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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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訪問

工場長に連れられて、赤煉瓦の紡績工場の裏手の船着き場から小舟で出た先は、運河沿いの建物の一つだった。

運河に面した石造りの1階部分には、小舟用のポートがあった。

ガレージに車を入れるように小舟を入れた工場長は、ポートから階上に続く石階段の脇に垂れた紐を引いてベルを鳴らした。

「フェラン!わしだ。来たぞ。いるんだろ。上がるぞ」

工場長は、ここの技師とは随分親しい関係らしく、慣れた様子で石階段の上の扉を開けて、家の主が出てきてもいないのに川畑達を招いた。




家の中はなかなか無惨な有様だった。

「(あ……これは片付けができない人の部屋だ)」

居間なのか事務所なのか物置なのかわからない部屋には、紙や機械部品が雑然と積み重ねられ、足の踏み場もなかった。

工場長は本と書類の束をいくつか脇にどけて(別の本の山の上に置いて)、現れたソファの座面に座るよう、川畑達に勧めた。

「ちょっと待っていてくれないか。フェランの奴を巣から引っ張り出してくる」

工場長はそう言うと、部屋の反対側の鉄製の螺旋階段を上って行った。


「招待された……というよりはおしかけてきたって感じだな。こりゃ」

「もう二人座れるように片付けておいたほうが良さそうですね」

「マメな奴だなぁ」

「……あ、この本面白そう。こっちは設計図かな?」

「紙くずと機密書類を区別せずに無造作に積み上げるタイプか、ここの主は」

「置いた位置と順番を漠然と記憶している人の場合、他人が物を勝手に動かして整理すると怒るから、上下と山ごとの位置関係は保存したまま近隣に水平移動して……っと」

「整理が下手すぎてメイドも雇えないって感じだな」

平らな床面が見えない部屋はロボット掃除機が使えない、という切ない話を思い出しながら、川畑はなんとかソファとテーブルの”利用可能面積”を確保した。




工場長が連れてきた男は、ヨレヨレでヘロヘロだった。

のびた髪は前回いつ梳かしたかわからないほどボサボサで、鬱陶しい前髪とまばらに生えた髭の間の眼鏡は、分厚いレンズが汚れて曇っている。元は上物だったであろうシャツは襟垢、シワ、擦り切れのフルコンボ。裾はだらしなくズボンからはみ出している。とりあえず肩に引っ掛けたという感じのサスペンダーは調整不足で左右で長さが揃っていない。昼過ぎだというのにジャケットではなくナイトガウンを羽織っていて、若いのに多めの白髪と猫背と覇気のない表情の三点セットのせいで、ベースは童顔っぽい顔立ちのくせに老けて見えた。

「(こりゃまた、スゲェのが出てきたな)」

ジンは無難な挨拶の言葉を並べながら、”天才発明家”と紹介された男を値踏みした。

「ボブ。僕はあまり人と会いたい気分じゃないと言っただろう」

ボソボソと文句を呟いて、ろくに挨拶もしなかったフェラン氏は、ジンが差し出した手を見もしないでソファに座った。

「お休みのところをお騒がせして申し訳ありません」

川畑は、不機嫌さ丸出しの相手に、全く怯む様子もなく、持参した菓子折りを取り出した。

「ブランチはお済みですか?よろしければどうぞ。スコーンです」

赤と白のチェックの布包みから出てきたのは、プレーンと紅茶味の2種類の菓子が入った編み籠とジャムの小瓶だった。

「スコーンは、口がもそもそする……」

「なにか温かい飲み物をご用意しましょう。キッチンをお借りできますか?」

誰が家主かわからないやり取りを2,3交わした後で、川畑は恐縮する工場長に諸々の場所を教えてもらった。

「ポットとカップを洗ってきます。水場は下でしたね」

いそいそと立ち働く川畑を見て、ジンは「あー、あの世話焼きの悪いクセが出やがった」と、顔をしかめた。


1時間後。

テーブルクロス代わりに広げられた赤と白のチェックの布の上には、空の編み籠と、形も色もバラバラなカップが4つあった。

「大型の動力源を1基用意して、そこからシャフトで各機器に動力を分配するという発想は、自動車と同じとは言えるが、それを工場レベルで行った場合、シャフトの固定方法と動力のロスが……」

水分と糖分が脳にまわったフェラン氏は、見違えるようにしゃっきりして、工場長が持ち込んだ話に食いついていた。

彼は、川畑に渡されたよく絞った濡れ手布で、ジャムがついた手を拭いながら、紙の山の中から参考資料を引っこ抜いて、川畑がさっと編み籠をどけたテーブルの上にそれを拡げた。

「(これは長くなるな)」

川畑が身を乗り出してフェラン氏の説明を拝聴しているのを見ながら、ジンは自分のカップの中身をゆっくり啜った。


2時間後

「繊維の質が異なるので羊毛では可能かどうかわかりませんが、綿の場合、繊維同士が回転でより合わさることで自動的に引き出されます。錘を適切に調整してやることで……」

ジンは一眠りすることにした。


3時間後

「燃料コストの問題があるのなら、水力を利用すればいいんです。外輪船の逆ですよ」

「水車か?だがここいらの川は皆、水量の増減が大きい。水位が変わるから水車小屋は難しいし、運河沿いは工場を立てる土地がない」

「なら、川に係留した舟に水車と紡績機を積んでしまえばいいんです。舟なら水位も土地も関係ないです。近隣への騒音や振動の問題も緩和できます」

「なるほど。それなら……」

ジンはもう一眠りするか、酒とツマミを買い出しに行くか迷った。


5時間後

「フライングシャトルの自動交換というアイディアは面白い」

「将来技術としては、シャトル自体もなくして、エアジェットで糸を飛ばすことも考えられるんですが、そのためには前段階となる技術が大量に必要です」

「縦糸の間を、横糸一本分だけ空気で飛ばすなんて無理だろう」

「ええ、ですから……」


「おーい。飯、買ってきたぞ」

「おじさん、ありがとう」

「キッシュとミートパイ。あと、屋台のフィッシュフライ。ピクルスは3種類」

「そっちは?」

「これは夜の分。仕事の話を続けるならまだ酒はいらないだろう」

「かまわない。全部あけよう」

「とりわけ皿とグラスを用意します」


深夜

「以前、オーニソプターの駆動系と船殻の材料強度の問題で、浮揚力と推進力のバランスに限界があるという話を聞いたことがあるのですが、クリスタルを動力源にした場合も、限界は変わらないんでしょうか」

「蒸気機関に比べて、クリスタルは圧倒的に小型かつ軽量な動力源だから、オーニソプターの各翼部に分散して配置できる。重量が一点に集中しない分、船殻強度はそれほど高い必要はなくなるが、工作精度で設計上の重心がブレる可能性は大きくなるし、駆動機器間の出力差が大きいとどうしても船体自体の歪みが出てしまうから……」


フェラン氏と川畑の会話の内容が、完全に雲の上に行ってしまったので、おいていかれた工場長とジンは、ゆっくり酒を酌み交わしながら、最近の市場動勢と国際情勢について、しばらく無難な話題を楽しんだ後で、先に帰って寝た。

ガラ紡、舟紡は日本の技術です。

……豊○佐吉さんが転生者だった話とか誰か書いてないかな。発明無双モノで。

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