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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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仕掛

領主の四男は供回りに私兵まで引き連れてやってきた。

単純に地主の主家には全員を泊める場所がないという物理的制約と、兄弟間の牽制と妥協の結果、四男は農場にある地主の家に、供回りは酒場宿に宿泊することになった。

「ずっと待機じゃなくて、酒場で暇をつぶしてればいいって、これはほぼ休暇じゃね?」

「お坊っちゃんの気まぐれで、いきなりこんな田舎くんだりまでついてこさせられたときには、ついてないと思ったけど、ラッキーだよな」

機嫌よく酒場で接待された領主の私兵達は、”少し暇つぶしできるところ”があると言われて、賭博場に案内された。

「おいおい、いい感じじゃねーか」

ワイワイ言いながら、賭博場に入った男達は、出入口の扉の脇の人影にぎょっとした。その長身の男は、黒いマントのフードを目深に被り、白い仮面を付けていた。身長ほどもある長杖を手に、儀杖兵のように微動だにしない。

仮面の口元からわずかに肌が覗いているから生きた人だろうが、蝋人形か何かのように見えた。

「なんだ。びっくりさせんなよ」

「すげえ虚仮威しだな」

「お前、こんな田舎の遊技場の大道芸人にビビってんじゃねぇよ」

男達が馬鹿笑いしながらつついても、仮面の怪人はまったく動かなかった。




「エレクトラ、帰ってきておくれ」

「トーマス様。何度も言っておりますように私は一介のメイドでございます。貴方様のお心を受けるわけには参りません」

「そんなつれないことを言わないで。僕は君が受け入れてくれるまで、何度でも君にこの想いを告げるよ」

なんだコレは?

”牛の目”のデバランは、領主の四男が泊まる客間から漏れ聞こえてきた会話に憮然とした。

「(このボンクラ野郎。視察だなんだと言って、単に女の尻を追いかけて来やがったのか)」

そういえば領主の息子の出来の噂は、長男から三男あたりまでは聞いたことがあるが、四男については聞いたことがない。

「(さては、表に出せる噂がねぇたぐいのカスだな)」

扉に近づいて耳をそばだてる。

「おやめください。人を呼びますよ」

「はっはっは。うるさい奴らは町の宿だし、君の兄は僕になにも言えないだろう?」

不愉快な野郎だ、とデバランは思った。


ノックをして部屋に入ったときにはとてつもなく不快そうな顔をした四男殿だったが、デバランが自分の”店”に招待して接待すると、途端に機嫌を直した。言動を見る限り、ただの面食いの女好きで、エレクトラにはつまみ食い程度の気分で粉をかけているだけのようだ。

自分が手を出そうと思っているかどうかは置くとしても、小さい時分から知っている娘に、こんな羽虫がたかっているのが、デバランは我慢ならなかった。店のトップ3を全員付けたうえで「夜明かしでもてなせ。明日の昼までに起きてきたら手を抜いたとみなす」と命じた。


「アルタバン、用意はできたか」

「旦那、ホントにやるんですかい?」

窓際に座ったデバランに、窓越しに低い声で返事をした男は、店の裏手の空き酒樽に座って、手の中でサイコロを転がしていた。

「一手間違うと旦那までお陀仏だってのは承知の上で?」

「つべこべ言うな。てめぇが、持ち込んだネタだろう」

「端っこにちょっとばかり差し出た小細工は挟んだかもしれませんが、基本は旦那の策ですぜ。俺はこんな大それたことは思いつけないタチなんで」

”牛の目”のデバランは鼻で笑った。

「いいからやれ」

「どうなっても知りませんぜ……」

アルタバンはそう言い残して闇に消えた。




「ちょいと遊ばせてもらうよ」

領主の四男の私兵達が盛り上がっている台に入ってきたヨレた中年男に、ディーラーは眉をひそめた。

「なんだい。怖い顔すんなよ。いいだろう?こういうときじゃないとココじゃ遊べないんだから」

顔色の悪い中年男は、けちくさく貯めた感じの小汚い少額硬貨を大事そうに懐から取り出して、チップに替えてくれと言った。

若い私兵達はバカにした目つきで、この貧乏くさい男を見た。

「ドリンクは?」と聞かれ、安酒を注文するが、財布代わりの小袋の中身では足りなくて、あちこちのポケットをさらって出てきた銭を渡しているところをみると、必要最低限の金すら博打につぎ込むタイプの男らしい。

もちろん博打の運や腕が良かったりするわけではないのは、その身なりを見れば明らかだ。なけなしの稼ぎを吐き出すばかりなのに、博打がやめられないカスの典型だろう。

今夜はツキがまわっていていい気分の若者達は、この中年男の有り金も巻き上げようと思った。

街の店で小耳に挟んだイカサマの手口を試してみる相手としてはこの田舎の親父はピッタリなように思えた。




「イカサマだ!!」

若い私兵はテーブルに両手を叩きつけて立ち上がった。

「負けたからって、そりゃないぜ。兄さん」

中年男はニヤニヤしながら、オープンした手札を指先で突いた。

「キサマはスリーカードのハズだ!」

「おや?なんだってまたそんな思い込みを?」

中年男は肩をすくめて、白々しく周囲を見回した。

「ひょっとして周りで見ているこのお友達方がなにか言ってたんですかい?」

男の後ろにいた若者は青い顔をして首を振った。

「そうだろうねぇ。今どきそんな古い手はどこの賭場でもご法度だ」

青ざめた若者達に男は、「そもそも、どんな友人が言った言葉でも簡単に信じるもんじゃねぇ」と親切そうに笑顔で忠告した。

それから男は一切の笑みを消して、テーブルにドンと肘を付くと、もう片方の手を突き出した。

「ガタガタ言ってないで金、寄越せ」




大人しく負けを認める気のない若者達は、数を頼みにこのイカサマ野郎を懲らしめることにした。

二人がかりで両側から締め上げて、男をむりやり立たせると、椅子が大きな音を立てて倒れた。

もがいた男の足があたって、テーブルもひっくり返る。チップやカードが盛大に床に散らばって、罵声と怒号が飛び交った。


「お客様、店内では紳士的にお振舞いください」

「るせぇ!なんだてめぇ」

突然、背後に立たれ、振り上げた拳を掴まれて後ろに引かれた若者は、たたらを踏んだ。

暴れようとすると、首から胸元に長い棒を差し込まれて息が詰まった。

「お静かに願います」

丁寧な口調とは裏腹に低く脅すような声に背後を見上げると、のっぺりした白い仮面が見えて若者は悲鳴を上げた。


「なんの騒ぎだ」

騒動を聞きつけて飛んできたアイ=ユークは、惨状の只中に立つ”亡霊”を見るなり「貴様はクビだ!!」と叫んだ。

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