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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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中間報告

「なにやってるんですか」


時空監査官である帽子の男は、いつもどおり予告なく現れると、これまたいつもどおり川畑の斜め上にふよふよ浮かんだ状態で、呆れたようにそう言った。川畑は、鞄の中身を整理しながら、帽子の男を見上げた。


相変わらず腰から下がグラデーションで透けている幽霊っぽい見た目で、この男の部分だけセピア色の写真のように現実味がない。


帽子の男は、周囲を見回して文句をつけた。

「護衛対象からこんなに離れていたら、お仕事できないじゃないですか」

「旦那様はいま安全なところにいるから、大丈夫だ」

「どこにいるんです?」

「秘教の総本山の親分さんち。万が一、襲撃者が出たとしても、まずたどり着けないし、たどり着けても、よっぽどの者でないと確実に潰されるような怖いところなんだってさ。俺が行かなくても安全……というか、ややこしいことになるから俺は行かないほうがいいらしい」

「あー、特殊な場所に川畑さんが行くとややこしいことになると判断できる頭のある人がお勧めしてくれたセーフティエリアなんですね。それなら安全かも」

「お前が俺をどう評価しているかわかって嬉しいよ」

「えー?ホントですか?褒めてないのに喜んでいただけて幸いです」


悪意も善意もなんの含みもないあっけらかんとした笑顔で、帽子の男は川畑の仏頂面を受け流した。


「さしあたって近況レポートを提出してもらってよろしいですか。私もこのところ本業が忙しくて川畑さんのフォローが全然できてなくて」

すみませんねーと言いながら、帽子の男は中空に穴を開けた。


「レポートって、いつもの手帳に記入じゃなくて、データクリスタルで提出でもいけるか?賢者や北の魔女が使っている魔法世界準拠のフォーマットだけど」

「賢者さんが標準で使っている形式なら対応できると思いますよ。そんなにデータ量多いんですか?」

「画像や知覚した経験を保存するのは、これの方が楽だから」

川畑の広げた掌の上にキラキラと光が集まって結晶化した。


「川畑さん、既存のクリスタルに書き込むんじゃないんですね」

「保存用の空きクリスタルを持っていないんだからしょうがないじゃないか。理論値通りに魔力を結晶化させてるから大丈夫だとは思うけれど、読み取れなかったら言ってくれ。善処する」

川畑は出来上がった結晶を、帽子の男が開けた穴に放り込んだ。


「器用だなぁ。なんかちょっと見ない間にまた人間離れしてる気がしますけど、変なことしてないですよね?」

「失礼な奴だな。大人しくしていて暇だから、ここの世界に影響の出ない領域で魔法系技術の練習に勤しんでるだけだ」

北の魔女ヴァレリアに魔法に関する参考書を借りているのに、実技を上達させずに返しに行ったら、きっと酷い目に合う。研鑽は必須だ。


「十分に変なことしてるじゃないですか」

帽子の男は、困った人だなーと呆れた。川畑は心外そうに顔をしかめた。

「この前、お前に連れて行かれた領域の構造を参考に、この世界への干渉が最低限になる仮拵えの領域を設定して使っているから問題ない」


この世界の(ヌシ)用の上位層とも、今いる下位層とも違う、管理権限のある自分しかアクセスできない別階層だから、この世界の人やヌシに迷惑はかけない。時空的には別世界ではなくて、あくまでこの世界内の階層構造扱いだから転移の穴をつなげても目立たない。なんなら下位層間の離れた2点をつなぐより、一旦、この仮領域を経由したほうが痕跡は残らないぐらいだ。


