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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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疑似餌

川畑はカタリーナを車止めまで送って、ローゼンベルク家の運転手に任せたあと、皇国の富豪の車はカッコイイなぁとホクホクしながら戻ってきた。


人気の少ない通路にポツポツと灯る暖色のシェードの灯りの下でジンが待っていた。

「首尾は?」

「次回は自宅まで来いと言われた。新造艦の就航式に同行させてもらえるそうだ」

「……お前、相当な女ったらしの素質があるな」

川畑は酷い言われように顔をしかめた。

「女ったらしって、相手のご令嬢は、12、3かそこらだぞ」

ジンは肩をすくめた。

15歳以下はたらすもへったくれもないと憮然としているこの男は、たしか若い女給の娘も手玉に取っていた気がするが、そこをつついても不機嫌になるだけだろう。


「それで、そっちは?」

「残念ながら見覚えのある顔はいなかったそうだ。このパーティには出席していないらしい」

「そう簡単にはいかないか」

「まあな。彼女には次のツテを釣ってもらっている」

「……大丈夫か?」

「入れ食いだよ。凄いな彼女は」




ヴァイオレットはパーティでモテまくった。

といっても、通常のパーティで美人がモテるのとは、若干様相が違った。たしかに若い女性が少ない会場で、ヴァイオレットは希少なレディ枠だった。だが、彼女は落ち着いて地味なタイプだ。普通のパーティでは埋没する壁の花になるのが常である。

しかし、控えめで清楚な彼女は、華やかで派手な女が苦手な研究者や技術者にとっては、話しをするためのハードルが低いタイプといえた。そして、決定的だったのは、彼女が”素晴らしき理解者”だったことだ。


「もしや、かの高名な?」

「お会いできて光栄です」

このぐらいは、言われ慣れた諸先生方も、著書や論文に感銘を受けただの、提唱した理論が素晴らしいだのと、ほんのり頬を染めて本気で褒め称える若い女性などというものには、免疫がなかった。

プライドと偏見に満ち溢れた老諸氏は、最初は若い女が上辺だけおべんちゃらを言っているのだろうと、意地の悪い質問をしたりした。が、その結果、実際に彼女が諸理論を理解しており、その上で本気で自分達を尊敬していることを知ると、あっけなく手のひらを返して相好を崩した。


世の中に美人はいる。聞き上手な女もいる。

接待役のプロなら、難しい話しを一方的に喋っても、笑顔で褒めそやしてくれる。だが、そいつらはまったくもってピント外れの質問や感想しか言わない。

世の中には頭のいい女もいる。

男に混じって一歩も引かずに持論を理路整然と展開する恐ろしく気の強い女傑や、男は全員ハナタレ小僧だと思っている妖怪のような婆さんも存在する。


だが、美人で頭が良くて、コアな専門分野に興味を持っていて、かつ、それほど出しゃばらずこちらを立てて、気持ちよく話しをしてくれる若い女性なんて、幻獣なみのファンタジー存在だ。しかも、彼女は極めて優秀で飲み込みは良いが、あくまで学生か地方の学校の教師レベルで、自分よりも詳しくもないし、自分の地位やプライドを脅かすわけではないというところが素晴らしかった。


厳格で気難しい年寄共が、コロコロと態度を軟化させていく様は、傍から見ていたジンからすれば、何かの悪い冗談のようだった。




「お前といい、彼女といい、下手な詐欺師よりもよほどたちが悪いと思ったね」

「先生を詐欺師扱いするな。彼女はペテンや詐欺ができる人ではない」

「わかってる。わかってる」

渋い顔をする川畑を見て、ジンはニヤニヤした。


「今は?」

「バーラウンジで食事後の歓談中だ。誘導してメンバーは、役に立ちそうな顔ぶれに絞ったが、変な下心があるやつを省いた分決め手にかける。彼女だけではこの場限りで終わって、次回に続く関係に必要な言質は引き出せないだろう。本人、おそらく半分以上目的を忘れて、高名な先生の臨時講義を嬉々として拝聴している。サポートしようかと思ったが、あいにく話題の中心が俺にはサッパリだ。下手に口を出すと心象を悪化させるだけだから、お前頼む」

「わかった」


ジンから補足説明をいくつか受けて、状況を頭に入れたところで、川畑はあらためて”印象の薄い隙だらけな専門バカ”の外面に若干の修正を加えた。

そこそこに育ちが良くてのんびりとした、頭はいいがあまり現実的な問題解決には向かないお人好し……という役柄はそのままに、わずかな違和感とそれを不快に感じさせない程度の好感度を足すように”翻訳さん”による印象操作を微調整する。

単に印象の薄いマヌケでは、知識階級の集まりでははじき出されかねない。役割を考えれば多少の興味は引く必要があった。

かといって、違和感を持たれすぎて警戒されては元も子もない。

大柄で筋肉質な体格はどうしようもないが、それ故の威圧感や殺気は極力排しておく。


「では、おじさん。行ってまいります」


穏やかに微笑んでそう言った青年は、とても鉱山の無愛想な鉱夫や、宿場町の剣呑な用心棒と同一人物には見えなかった。

ここで裏を承知している自分が、任せるのを不安に思うレベルで浮世離れした世間知らずに見えるってのは、凄まじい話だよな、とジンは苦笑した。

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