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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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巡礼宿

最初からクライマックス…後

「本当に……ありがとうございました」

涙ぐみながら頭を下げる男女を一瞥もせずに、川畑は悪党どもが根こそぎ自滅した町をあとにした。




街道を外れて、人気のない森の中に入り、小さな沢のほとりに出たところで川畑は馬鹿げた扮装を取って、深々と息を吐いた。

「おつかれ〜」

茂みから出てきて、お気楽に声をかけてきたジンを川畑は睨みつけた。

「やりすぎだ」

「最後の最後でお前が大暴れしたのは俺のせいじゃないぞ」

目を逸らせた川畑は、それでも不満があると言うように小さくこぼした。

「俺が捕まえた実行犯を勝手に売っぱらったり、偽情報で同士討ちさせた責任を全部あの頭脳派気取りのマヌケになすりつけて身内に粛清させたり、やり口がえげつない」

「いいじゃねえか。そのあたりの話を知ってるのはもう俺とお前しか残ってねぇんだ。俺は気にしないから、お前も気にしなけりゃ、なんも問題ねぇ」

ジンは沢で顔を洗うと、ナイフで髭を剃り始めた。

「お前もさっさと着替えろ。金も手に入ったし、ここからは手配されている貧乏無宿人じゃなくて、中産階級の交易商人だ」

ジンが持ってきたずた袋の中には、そこそこ良い仕立ての服一式と革の旅行カバンが入っていた。

「交易商人というが、俺はこのあたりの商習慣どころか商品知識も何にもないぞ」

「じゃぁお前は、見習いかなんかでいいぞ。家出して無理やり親類の商旅行についてきた農村出の世間知らずなアホの3男坊なんてどうだ?」

「設定については後でゆっくり調整させてくれ」

ジンは手早く着替えると、髪を撫で付けた。

「どうだ?堅気に見えるだろう」

横長の小さなフレームの眼鏡を鼻に引っ掛けたジンは、先程までとは別人に見えたが、やっぱり胡散臭かった。

川畑はジンの上着の肩の位置と襟元を直し、タイも結び直してピンを正しい位置につけた。

「盗品を着た詐欺師に見られたくなかったら、姿勢に気をつけろ」

シャツの裾をズボンの中に押し込みながら川畑は仏頂面で、説教をした。

「商人は第一印象だ。身だしなみと笑顔を根本から変える気でなりきれ。口の端で笑うな。……うーん、ウエストは少しつまんだほうがいいな。袖口もちょっと出すか」

裁縫道具を調達しないと、と言い出した相方に、ジンは「お前、料理と洗濯だけじゃなくて裁縫もやるの?」と呆れた。




巡礼宿(ピルグリムズ・イン)”は町の中央広場に面したなかなかいい宿だった。二人組の旅人は、宿の亭主のあとに続いて、中央がすり減った階段を登った。

「実際に巡礼者が泊まったことがあるのかどうかはわからないんですけどね」

という亭主は良心的な男で、蝋燭代もリネン代も立地の割にぼったくり価格ではなくて、掃除も行き届いていた。

この宿は、元々は神殿の宿坊のような公共の福利厚生施設の意味合いの強い宿泊施設だったらしく、今でも非常時には救急施設として使われることもあるという。


中央広場は、城壁のないこの小都市をグリッド状に分割する東西、南北、2本ずつの街路が交差する井の字の中央にあたり、定期市が開かれるところだ。

交易のために作られたこの町のまさに中心なので、広場に面した店舗は皆、最古参と言って良い。広場の四面を囲む建物の1階は揃ってアーケードになっているため、宿の部屋は2階だ。

「4人部屋ですが、今日は相部屋の予定はないので、お二人で使ってください」

と言って案内されたのは、広場に面していない方の安い雑魚寝部屋だった。

「げ。この部屋、相寝台だ」

「この窓は裏庭に面しているみたいだ……おおっと、馬小屋の真上なのか」

商談のため旅行中の商人という表向きの二人組は、荷物をおろしてベッドの端に腰掛けた。ベッドのマットレス代わりの藁は黴臭くはないし、ちゃんと定期的に替えてあるようだし、渡されたシーツと毛布も、擦り切れて洗いざらしだが、きちんと洗ってある。

「いい宿だ」

「割安だし、清潔だし、店主は良い人だし」

だが……。

馬小屋の独特の香りが漂う部屋の中央に鎮座した3〜4人用の大きな相寝台に座って二人の男は決意した。

「今夜はギリギリまで酒場で飲むぞ」

「ちょっと待った!そのお金の分、部屋のランクを上げて別の部屋にしてもらうほうが生産的だ」

結局、個別の寝台だと身長が合わないという致命的な問題が発覚し、二人組は元の4人部屋を借りることにして、酒場にでかけた。




「あー、古い宿屋にたまにあるよな、相寝台」

酒場で意気投合した商人は、ゲラゲラ笑った。

「大部屋の土間に敷いた藁で雑魚寝とか、相寝台でも6人用の丸寝台にぎゅう詰めとかなら気にならないのに、男二人だとすごく嫌なのはなんだろうね、あれ」

ご愁傷様と言われて、二人組は揃って嫌な顔をした。

「なんならウチの家に来るかね?」

人懐っこい笑顔を浮かべた商人は、そんな提案をしてきた。広場から一本奥の街区に商用の別宅があるという。

流石に行きずりでそんなお世話になるわけにはと遠慮しても、遠方から来た旅行者からの話は、田舎の商人には重要な情報源だからぜひと言う。

知り合いの農園から貰ったいいワインとチーズがあると言われて、巡礼者ほど清貧ではない二人組は、商人の家にお邪魔することにした。

バイオレンスアクションすっとばして珍道中

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