力勝負
「君、良ければうちの仕事を手伝ってくれないか」
旅芸人の一座の座長に声を掛けられて、川畑は劇に出て歌ったり踊ったりする気はないと断った。
「いやいや、そういう手伝いじゃない」
笑いながら説明された仕事は、客寄せのサクラだった。
力自慢の芸人がやる出し物に、チャレンジャーの客として参加して、ほどよく勝ち負けし、”あいつがあれぐらいできるなら、俺ならもっと”と周囲の興味を引いて欲しいのだという。
「ああ。こいつ、ガタイはでかいけど、パッと見そんなに強そうじゃないからな」
ジンは、ニヤニヤ笑いながら、何杯目かわからないおかわりを自分の酒杯に注いだ。
連勝すると掛け金が増えるルールの勝負で、2勝して、3回目で負けてもらいたいとお願いされ、川畑は迷った。
「3回戦目もあとちょっとで勝てたかもってところの匙加減にするんで、どうだい?」
「八百長がバレないように、最後でうまく手を抜けばいいんですね」
「あっはっは。君は難しいことは考えずに全力でやってくれればいいよ。力の加減はうちの芸人がするから」
笑って川畑の肩を叩く座長を、ジンは冷やかした。
「おいおい。それでうちの甥っ子が3回戦目も勝っちまったらどうするんだよ」
「ははーん。さてはこの甥っ子くんは、相当の力自慢なのかな」
「本人が自慢しているのは聞いたことがないが、かなりすごいぞ」
座長はジンの顔を見て小さく笑った。
「なんだ。意外におじバカなんだな。大丈夫だ。うちのはプロだから、ちょっとやそっとの素人の力持ち程度相手じゃビクともしないさ」
ジンはその言われようが気に食わなかったのか、片眉と口の端をつり上げた。
「じゃあ、この後、その力自慢のプロとやらと3戦やって、勝ったらルールどおりの賞金をもらうっていうのはどうだ」
「コルソンおじさん。やめておきましょう。今日はもう遅いし」
「ああん?まだ宵の口じゃねーか」
「飲み明かす気の酔っぱらいにはそうでも、身体が資本のプロにはそうじゃない時間でしょう。こんな時間から押しかけて勝負させるなんて非常識です」
説教をする真面目な甥っ子役の川畑に、ダメなおじさん役のジンは顔をしかめた。
「ちっ、ひとの気も知らないでオメーはよう」
「コルソン氏は甥御さんには弱いとみえる」
「ハッハッハ。真面目で優秀な甥っ子くんに乾杯しよう」
毛織物商や商隊長に混ぜっ返されて、その話はそれきり流れてしまうかと思われた。
焚き火の脇に置かれた小さいが頑丈そうなテーブルの前に座らされて、川畑は困惑していた。
「え、本当にやるんですか?」
目の前にはよく似た顔の筋肉ダルマ三兄弟が腕を組んで立っている。
結局あの後、リハーサルぐらいはやっておいたほうがいいと言われて、川畑は旅芸人達が泊まる町外れのテントに連れてこられていた。
焚き火の周りには、まだ起きて飲んでいた男達が何人かいて、面白そうに彼らを見ている。身体が資本のプロでも夜ふかし組はいるらしい。
「なあに、そう怯えなくてもいい」
「軽く試しにやってみようってだけさ」
ルールは単純な腕相撲。三兄弟の弟から順番に勝負して、負ければ掛け金を失う。勝てば賞金をもらえて、かつ、それと追加の掛け金を払うと上の兄達に挑戦できるという仕組みらしい。
一番下の弟との勝負での掛け金や賞金は祭の余興程度の些細な金額だが、一番上の兄に勝つと、祭の余興の看板にふさわしい金額がもらえることになっている。
興行主としては、途中で止めて小銭を持って帰られるより、客が欲をかいて、最後の長男に負けて全額を失って帰ってもらうのが望ましいので、サクラを配するのだ。
「実力がわかっていないと、うっかり力加減を間違えて怪我をさせてしまうかもしれないからな」
「そうそう。間違えて勝ってしまうとうまい宣伝にならないし」
長男よりは小柄だが、背丈も横幅も川畑よりある次男と三男が、愉快そうに川畑を見下ろしてそういった。
「お気遣いありがとうございます」
川畑はジャケットを脱いで、シャツの袖をまくった。
「そういうことなら、やりましょうか」
では、俺から……と座った三男は、あっけなく負けた。
「おいおい。いくらなんでも今のはわざとらしくないか?」
笑いながら場所を変わった次男は、開始の合図と同時に顔色を変えた。
「さすが、プロの芸人さんは、演技がうまいですね」
川畑はグッと曲げた手首を返されることもなく、一定の速度で押し込んた。
「俺は弟達のようにはいかないぞ」
ドカリと不機嫌そうに向かいに座った巨漢に、川畑は「お願いします」と言ってテーブルに肘をついた手を差し出した。
「ふんぬ!」とか「ぐぅっ」とか妙な声を上げて、顔を真っ赤にしているのに、手に伝わってくる力はさほど変わっていない。正直、パワーは次男さんと大差ない感じであったが、演技力は凄かった。
たしかに腕にこれだけ血管を浮き上がらせて、全身を上気させて、なおかつ手加減するなどというマネは素人には難しい。
「格が違いますね」
川畑は長男さんの演技に感心して、笑顔で褒めた。それはそれとして、だんだん相手の力が弱まってきたので、これは押し込めという無言の合図なのかもしれない。川畑はこころ得たとばかりに、相手を押し込んだ。
「ふぐぬぉぉおっっ!」
ゴリラっぽい長男氏は、褒められて調子が出たのか、それとも阿吽の呼吸が通じたのが嬉しかったのか、さらに熱演してくれた。こめかみに浮かんでいる血管を見る限り、この演技を長時間やらせるのは長男さんの健康に悪そうだと、川畑は思った。
「このあたりで決着にしますか」
「まだまだぁっ!!」
とうとう相手の手の甲が天板につくぎりぎりまで押してしまえたことに、川畑は驚いた。さすがエンターティナーは演出が凄い。ここまで来ると腕相撲は逆転が難しいのだが、それを魅せるつもりらしい。
「(こっちは力抜かなくていいと言われたけれど、そろそろ引こうかな?)」
相手が反撃に出る感触があったら、全力でタイミングを合わせようと思って、川畑は真剣に身を乗り出した。
……パタリ。
筋肉三兄弟の長男氏は、力尽きてテーブルに倒れ伏した。
「君、サクラじゃなくて、チャレンジのストッパーの大トリ役やらないか?」
「やめときます。演技上手くないので」
「そうだな。お前は客側やって賞金稼いだほうが儲かる」
周りの芸人達から巻き上げた賭け金を数えながら、ジンはニヤニヤした。
「なんなら、毎日、チャレンジしに行かせてやってもいいぜ」
座長はやめてくれと悲鳴を上げた。
座長……この男、実は歌って踊らせた方が客が呼べますよ。




