川畑は少し考えた。
「王国騎士の鎧がある。それの着られる部分でもいい」
「それなら組み合わせればなんとかなるかな……。どんな鎧か見せて」
「わかった……これだ」
「お前、転移術式を気軽に使いすぎだぞ。まあいい、今着ているものを全部脱いでこれを着て」
モルは、真っ黒なアンダーウェアを一式渡した。
「リクエスト通り21世紀風だ」
「ずいぶんハリウッドな21世紀だ」
川畑はそう言いながらも、躊躇なくそれに着替えた。
「剣は?」
「あれこそ無理」
アンダーウェアの上から、鎧を着せながら、モルは首を降った
「全部ばらして解析中」
「鍵のかかった扉だろうが牢だろうがぶち開けて捕まっている人達を助けるのに、得物が欲しい」
「それあんな宝剣でやるこっちゃないでしょ!」
モルは思いっきり突っ込んでから、何か思い出すように頭を人差し指でとんとん叩いた。
「あー、それじゃぁ、アレ貸してあげる。20世紀産だか21世紀産だか忘れたけどロングセラーの定番品」
鎧を装着し終えてから、モルが川畑に渡したのは、消防斧だった。




