聖都騎士団
「手帳入手できたんですね」
「はい。王城に提出予定の1次調査報告書の全文写し。聖都までの分」
帽子の男は開かれた黒革の手帳を見て、口を半開きにした。
「よくもまぁ……」
「本物はバスキンさんの口述を俺が清書したから、確実だ」
ここのペンで書くのに比べたら、ダイレクトで入力できるこの手帳は便利だと、川畑は手帳を閉じた。
「勇者の仲間候補の名前と評価。イベント候補地の見取り図を含む現状調査結果。旅程で想定される危険等々……。これが上に提出されて、偉い人の検閲や忖度で修正された結果が、勇者育成計画の立案者達の手に渡る」
「く、詳しいですね」
川畑はつまらなそうに手帳をぷらぷら振りながら答えた。
「一度目の報告書を地方領主経由で提出したあと、経過を追ってみたら、城で書庫に入る頃には、大分手が入っていた。見比べると、都合の悪いことの脚色と身内贔屓が笑えるぞ」
帽子の男はげんなりした顔をして、空中に小さな穴を開けた。
「とにかくありがたくいただきます。その手帳をこの中にいれてください」
穴の上から落とすと、手帳はそのまま穴を通り抜けたみたいに床に落ちた。
「ん?穴が2枚重なっているのか」
手帳を拾いながら、穴の裏側を覗こうとすると、黒い円形の平面が、1cm程の隙間を空けて2枚あった。穴はすぐに消え、拾った手帳は白紙に戻っていた。
「これは便利だ」
「私はもって帰れないし、連絡員経由では毎回のやり取りが不便なんでこうするように指示されました」
こいつはともかく、組織は有能なんだなと、川畑は思った。
「あ。この方式なら、お前に注文したら、欲しいものすぐに届けてもらえるな。甘味とソフトドリンク頼んでいいか」
「通販ですか!」
「費用はそっち持ちで」
「むしろパシリ!?」
こいつもそこそこ察しはいいなと、川畑は思った。
「まぁ、言いたいことは色々ありますが、とりあえず想像以上のご協力ありがとうございます」
帽子の男の話では、勇者召喚というファクターで揺らぎができたこの世界を安定させようと、局の方でも頑張っているが、どうにも安定しないらしい。当初は召喚後の介入でなんとかしようとしたが、うまくいかず、召喚前の調査をしているという。
因果律の都合で初期に投入した正規メンバーは事前調査に関わらない方がいいので、局員以外の非正規をかき集めて対応しているが、事態は思わしくないようだ。
「原因不明の揺らぎが拡大し続けているんです。たしかに、王城での調査報告書の検閲のせいで、これまで局が参考にしていた資料と実際の状況に差異があったために、介入が失敗していた可能性はありますね。そこを考慮してもらうよう提案してみます」
「なんか、初めてお前が仕事してる奴なんだなって思った」
「ひどっ!こんなに身を粉にして働いているのに」
「粉程も実体ないけどな」
「ううう、それは言わないで」
帽子の男は、わざとらしく床の上によよと泣き崩れた。
『おーさま、おはなしおわった?』
業務連絡が終わって、帽子の男が帰った後、カップが1人でやって来た。
『どうした』
『さっき、ここの妖精がやってきてね。へんなおとこが、おそとからシャリーちゃんのおへやをのぞこうとしているけど、やっつけていいか?っていってた』
『なに!?』
『いま、キャップがそっちにいってる』
『行くぞ』
『はーい』
川畑はカップと一緒に、宿坊の部屋を飛び出した。
大聖堂の裏の小道を通って、ソルとシャリーが泊まっている別棟に向かう。
「(いつもの消音、認識阻害、光学迷彩の対象から、今日、協力を誓った妖精を除外。奴らには姿が見えてかまわない)」
なにも言わなくてもすでに闇視は自動でつけてくれる有能な翻訳さんに、また無茶振りをする。
目的の建物に近付いたところで、キャップが飛んできた。
『おーさま!へんなやつがシャリーちゃんのへやのマドからしのびこもうとした』
