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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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偽称

3話前のフラグ回収

商隊の出発に際して、商隊長はメンバーの顔合わせと紹介を行った。

「何人かはもう面識があると思うが、アドリアまで一緒に行くことになったコルソンさんと甥のエリックくんだ」

ジンが、意外にまともな商人風の挨拶をきちんとこなす隣で、川畑は「よろしくお願いします」とだけ言った。


馴染まない偽名で紹介されると、他人事のようだと川畑はボンヤリ考えていた。

エリックというのは、旅券を偽造するからなんか名前を考えろと言われて、思いついた、歌劇場の怪人の作中での役名だった。

「(和名はもちろん、ロイ・ハーゲンもこっちでは本名扱いだから、今は使えないもんなぁ)」

あれもいい加減に付けた名前だが、意外にしっくり来て、わりと気に入っている。いつ指名手配されるかわからない状況で、使い捨てにはしたくない。

かといってブレイクやマーリードは渾名レベルで、旅の商人の無難な名前には使いにくいし、 ”ブラックファントム”や”ネヴァーモア”は論外だ。

帽子の男が毎回いい加減な名前で自己紹介をしていたのを白い目で見ていたが、長く時空監査官なんてものをやっていて、偽名を使い続けていると、ああなるのかもしれない。


「(エリックか……いい加減に付けたんで、しっくりこない名前だけど、あまり名前で呼ばれることもないから、まぁいいか)」

この数日は、”コルソン氏の甥御さん”とか”甥っ子くん”とか呼ばれていたので、商隊にいる間はその呼ばれ方になるだろうと思いながら、川畑は紹介された商隊メンバーの顔と名前と役職を、メモ付き画像記憶にして、人物録の一時保管分類に放り込んだ。


「ええっと、これで全員紹介したか。おっと、そうだ。もう一人、この間新しく入った子がいたな。そうそう、君。こっちに来なさい」

商隊長に呼ばれて、やってきたのは、小柄な若い女の子だった。

「マイアです!よろしくお願いします」

見覚え一致率100パーセントだった。




「見るな。話すな。近づくな。以上」

二人だけで話す機会ができた途端に、ジンは”誰に”とは一言も言わないで、川畑に釘を刺した。

「わかってる」

商隊長が妙に”黒い亡霊”の話に詳しかったリソースはコレかと察した二人は、身元がバレないように素知らぬ顔を決め込んでいた。

二人とも、小ざっぱりした普通の商人風の身なりに改めているうえに、ジンは無精髭をそって眼鏡をかけていたし、川畑は仮面も帽子も脱いでいたから、第一印象はまったく変わっている。迂闊に近づかなければ、何事もなくやり過ごせる可能性は高かった。

しかし、そんな希望的観測はマイア本人の行動には、なんの影響も与えなかった。




「エリックさん、荷物の一番上の段の籠を取っていただいていいですか」

「エリックさん、皆さんの飲み水補充に行くので運ぶの手伝ってください」

「エリックさん、間食の買い出し頼まれたんですけど、一緒に行ってもらえませんか」


「(……高所作業と力仕事を頼まれると断れない)」

新入りのマイアは商隊の雑用係だったが、背が低くて非力な彼女が用をこなすには、どうしても人に頼らざるを得ない作業があり、その依頼先として、年が比較的近くて、同じく新入りで、仕事がない川畑は、うってつけだった。背が高くて、力持ちということに関しては、商隊一番だったので、他のメンバーもその手の仕事を彼に依頼していたため、彼女からの依頼だけ断るのも不自然でできなかった。




立ち寄り先の田舎町で、マイアに誘われて買い物にでかけた川畑は、それまでと同じように、黙って彼女の後について荷物持ちに徹していた。

「でね、そうは言いながら、結局、みんなで全部食べちゃったんです。笑っちゃいますよね。そうそう!食べちゃったといえば、やっぱり昨日の晩の話なんですけど……」

彼女は商隊が泊まっている宿から雑貨屋までとりとめのない仲間内の話を喋り続けた。そして、買い物の間は店員と世間話で盛り上がり、雑貨屋からパン屋に行く間は、またコメントしにくい雑談をノンストップで続けた。

買い物の間で、川畑が口を開く必要があったのは、お釣りの金額が間違っていないかと、明朝、受け取るパンの発注個数の見積もりの返事だけだった。

「やっぱり男の人があれだけいると、そんなに沢山買わないといけないんですね!すごーい」

来てもらってよかったとニコニコしたマイアは「こんな数のパンを一度に買うなんて目が回っちゃう」と言いながらも、すぐに店員と価格交渉と受け取り時間の相談に入った。


することがなくなった川畑は店内を見回した。カウンターの後ろの棚に、乾果とナッツの入ったハードタイプのパンがあった。売れ残りなのか、日持ちするから作り置きしてあるのかわからないが、半割りにされたものがゴロンと置いてある。先日、食べて美味しかったものとよく似ていた。

「店主、そちらの注文とは別にあそこのパンをくれ」

川畑はパン屋に小銭を渡した。

「あいよ。これは腹持ちいいよ」

兄さん、沢山食べそうだもんなと笑いながら、パン屋は硬くて大きな丸パンを切り分けて新聞紙に包んでくれた。

店を出たところで、川畑はパンの包みをマイアに渡した。

「やる」

「は?え?ええっ?!」

「旨いぞ」

「はい。とっても美味しそうです!いや、でも、なんで?!」

「お前、食い物の話多いから……」

「うえぇっ?!そんな……そんな食いしん坊じゃないですよ!私!!」

ムキになってピョンピョン跳ねながら抗議するマイアの隣を、川畑はちょっと楽しい気持ちで歩いた。


「(別に俺のことを気付いている風でもないし、このくらいは同じ商隊の新人仲間としてはありだろう)」

本当は、丘の下に見えている牧場でミルクでも分けてもらって、即席でクロテッドクリームもどきを作ってやりたいところだったが、川畑は自重した。

「(かまうなって言われているし、思いついたことを自分のペースですぐに全部やるなって叱られたからな)」

言いつけを守った範囲で、いいことができたと、ほくほくしている川畑の腕を、横からマイアが遠慮がちに突っついた。


「あの……ひょっとして、あのときのパンのお礼ですか?」


川畑は足を止めて、隣でこちらを見上げているマイアを見下ろした。

「えーっと。餌付けしなくてもバラしませんよ?」

どう返事をしたものかと迷った川畑に、マイアは内緒話用のヒソヒソ声でこっそり尋ねた。


「実は呪いを掛けられた王子様だったって、本当ですか?」


普通にバレているよりややこしい事態だった。

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