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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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詐欺師

インペリアルホテルは元々、貴族の館として建築された豪奢な5階建ての建物で、博覧会のときには迎賓館として使用された。

シャンデリアが煌めくエントランスホールから続く階段室は、装飾的な柱頭のある白大理石の柱が、壮麗な天井に向かって伸びている王侯の宮殿もかくやという造りだ。

メインエントランスのある棟よりはややカジュアルな新館にある”冬の庭”と呼ばれるラウンジも十分に贅沢な造りで、色大理石を大小の格子柄に組み合わせた石組床には、見事なステンドグラスのドーム天井からの自然光が降り注いでいる。

その明るいラウンジのやや奥まった位置にあるシッティングスペースで、数人の身なりの良い男達が商談をしていた。


「はい。先日、簡単にご説明させていただいた通り、見つかった鉱床は大変有望なものなのです」

横長の小さなフレームの眼鏡をかけた細身の男は、恰幅の良い紳士に鉱石を見せて、それが価値があり、珍しいものなのだと売り込んだ。隣に座っている大柄な青年は専門家のようで、説明の補足を求められると、専門用語だらけの難解な解説をした。

「それで私に出資してほしいということかね」

恰幅の良い紳士は、四角い顎を撫でながら、疑い深い目付きで、商人だという男をジロジロ見た。

「いえいえ、それには及びません」

男は、ひどく申し訳無さそうな、なだめるような笑みを浮かべながら、出資者はすでに十分にいると応えた。

「株式の動向にも関わるので、どなたがとは申せませんが、有力な資産家の皆様がご賛同くださっております。ですから、投資に関してはどうぞお気になさらず」

男は、紳士に金を出してくれと言うつもりはないと前置きしてから、自分は採掘のための大型機械関連の話で便宜をはかってもらいたいのだと言った。

紹介状か、関係者の集まる学会やパーティの招待状を都合して貰えれば、いくばくかの謝礼をお渡しすると持ちかけた。

「現場の近くに、()()()()()地盤がありましてね。通常の採掘方法では効率が悪いので、こちらで原案を考案した大型機械の導入を計画しておりまして、その製造を請け負ってくれるところを探しているのですよ」

投資に関しては、自分から紹介できる分が、あとひと枠あるにはあるのだが、それは回答を保留している方の分なので、申し訳ないが諦めていただきたいと念を押されて、紳士は不満そうな顔をした。

「回答を保留している者がいると言うことは、あまり良くない物件なのではないかね」

「いえ、そういうことではありません。保留というのも先方の資金繰りの問題で……なんとしてでもかき集めるので是非に、とは仰っていただけております」

男は鉱石をケースにしまうと、カバンを開けた。カバンにはもう一つ似たようなケースが入っていた。

「なぁ、そちらの石はご説明しないのかい?そうしたら、こちらの方もご納得いただけ……」

横から小声でそう言い出した青年を、男はあわてて「しっ」と言って止めた。

「アレは特別な方にだけだ」

男はやはり小声でそう青年をたしなめると、愛想笑いを浮かべながら、ぜひご検討をよろしくお願いいたしますと言って、カバンを閉めた。




「いやー、ちょろいわー」

部屋に戻るなり、ジンはタイを緩めて、伊達眼鏡を外した。

「俺、このネタで一財産作れそう」

「もうやったことあるんじゃないのか?口上が手慣れすぎている」

川畑は顔をしかめて、ジンが放り出したコートと帽子を片付けた。

「いやいや、俺一人じゃ警戒されて、ああも簡単に引っかからんよ」

絶妙なマヌケ役は重要だと言って、男は笑った。


「それにしても、こんな単純な鉱山詐欺にどうして引っかかるかなぁ」

「今の急成長中の皇国で、軍需産業の端っこに食らいついている中流資産家なんて奴らは、金の匂いに敏感な亡者ばっかりさ。いかにも急に羽振りが良くなった風体の奴に最高級ホテルのラウンジに呼び出されて、あんな話を聞かされた挙げ句、お前は儲けにはかませてやらんと言われれば、ソワソワもするってもんだ」

シャツから靴まであつらえ直した高級な一式に身を包んで、革のソファーにもたれている男は、実に悪党そうな顔をしていた。


「さぁ、あともうひと押しだ。いくら欲の皮が突っ張った野郎でも、さっきの話だけでは掛かっちゃくれないからな。やっこさんがこっちより自分の方が一枚上手だって思えるように、偶然の素敵な機会を与えてやろうぜ」

「コンサートホールのチケットは用意した」

「入場時間に余裕を持って行け。お前の身長なら少々遠目でもむこうが気付く。接触は2回目の休憩時間にバーで。奴の酒の好みはスッキリした辛口。赤よりは白。蒸留酒は公演後にしか飲まない」

ジンは川畑に懐中時計を投げた。

「持ってけ。紳士の身だしなみだ」

時計は金色でなかなか上等そうな代物だった。

「盗品じゃないだろうな」

「バカ言え。元手をかけた大きなヤマの最中にケチのつく小物を使うもんか」

おじさんから甥っ子へのプレゼントだと、ジンは愉快そうにニヤリと笑った。

「任せたぜ。マヌケ役」

「一言余計だ」

川畑は時計の上蓋をパチンと閉めた。




取引先のご令嬢の子守でやむなく出向いたコンサートで、昼間に見た顔を偶然に見つけた紳士は、自分の運にほくそ笑んだ。

鉱山の話を持ち込んだ商人と違って、その体格はいいが学者肌の青年は、生まれのいい者にありがちな人の良さ……言ってしまえば、つけこむ隙がいくらでもありそうな迂闊さに溢れていた。

演奏の休憩時間に声を掛けると、青年は驚いていたが、連れていた令嬢を紹介すると相好を崩した。

若い娘に釣られて警戒心が緩んだのか、青年は商人が口止めしていたであろう話を、”本当はダメらしいんですが特別にこっそり”教えてくれた。

その内容を聞いて紳士は、紹介状の対価は僅かな報酬金ではなく、是が否にでも投資枠に一口入れさせて貰うことにしようと心に決めた。

青年は渋って、なかなか首を振らなかったが、もしとても良い学会やパーティの招待状を手に入れられれば口を効いても良いと譲歩した。




「かかりました」

「な。先方の頭の中では、こちらに関わるかどうかの2択ではなく、金を受け取るか投資で金を出すかの2択になっていただろう?」

「こっちの気を引くために、いいコネを使って来ましたよ」

人の良いちょっと迂闊そうな顔のまま、少しだけ口角を上げた川畑を見て、ジンはこいつの方が俺よりたちが悪いよなと思った。

全然ストックが進んでいないのですが、エタらず書くよという意志を込めて更新。

見切り発車のため、不定期更新です。

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