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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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欺騙

「君、ずっとうちで働かないか?」

数日、市場での仕事を手伝った結果、毛織物商に真面目に勧誘されて、川畑は「おじさんの面倒をみなくてはいけないので」と断った。


「納得いかん。貧乏くじだ」

商隊の荷車に荷物を積みこむ川畑の脇で、ジンはぶつくさ文句を言った。

「なんでお前が一方的に俺の面倒をみているって感じになっているんだ」

毎晩、酔っ払って椅子から立ち上がるのも面倒になった彼を、連れ帰って、着替えさせて、ベッドに寝かせて、翌朝、二日酔いに効く飲み物と胃に優しい食事を用意して、顔を洗って……という一連の”介護”っぷりを見れば、周囲がおのずからそういう感想になるのは当たり前だった。が、ジンにしてみれば、相手がいらん世話を焼いているだけなので納得がいかなかった。


「君もたいへんだなぁって同情された。皆さん、よくわかっている」

「世間知らずのアホの子が余計な面倒を起こさないように、ずっとハラハラしている俺の気持ちをオモンパカれ」

「ニヤニヤしているの間違いだろう」

「そうともいう。だが、実際、おれのフォローがなけりゃ、お前、もう10遍はトラブル起こしてたぞ」

「トラブルが起きても、傍観していたくせに」

「事前に防げる分はできる限り手をうった。それでも起きちゃった分はお前がアホなせいだから、もう笑って見ているより仕方ないじゃないか」

「アホ、アホ、言うなよ」

「アホだろう。……勤勉な態度をみせて取り入るのは悪くないが、印象に残るほど有能に振る舞うのは悪手だ」

言い方はともかく、言わんとするところを理解できたせいで、川畑は顔をしかめた、

「でも、結果はそれほど有能じゃなかったから、そこまで評価はされていないと思う……」

初日の腕相撲の件以外でも、この数日の間に商いの手伝いでいくつかやらかした自覚のある川畑は、作業の手を止めて、小声で抗弁した。

「面白いトラブルの方が人の印象には残るし、後々まで、噂も残って厄介なんだよ」

至極もっともな話なので、川畑は言い返せなかった。彼は積み込み途中の木箱の一つに座ってうなだれた。


「お前はもうちょっと力の加減というか、手抜きの仕方を覚えろ」

まずは、気付いたことを、お前にとっての”普通”のペースとクオリティで即座に実行するのを止めろと、ジンは説教した。

「基礎体力と膂力が桁外れってだけでもいい労働力なのに、お前、物覚えと段取りが良くて、読み書き計算が堪能で、知見が深くて、おまけに、よく気が回って、言いつけを守るけど応用も効いて、辛抱強くて、無茶なクレーム対応もきちんとこなすだろう」

これは褒められているのかな?という顔をした川畑のおでこを、ジンはペしりと叩いた。

「褒めてねぇよ。バカ。嬉しそうな顔すんな」

てめぇは使い勝手が良すぎるんだとジンは理不尽な文句をつけた。


「ちょっと目端が利く奴なら、お前を手元に置いて上手いこと使いたいと思うし、手に入れたら手放さねぇ」

ジンは、顔を寄せて、川畑を正面から睨みつけた。

「お前、それは都合が悪いんだろ?」

川畑は黙って肯いた。

「落ち着き先を探してるってんならともかく、戻りたいところや行きたいところがあるなら、すれ違っただけの奴に尻尾を振りすぎるな」


印象に残らない通りすがりになって、人の間をすり抜けて、自由に生きたいなら、もっと上手くやれ!とジンは川畑の眉間に人差し指を突きつけた。

「あまり能力を見せびらかすと、嵌められて囲われるぞ。どうせ鉱山だの奴隷商に送られたのもその手のトラブルに引っかかったんだろう。お前はもっと自分が自由の身であることに貪欲になったほうがいい」

お前がどうでもいい他人の世話を焼きすぎて、不自由になっているのを見るとイライラすると言って、ジンは怒った。


「利用されやすい善人なのは美徳じゃなくて愚かな欠点だから、なんとかしろ」

「ええっと、それは、あんたに騙されないように注意しろってことかな?」

「ちげーよ」

ジンは川畑の頭をつかむように手を乗せて、ぐりぐり髪の毛をかき混ぜた。

「この賢バカのボンクラめ」

ひどい言われようの挙げ句に頭を押さえつけられて、川畑はいささか情けない顔で、正面に立っているジンをちろりと見上げた。

「俺が警戒しろって言ってんのは、お前を利用して骨の髄までしゃぶって、使い潰す魂胆の奴らや、善人ヅラでお前にしがみついて、首輪をつけて飼おうとする奴らだ」

ジンはものすごく不機嫌そうに吐き捨てた。


「あんたは……そうじゃないんだ」

大切なことを確認するように、川畑はポツリと呟いた。ジンは一瞬言葉に詰まったあと、川畑の頭を押さえつけて目を合わさねいようにして答えた。

「俺とお前は今、利害が一致して、一時的に協力しあっているだけだ。俺はお前とずっと一緒にいる気はない」

彼は、額が付きそうなほど間近に顔を寄せて、低い声で言い聞かせた。

「あくまで俺たちは対等で、目的地が同じなだけで、目的は同じじゃない他人だ。俺はお前の素性や目的を詳しく聞く気もないし、俺の事情に深く立ち入らせる気もない。忘れるな」


それは川畑に言い聞かせているだけにしては、いささかくどい説教だった。

しかし、ジンから「叔父さんと甥っ子ってカバーの役に引っ張られて、本来の立ち位置を見失うんじゃないぞ」と、今の関係は演技でしかないと言われたのがショックで、川畑は単純にへこんだ。


「それは……悪かったよ」

うつむいて肩を落とした川畑を見下ろして、ジンはため息をついた。

「わかればいい。とりあえず、ここでのお前のミスは、俺が”悪いおじさん”をやってフォローしてやる」

お前がどれだけ有能でも、セットで俺がついてくるとなると雇用をためらうように匙加減して演じてやるから、合わせろとジンは言いつけた。


「合わせるって、どうすればいいんだ?」

「急に態度を変えると不審がられるから、俺への接し方は基本はこれまで通りでいい」

ただし、あまり俺のことで愚痴ると、お前を助けてやろうなんて勘違いをする輩が現れるから、そういう態度はするなと、ジンは川畑に言い含めた。

「あくまで”おじさん”はお前にとって恩義のある大切な人物で、自発的に世話を焼いているという演技を忘れるな。俺の陰口は禁止。常に敬愛を心がけろ」

川畑はジンの喋り方に、面白がっている気配を感じた。

「……なんだか騙されている気がする」

「何言ってやがる。俺だって仕方なくお前のミスの尻拭いをやって、憎まれ役の無能を演じてやるんだぞ」

「それは……ありがとう?」

「お前、ホントにチョロい奴だな」

「協力したいんだから、お願いだから少しは信用できるスキを作ってくれよ!!」

川畑の願いを、ジンはいつもどおりニヤリと笑って受け流した。

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