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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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保護

「キャスリングって知っているか?」

閉じ込められていた倉庫から助けて出してくれたマイアに、”亡霊(ルーク)”は尋ねた。

「えっ?何ですか?」

「敵が攻め込んでくる前に、大切なコマを(ルーク)のコマで守る指し手だ」

急になんの話をされているのか飲み込めていないマイアの手を引いて、ルークは建物の外に出た。

人目がないのを確認しつつ足早にいつもの塔に向かう。

「今夜は店に居ると危険だ。ここに隠れていろ」

「えっ、えっ?あの……」

塔内の螺旋階段まで来ると、彼は自分の黒いマントを脱いで、マイアに渡した。

「毛布より薄いが、生地はいい。これで寝ろ」

押し付けられたマントを抱えて、目を白黒させていたマイアは、ルークが立ち去ろうとすると、はっと我に返って彼を呼び止めた。

「あの、これ」

差し出されたのは固くなったライ麦パンの1片だった。

「食べて。なにか食べると元気出るから」

「いや……そうだな。いただこう」

これまで一度もマイアから食べ物を受け取ったことのなかった彼は、白い仮面の下の口元に黒パンを運ぶと、一口噛じった。

「半分ずつ食べよう。お前も元気でいないといけないから」

彼はパンの残りをマイアに返した。

「う、うん……あの……」

マイアはパンを差し出された手を握って、戸惑いながら尋ねた。

「私……大切なコマですか?」

「違うな。すまなかった。それはたとえだ」

あっさり言われてマイアは、やっぱり勘違いかと落胆した。

「お前はコマじゃなくて、かわいい女の子だ」

「ぅえっ?!」

静かに隠れていろと言い残して、仮面を付けた長身の男は立ち去った。

マイアはしばらく立ち尽くしていたが、大きな黒マントと齧りかけのパンを手に、なにか変な笑みが浮かんでくるのを堪えながら塔の階段を登った。




諍うような声と物音でエレクトラは目が覚めた。

音は2番めの兄が住む別棟の方から聞こえた気がする。

領主の屋敷ほど大きいわけではないので、別の建屋とはいえ、静かな夜中なら大きな音は聞こえてくるのだ。

気になって眠れずにいると、主屋であるこちらに誰かが入ってきた物音がした。夕方でかけた兄達が帰ってきたわけではなさそうだ。

重い足音は少し迷うような足取りで書斎に向かった。

物盗りの強盗だろうか。

だとしたら飾り物目当てに客間に来るかもしれない。

エレクトラはそっと寝台から出ると、父親の寝室に行こうとした。そこならば、散弾銃か猟銃があったはずだ。


手探りで廊下に出たところで、背後からオレンジ色の明かりに照らされた。

振り向けば、闇の中、こちらに向けられた手提げランプの光に浮かんでいたのは、生気のない人形のような白い仮面だった。

エレクトラは悲鳴を上げた。


「行きがけの駄賃にいくらかもらっていくだけのつもりだったが、これはいいモンを見つけたな」

白い仮面を付けた大柄な男は、下卑た声で笑った。

黒いマントを邪魔くさいと跳ね上げて、腕を伸ばすと、怯えるエレクトラを捕まえた。

「そう嫌がるな。叫んだって誰も来ねぇんだ。どうせなら楽しんだほうが得だぜ」

仮面の下の口元から突き出された舌が、エレクトラの頬を舐めようとしたところで、打撃音とともに男の身体が真横に吹き飛んだ。

「大丈夫か」

強盗とは違う男の声がした。

顔をそむけて目を閉じていたエレクトラは、とっさに何が起こったのか理解できずに、恐る恐る開いた目を瞬かせた。

気絶した男を踏みつけながら、落ちた手提げランプを拾い上げて火の様子を確認しているのは、ブラック・タイ姿の青年だった。

「ひっ」

こちらを見た彼の顔は、襲撃者と同じ仮面に覆われていた。

「すまない。怖がらないでくれ。わけあって同じ仮面を付けているが、こいつの仲間ではない」

黒髪の青年は、忌々しそうに強盗を踏みにじりながら、その黒マントを拾って羽織り、フードを深く被った。

青年は怯えるエレクトラに、顔に酷い傷があるのでこんなもので隠してはいるが、自分は貴女の兄に雇われていた護衛だと説明した。

「どうやら悪党に嵌められたらしい。こいつは俺に罪を着せるために同じ格好をしていたのだろう」

彼は、強盗の仮面を剥いで、不満そうに鼻を鳴らした。

「こんな割れ顎のいかついおっさんを使いやがって。俺はこんなに横幅はないぞ」

ぶつくさ文句を言いながら、強盗のベルトと靴紐を抜いて、腕と足首を縛り上げると、彼はエレクトラに、誰か信頼できる人は近くに住んでいるかと尋ねた。

「あの、下の兄が別棟に住んでいます。それに今は町の方にでかけていますが、上の兄とご領主様のご子息のトーマス様が、帰って来てくださるはずです」

「別棟というのはあちらの建屋か?」

この狼藉者が先にあちらを襲っていたかもしれないと、彼は言った。

「そういえば、なにか争うような物音があちらでした気がします。兄は……」

震えるエレクトラに若い紳士は優しく声をかけた。

「俺が様子を見てきてやる。安心……はできないかもしれないが、落ち着いてくれ。まずは貴女を安全なところに連れて行く」


エレクトラは、農場の敷地の端に住む下男と家政婦夫妻の家に送ってもらった。

「すまないが、彼女を頼む。俺は別棟の様子を確認してから、主屋に置いてきた犯人を町に連れて行く」

「へぇ。お嬢さんを助けてくださってありがとうございます。別棟にはワシも一緒に行きますだ」

下男は礼を言いながら散弾銃を支度した。


エレクトラは自分の恩人に尋ねた。

「兄に雇われていた護衛だとおっしゃっていましたが、なぜこんな時間にうちにいらっしゃったんですか?」

青年はしばし逡巡したあとで、なんともバツが悪そうに答えた。

「実は今夜、急に解雇されて……。それで、店の支配人からは契約の後金をもらえなかったから、こちらの旦那に払ってもらおうと思って来たら、貴女の悲鳴が聞こえてだな……」

変な理由だが、女を騙すためにでっち上げた嘘にしては、カッコ悪かった。

「偶然だが、間に合ってよかった」という相手の声が、本当に自分を気遣っていているように思えたので、エレクトラはこの青年の言葉を信じることにした。


彼女は、はめていた指輪を抜いて彼に渡した。

「では、後金がいくらだったかは存じませんが、これをお持ちください。いただきき物なので価値はわかりませんが、安いまがい物ではないと思います」

宝石の付いた指輪は、領主の四男からもらったものだ。とびきり高価な品ではないかもしれないが、安物でもないだろう。

「大切なものなのでは?だとしたら受け取れない」

妙に生真面目にそう返した若者は、エレクトラの中で”怪しい人”から”いい人”に格上げされた。

「いいえ。大丈夫です。いただきはしたもののちょっと扱いに困っていた物なのです」

「そうなのか……」

若者は当惑しながら、指輪を受け取った。

「では、行ってくる」

「よろしくお願いします。お気をつけて」

青年は仮面の下から覗く口元をグッと引き結んでうなずいた。


青年と下男は一緒に別棟の様子を見に行った。

しばらくして下男は、病気の地主と、怪我をした次男を荷車に乗せて連れ帰り、さっきの青年が隣町のリゴまで行って医者を呼んできてくれるそうだと言った。

エレクトラは医者を待ちながら、家政婦と一緒に、親兄弟の世話をしてその夜を過ごした。

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