『なんとか妨害しろ!』
『うん。みんなでやっつけた』
『は?』
川畑は思わず、並走して飛ぶキャップの顔を見た。
キャップは得意満面だった。
不審者は満身創痍だった。
「賊は部屋に侵入しようとしたところで、急に腹痛になり、かがんだ拍子に段差でつまずいて、壁に額をぶつけたところで目眩をおこし、慌てて立ち上がろうとして窓下の出っ張りに後頭部を打ち付けて、ひっくり返って腰を庭石にぶつけて立てなくなったようです」
「……そうか」
バスキンと聖堂の騎士はなんとも言えない顔で警備の報告を聞いた。
「這って逃げようとしたところで、庭園の堆肥桶をひっくり返したらしく、その物音と異臭で発見されました。現在は臭いがひどいので縛って裏庭の木に拘束しています」
「ご苦労」
警備の兵を下がらせた後、バスキンは、蒼白な顔のルイに目をやった。
「それで、相談したいこととはなにかね、ルイ君」
「実はあの男に見覚えがあります」
ルイは手を震えさせながら、事情を話した。
「死者の復活の研究だと?」
「もちろん断りました。でも、何度も訪ねてきて……もう一度、家族に会いたくはないのか、と」
ルイはうなだれた。
家族全員を亡くしたと思い、心労に沈んでいた時に言葉巧みに近寄られたのだ。今回、ソルとシャリーに再会できなかったら、この気弱な青年がいつまで首を横に振れていたか、わかったものではなかった。
「卑劣なやからめ」
バスキンは、吐き捨てるように言った。
「ベヒヤス準師が邪な誘いに屈しなくて本当によかった。反魂の法など神と精霊のみに許された禁忌の技です」
そういえば、同じように悪しき妄想に取り付かれた者が絡んだ事件が、他にもあったので、ひょっとすると、思ったよりも組織だった何かが背景にあるのかも知れない、と聖堂騎士は語った。
「最近ここより西方の盗賊やシール沖の海賊どもの動きが変だという話もある。その捕まえた男、しっかりと調べた方が良さそうだな」
バスキンは聖堂騎士と相談し、少なくとも男の取り調べが終わるまで、聖都近郊に留まることにした。
『諸君、よくやった。聖都妖精騎士団の初任務は十分な成果を納めた。存分にこの成功と達成の甘露を楽しめ』
小さな妖精達は晴れ晴れとした顔で、川畑を見上げた。
『ただし今回の件は、シャリーには内緒である。なぜだかわかるか』
『えー、なんでー』
『ほめてもらいたいー』
『ほほう……』
川畑は不満そうな妖精の鼻先に指を突きつけた。
『お前は、シャリーに"君を襲おうとした悪者が夜、窓の外に潜んでたよ"と言って怖がらせるつもりか。シャリーが安心して眠れなくなったら、かわいそうだなー』
『ええー!?そんなのやだよ』
『だから、今のところは内緒だ』
『そうか!ひとしれずプリンセスをまもるナイトだ。かっこいい~』
最初に名乗りを上げたため、妖精騎士団のリーダー格に納まったらしいクレイエラが声をあげると、妖精達は皆、納得してうなずいた。
『ただし』
川畑は片手を挙げて、妖精達の注意を引いてから、続けた。
『襲ってきた奴らを根こそぎ退治できたら、"もう安心です"て言っていい』
『そしたらほめてもらえる?』
『もちろんだ。騎士には名誉も必要だろう』
妖精達は揃って目をキラキラさせた。
『ここで重要なのは倒す敵を間違えないことだ。関係ない人に無駄に暴力を振るったり、勘違いでシャリーの大事な人をひどい目に遇わせたらどうなると思う?』
『プリンセスが悲しむ!』
川畑は、満足そうに大きくうなずいた。
『そうとも。だから、敵は十分に見定めなくてはならない。そこで、諸君』
言葉を一度区切って、一人一人の顔を見て、声を落とした。
『あの男の仲間がどんな奴で、どこにどれくらい潜んでいるか、調べてくれ』
妖精騎士団による大捜索が始まった。
シャリーに意地悪すると、キャビネットの角に足の小指をぶつけます。




