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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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共謀

「さてと……」

安い田舎者の口調で口汚く罵りながら開かない戸を叩くのを、ほどほどのところで切り上げたジンは、床に転がっている可哀想な川畑のところに戻った。

「よお。起きてんだろ」

突いてやると、相手は不貞腐れたようにごろりと寝返りをうって、背を向けた。

「もお、嫌だ」

「スネんなよ」

不吉な仮面の怪人が、グルグルに縛られて転がされているだけでも、なかなか愉快な光景なのに、それがこんなふうにへそを曲げているのを一方的にイジり倒せるというのは、なんとも楽しいと、性格の悪い男はニヤニヤした。

「こんなところで寝てると冷えるぞ」

「家帰って風呂入って布団で寝たい」

「帰れるような家があるのか?」

「……ない」

「だよなー」


とはいえ残念ながら遊んでいる暇はない。

「ほら、いつまでもやられたフリをしてないで、起きろ」

「やられたフリじゃなくて、結構いいように殴る蹴るされたぞ」

言われた通り大人しくしていたがひどい目にあったとぼやく川畑をなだめながら、ジンは出血や骨折がないか手早く確認した。切り傷はなく、打撲だけのようだ。しかも……。

「ここいらのチンピラに殴られた程度じゃダメージなんて入ってないだろう」

「……まあな」

鉱山の力自慢の鉱夫達の暴力にさらされても翌日にはケロリとしていた大男は、どこも痛がる様子もなくムクリと起き上がった。

「今、縄を解いて……なんだ。そっちも自分で解けてたのか」

「縄抜けのコツは習ったことがある」

川畑は手首と腕の縄をとると、足首の分を解き始めた。

「無駄に何でもできるようになりやがって」

「無駄言うな。それに久しぶりにあった親戚のおじさんみたいな顔して頭なでんな」

「頭なでにくる親戚のおじさんなんていたのか?」

「……いない」

「だよなー」

これ以上無駄話をしていても仕方がないと思った二人は、情報共有と今後の打ち合わせに入った。




「というわけで、今晩、お前の偽物が二人出没する予定だ」

もう出てるかもな、とジンは無責任に言った。


”洒落者”の仕立てた偽物は、領主の四男の私兵達が見ているところで、アイ=ユークを襲い、店の用心棒達が出てきたところで、「俺は”牛の目”についた」と言ってバックにデバランがいると脅して逃げる段取りだという。


「偽物とはいえ、小物臭いムーブでやだなぁ。俺が解雇されたことを逆恨みして、そんなこと言うことにされるのか」

「そこまでは、”亡霊”が”牛の目”の手先だってことの証人を作るための下準備だ」


逃げた偽”亡霊”は、その後、地主の次男を襲うらしい。


「なんでだ?次男は味方だろう」

「だからさ。”亡霊”が”牛の目”の手先だって話が通りやすくなる。お飾りにするなら、半殺しまではいいって判断だろう。うっかり殺しちまったら地主の座ごと持っていこうと考えていてもおかしくはないな」


領主子息の視察中にそんな襲撃事件があれば、デバランは取り締まられ、地主の長男も株を下げるのは間違いない。


「空いた権力の座にメンカリナンか、アイ=ユーク本人が滑り込もうって腹だろう」

「デバランは黙ってないんじゃないか」

「そもそも奴も動いてるからな」

「二人目の偽”亡霊”か」


”牛の目”の仕立てた偽物は、領主の四男と地主の長男を襲うらしい。


「トリ面の怪物は次男派に雇われている用心棒って話は広まっているからな。”洒落者”の今夜の工作がなけりゃ、普通に次男派が咎められて終わりだっただろう」


地主の長男、次男、それにメンカリナン達がいなくなれば、デバランがこの町で一番の権力を持つのは間違いない。


「美人だっていう地主の娘を嫁にして、地主に収まる気らしいぜ」

「嫁って……親子ほど歳が違うんじゃないのか?」

「若くてきれいな嫁をもらうのに男側は問題なんて感じないだろ」

「うわぁ……」

返す言葉が見つからなかった川畑は、話題をもとに戻した。


「しかし、その偽物二人が同時に動くと筋がおかしくなるだろう?」

白い仮面の偽物がアイ=ユークと地主の次男を襲い、トリ面の偽物が領主の四男と地主の長男を襲うとなると、これはもう”亡霊”はただの無差別殺人鬼である。

「一応、”亡霊”は”牛の目”の手先って証言が生きて、デバランが首謀者ってオチにはなるのか」

「証言が出ればな」

暗い半地下倉庫で白い仮面を付けた男は首を傾げかけ、それからガクリとうつ向いた。

「このネタ、デバランに明かす気か」

「一応、アルタバンは奴の信頼厚い部下ってことになっているからな」

ニヤニヤしているところをみると、もう密告済みなのかもしれない。

「四男の私兵とはいえ領主の家の兵を襲えば大事だぞ」

「デバランは四男本人を襲う腹をくくってるんだ。死人に口なしでアイ=ユークに全部おっかぶせて知らんぷりぐらいするだろう」

私兵ってんなら、職業暴力装置だから、地元のゴロツキの襲撃ぐらいでやられるかどうかは本人の責任だ。そういったジンは、あいつらゴロツキと同レベルのろくでなし共だったから気にすんなと笑った。


「奴ら、今夜はただ酒をかなり飲んでゴキゲンだったから、腕の差はいい具合になくなってるだろうしな」

「その酒、ガンガン勧めてたのあんただろう」

「いいやぁ。俺はただうらやましそーに安酒をちびちび啜って、悔しそうに眼の前でぼやいてやっていただけだぜ」

これみよがしに美味そうに何杯も高級酒をあおってたのは、奴らが性格悪いからだと、いけしゃあしゃあと応えた男は、貧乏くさい小物オヤジではなく、ふてぶてしい悪党のツラをしていた。




「それで?明日の朝までここにいれば、お前は一人勝ちしたデバランから報酬をもらって終わりか?」

「そんな小銭でこんな面倒なことするかよ。お前、殴られ損じゃねぇか」

「そうだよな」


というわけで、お互いもう少し働こうと言って、ジンは半地下室の天井近くにある小窓を親指で指した。

「こういうところの窓の格子は、野良犬と浮浪者が外から入ってくるのを止めるためにあって、本職を閉じ込めるようにはできてないんだよ」

本職って、お前の仕事はなんだ?とツッコむ気力もなくて、川畑は窓の下に足場とするための木箱を運んだ。


シッ!

微かな人の気配に、二人は出入口の扉の方を見た。

ジンはハンドサインで、川畑に元の位置で横になるよう指示すると、灯燭の小さな明かりを吹き消して、闇の中に姿を隠した。


ほどなく、忍ばせているつもりなのであろう軽い足音がして、扉の向こうでカチャカチャ鍵をいじる音が聞こえた。

ガチリと鍵の開く音が意外に大きく響き、小さく息を呑む気配があった。一拍後に扉が細く開けられた。

蝋燭のオレンジ色の明かりが、暗い半地下室への短い階段を照らした。


「ルーク?大丈夫?助けに来たよ」

そっと戸の隙間から滑り込むように入ってきたのは、マイアだった。

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