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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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衝動

地主の農場で借りた馬に乗って酒場宿のある界隈に戻る途中、川畑は人気のない夜道でジンに行きあった。

「よかった。行き違わなくて。そっちの首尾はどうだ」

「犯人は捉えた」

川畑は、馬に括り付けている気絶させた男の頭を叩いた。

「次男は負傷。今から隣町まで医者を呼びに行くところだ。地主のかかりつけ医はリゴに住んでいるらしい」

「医者は俺が呼びに行く。お前はそんなことをしている場合じゃないぞ」

「なにかあったのか」



”洒落者”アイ=ユークの仕立てたこの偽物は、事前の打ち合わせ通りに、領主の四男の私兵達が見ているところで、彼を襲い「俺は”牛の目”についた」と言って逃げたそうだ。

しかしこいつは無駄な戦闘を嫌って、私兵達が武器を取って立ち上がるやいなや早々に逃げ出したのだという。

そのせいで、私兵達は偽物を追って店を出ようとしたタイミングで、店の用心棒達とはち合わせしてしまった。

そこに「そいつは逃げた”亡霊”の仲間だ!」と声がかかったため、私兵達は用心棒達を敵だと思って攻撃した。

用心棒達は用心棒達で、「”亡霊”が逃げた」という知らせに慌てて待機部屋から出てきたところだったので、殺気だって自分達に襲いかかってきた者達を”亡霊”の仲間だと勘違いしてしまった。

四男が”お忍び”だからと我儘を言ったために領主の私兵が私服だったことと、見栄張りのアイ=ユークが、傷や汚れを隠すために店内を薄暗く”ムーディに”していたのが完全に裏目に出たと言っていい。酒がまわった私兵と用心棒達は、正面からぶつかりあった。


「いや、それ、完全にあんたがけしかけたんだよな」

「ん〜?ただの不幸な勘違いだって」


慌てたアイ=ユークが止めようとしたが、そこに”牛の目”が雇ったトリ面の偽”亡霊”と増援が入って、その場はさらに混戦状態になった。

酒場宿の用心棒達の中には、流石に途中で相手が領主の私兵だと気付いた者もいた。しかし、「どうせもう手を出しちまったんだ。顔も覚えられる。後で謝って終わりにはなんねぇぜ」と言われて手を引ける者はいなかった。


「鬼か、あんた」

「ん〜?乱戦の中で誰かが言っただけだって」

「……それで?」


私兵が生き残っていようが、どうだろうが、これで”酒場宿の用心棒が領主の私兵を襲った”という状況は完成した。店から出て、通りのど真ん中でも派手にやりあったため、隠れて様子を見ていた者も含めて目撃者は多い。ここ数日で見慣れた、帽子とトリ面とマフラー姿の怪人が暴れていれば、ちらりと垣間見ただけの者でも印象には残る。


「結局、白い仮面の姿の方は、今夜、店にいた者以外は知らないからな」

それがトリ面の”亡霊”と同一人物だって証言するやつがいなければ、たとえ私兵が一人や二人生き残って、そいつは解雇されたって言っても、”牛の目”側で知らぬ存ぜぬを通せば、別人の新参の流れ者だろうということにできる。これまで雇っていた用心棒が、トリ面の”亡霊”を筆頭に()()で、領主の私兵に襲いかかったという”事実”の前には霞むだろう。そんな物騒な流れ者を雇って、町に呼び込んだ罪は、どう転んでも問題にされるに違いない。

次男とメンカリナンは詰んでいる。


「一方、騒ぎを聞きつけて、義侠心に駆られて自分のところの()()()と一緒に凶悪犯を取り押さえて、ぎりぎりのところで領主の子息の命を救って、騒動を収めたデバランの旦那は、領主に感謝されるって筋立てだ」

「四男、生きてんのか?」

「さぁ?地主の娘にちょっかい出せない身体になりゃぁ、生きてても問題ないって言ってたから、命ぐらいはあるんじゃないか?トリ面の男に襲われたって証言してもらわないといけないし」


そういえば地主の娘って美人だったかと尋ねられて、川畑は普通だったと答えた。

「まさか、お前の美人の基準って、列車で俺を撃ったあの女じゃないだろうな」

「ああ。彼女は美人だ」

「バカヤロウ!あれはとんでもない美人っていうんだよ!!あれと比較されて”普通”とか言われたら、世の中の大半の美人が泣くわ」

「そんな話はどうでもいい」

俺にとっては、のりこが不動の一番だし……と思いながら、川畑は話題をもとに戻した。


「俺が急がなければならないことがあったんじゃないのか」

ああそうだった、とジンは真面目な顔になった。

「一通り喧嘩のカタがついたところで、デバランが酒場と賭博場の女を自分の娼館に引っ立てやがった。出入りで気が立ってる野郎どもへの追加報酬にする気らしい」

川畑はグッと奥歯を噛み締めた。


一連の騒動もこういう立場の弱いカタギに手を出すやり口も、全くもって気に食わないが、この世界にはこの世界の基準がある。人権概念の未発達な世界で、アンダーグラウンドなやくざ者達の行動基準を、いちいち自分の異世界の価値観で裁いて、正義ヅラして人助けをして回るのは、やるべきでない。

見かけた人間全員を助ける義理も、口を出す権限もないのだ

腹立たしいが、そこは割り切らなければと思った。


「お前が塔に隠してた子も、見つかって連れて行かれたぞ」

「馬は農場からの借り物だ。農場に返せ。地主と次男は農場の北のはずれにある使用人の家にいる。この犯人は然るべきところに突き出しておいてくれ」

早口でそれだけ捲し立てると、川畑は馬の手綱をジンに押し付けて、闇の濃い夜道をまっすぐに駆け出した。

400話です。

ここまで読んでくださりありがとうございます。(いつもいいね入れてくださる方、本当に励みになります!)

ここから読み始めたという方も、気が向いたらこれまでの話もご覧いただけると幸いです。


ちなみにこの寄り道のカンデの騒動の話は

第392部分 風聞

から読むとキリがいいです。

発端は389 無頼

……もう、こんなに寄り道してるのか。

そろそろ戻らねば。


まだまだ川畑は家に帰れないので、今後ともよろしくお願い申し上げす。

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