「仮領域は、上位層と同じく、下位層のどの地点とも等距離でほぼ接していると言っていいバックヤードみたいなものだから、そこで何をしても、まずバレない」


帽子の男はあまり理解していなさそうな顔で首を傾げた。

「大家に内緒で壁裏に巣を作ったネズミみたいなイメージであってます?」

「例えるならせめて歌劇場の地下の地底湖に住まう怪人ぐらいの格は欲しかったけど、ネズミの方が近い気がしてきた」

「どっちにしろ、見つかると駆除対象っぽいので、こっそりやってください」

「了解」

「レポートは受領OKでした。フォーマットに問題ありません。クリスタルの純度と精度がいいから仕入先教えてくれって言われました。量産して納品します?」

「……食うに困ったらな」

「川畑さん、寝食不要じゃないですか」

「お前もだろ」

二人は顔を見合わせて口の端だけで笑った。




「それでこの後のご予定は?」

「予定していたプランはあるが、先にお前の話を聞いてやる。どうせなにか追加で仕事が発生したんだろう」

「スゴイですね。どうしてわかったんですか?」

帽子の男は”大正解”と書かれたプラカードを片手に目を丸くしてみせた。

帽子の男の本体と同じように、プラカードもうっすら透けている。こういう小道具類をコイツはどこから取り出してどういう理屈で存在させて(または存在させないで)いるのかと、川畑は訝しんだ。

帽子の男はそんなことには頓着せず「そういうことでしたら」とプラカードをポイ捨てして本題に入った。

帽子の男の手から離れたとたんに薄れて消えたプラカードと同様に、川畑も些細な疑念を消し去って、本題に耳を傾けた。




「ミッションの中心はこれまでと同じ。赤いアダマスです。これまで川畑さんには端っこのサポート任務として、キーパーソンの護衛をしていただいていましたが、そちらにはしばらく別手配のエージェントが回してもらえるそうです」

今回のようにやむを得ない事情で距離をおかざるをえなくなったときは、護衛任務は別のものが交代してあたるのがセオリーらしい。


帽子の男は「その代わり」と言って、川畑の顔の前で指を左右に振った。


「川畑さんには、先遣隊として、このあとキーパーソンが、必要なときに必要な場所に居合わせるための段取りを、手伝っていただきます」

「わかった。そういうのは得意だ」

「手帳を入れてください。指示の詳細と必要な周辺情報をお渡しします」

データクリスタルの方がいいかと聞かれて、川畑は首を振った。

「圧縮して書く方はできるが、リーダーなしで解読する方はまだできない」

「リーダー持ってないんですか」

「ヴァレさんちに大型の据え置きタイプがあったけど」

「ヴァレさんって、北の魔女ですか。そのために異世界との行き来は避けた方がいいですね。局の備品にポータブル型があったら今度もらってきます」

今回はこれまで通り手帳で、ということになって、川畑は宙空に空いた小さな穴に、愛用の手帳を放り込んだ。


手帳は穴を素通りしたみたいにすぐに落ちてきた。

川畑は軽く中を確認してから手帳をしまった。

「皇国にはこのまま行っていいんだな」

「はい。お連れの方とそのまま予定通り皇国入りしてください。国境審査や諸々の身元審査はこちらでサポートします。先程のレポートに沿って情報を補強します。途中で設定を変えないようにしてください」

川畑は2つ並んだ寝台にちらりと目をやった。フラリと出かけたジンはまだ戻ってきていない。戯言ででっちあげたおじさんと甥っ子の話が、この世界では実際に存在した証拠が造られてしまうのかと思うと、むず痒いような気持ちになった。




「状況は変わりましたが、引き続きサポート任務です。必要な物資があれば請求してください。手帳に書き込んでいただければ用意します。転移やオーパーツの持ち込みはバレないように慎重に行ってください。いいですね。指示に従って、許可された範囲で行動するという原則を、大きく踏み外しちゃいけませんよ」

「ちょっとは裁量権が増えたのかな」

「成果が出るならと、クライアントがお目溢しくださる程度が大きくなったそうです。大目に見てもらえるからといって、何でもやっていいわけではないですからね」

注意事項と心得を説かれながら、川畑は、神様に「大目に見てください」とお願いするのが通ることもあるもんなんだな、と思った。

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