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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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毛織物商

大通りに面した2階にある居間は、普通の邸宅と比べると細長いが、居心地は良かった。

分厚い壁の一部をくり抜いて作られたニッチには、小さな細工神殿(テンプル)が飾ってある。シダールの土産物屋でみたものと似ているが、からくり細工の中央の内扉は閉まっていて、なんの神が祀られているのかはわからなかった。

ふるまわれたワインは芳醇で、当たり前だが酒場の安酒よりよほど美味かった。

「樽を洞窟で貯蔵しているらしいよ」

鉱山の試掘跡である石灰岩の洞窟を利用しているそうだ。

「石灰岩質で鉱山というと、スカルン鉱床でもあったんですか?」

「いやあ、私は詳しくないが、昔、鉄や銅や金まで出るかもしれないと言って話を持ちかけて来た山師に、領主が騙されたそうだよ」

「スカルン鉱床なら鉄や銅は出る可能性はありますが、金は言いすぎでしょう。亜鉛や鉛あたりしか出ないこともありますし」

「詳しいね」

「聞きかじっただけです」

「うちの甥っ子は、世間知らずだが、半端な知識だけは色々あるんだよ」

それで、なにかの役には立つかもと連れてきたんだが、手がかかる上に口うるさいと”商用で旅行中の伯父”はぼやいた。


川畑は、ニュートリノ観測装置を見学に鉱山跡地に行ったときについでに仕入れた知識ですとは言えないので、ジンの誤魔化しに乗っかって曖昧に黙ってやり過ごした。

そもそもこの世界の鉱床事情が自分の知識と同じかどうかわからないことに気がついたが、違ったときは素人の覚え間違いで通そうと腹をくくる。

一応、相手が違和感なく聞き取れているということは、同じ原理でできたものではないにせよ、似た性質のものがこの世界にもあって、うまい具合に翻訳されているのだろう。

自分の不用意な発言で、この世界の鉱物資源背景に設定が生えていませんように、と川畑はこっそり祈った。


「しかし、そういう詐欺があったとすると、このあたりでは鉱山の話はあまりないのかな。仕事柄、このあたりの鉱山ではどんな機械を使っているのか見てみたかったんだが」

表向きの設定では、商人の”コルソン氏”は、大型機械関連の仕事をしていて、今は次の商売のために各地の現場の最新事情を見ながら、遠方に住んでいる昔なじみの仕事仲間を訪ねる途中……ということになっている。

「このあたりで大型機械を扱っているところはあるかい?」

「そうだな……鉱山はもう少し北にいかないと。このあたりは農園の農作物と毛織物ぐらいしか産物はないからね」

「こんだけ美味い酒が作れるんなら、鉱山なんてなくて十分だ」

ジンが上機嫌で空けたグラスに、商人は笑いながら、おかわりをなみなみと注いだ。

「うちで扱っている毛織製品用の道具類は、それほど大きいものでも大掛かりなものでもないからなぁ」

彼は、ここいらの農園から買い集めた羊毛を製糸場で糸にしてもらい、道具一式を貸し出した織り子達に織らせているそうだが、家内制手工業の域を出ないようだ。

「大型機械に興味があるなら、知り合いのところを紹介してあげよう」

なんでも、この商人の友人というのが才能のある機械技師で、製糸場のある街にその工房があるらしい。

仕事上の付き合いが深いというわけではないが、気の合う友人で、そちらの街に滞在するときの飲み仲間だという。


飾られている細工神殿もその人物から贈られたものだと商人は語った。

「シダール土産らしくてね。綺麗だろう。あいにく絵柄の意味はよくわからないんだが」

川畑は壁をくり抜いて作られた飾り棚に置かれた細工神殿の方を振り返って、軽く首を傾げた。

「祀ってあるんじゃないんですか?」

「祀る?ただの飾り細工ではないのか?」

「テンプルと呼ばれる簡易祭壇です。ミニチュアの神殿といったところでしょうか。土産物屋で売っているものはあまり宗教的根拠はないですが、一応、神像が入っています。中央の扉をお開けになったことはありますか?」

「いや……これは中央が開くのかね?」

商人は棚から細工物を持ってきた。


「ハンマーと雷……レパ・イナムディラだな」

内扉を開けて中身を見た商人は、最初はなんの神かわからない様子だったが、ジンに機工神だと教えられて仰天した。

「ええっ?!これが?シンボルは歯車なのでは?」

くだんの機械技師氏は機工神の信者で、歯車の図柄の金色のペンダントを首から下げているという。

「最近では機械と工学の神だが、元々は鍛冶や鉱物・金属細工のマイナー神だ。シダールの古い様式ではこんな感じで描かれる」

「簡易とはいえ祭壇ということは、祀る作法やなにか必要な儀式があるのだろうか。正直、扱いに困るが」

機械技師で信者だというその友人が選んだ理由はわからないでもないが、信者でも関連職業でもない相手に送るには、いささか不適切な土産だろう。


「信仰心がないなら特に祈ったり捧げたりはしなくてもいいと思うぞ。これまで通りそこに飾っときゃいいんじゃないか?」

「気の合うご友人だと言うなら、あなたの事情もご存知で贈られたのでしょうし、ただの土産物という扱いでもいいのではないでしょうか」

機械関係でいいことがあったときに感謝するとか、困ったことがあったときに運良くうまくいくようなことが起こるよう願ってみるとか、そんな感じでどうかというと、商人はそんなことでいいのかと心配した。

「よほどのことがない限り、神も特定個人の些細な振る舞いは気にしていられないですから。特に機械関係特化の趣味なら人間への興味は薄いでしょうし」

「随分と独特な宗教解釈だな」

「そいつが時々、真顔で素っ頓狂なことを言うのは気にしないでくれ。とにかく、これまでほっといても何ともなかったんだから気にしなくていい」

シダールの一般家庭でも、テンプルは居間の飾り扱い程度だから大丈夫だと教えられて、商人はやっと安心したようだった。


「私はシダールには行ったことがないんだが、どんなところかね?やはりあちらは毛織物より、もっと薄手のものが好まれるのかな」

そう尋ねた商人にジンが、シダール美人の踊り子の透ける衣装の話や、適当に当たり障りのない四方山話を面白おかしく語り始め、テンプルの話題はそれっきりになった。

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