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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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無頼

体力と暴力に優れ、面の皮が厚くて不正規手段に長けた男の二人組にとって、北部の小国の国境はあってなきがごとしだった。

山越えのあと、手頃な街に出たところで、仕立ての良すぎる服から、古着屋で調達した服に着替えた二人組は、季節労働者崩れの流れ者のような姿で小国群を北に向かっていた。

「このあたりの国は、共和国の革命からこっち地方の自主自立の気概が強すぎて、全然そのあたりがちゃんとしてないからな」

国境線の警備どころか定義もはっきりしていなくて、緩衝地帯も多く、街道以外はフリーパス。国境地帯を越えてしまえば、野宿と最安値の木賃宿で過ごす分には、旅券の提示を求められる機会すらなかった。

その旅券も、紙質も印章もそんなに凝っていない安物を、地方領主が好き勝手に発行しているので、偽造は楽なのだという。


軍で精査されるわけでも無ければ、ちらりと見せる程度ならこれで大丈夫だと言って、ジンは立ち寄った街の裏通りで調達してきた旅券を差し出した。

「とはいえ、このままでは流石にまともなところじゃ使えねぇから、後でもうちょっと手を入れる」

「じゃぁ、今夜は個室の宿をとる。テーブルやランプもある部屋にするが、他に要り用なものはあるか?」

「んー、それは自分で調達する」

「なら食べる物だけ適当に用意しておく」

「酒場に行こうぜ」

「予算オーバー」

「しょうがない。金策するか」

「スリとイカサマ賭博は地廻りのヤクザ者に目をつけられるからやめろよ。寸借詐欺も行きずりの相手にはするな。いらない敵を作りたくない。田舎は余所者の噂が早いぞ」

「気の回る相方ってのも良し悪しだなぁ。ってかお前、意外に詳しいな」

「常識だ」

「育ちが悪いな」

ジンは自分のことを棚に上げて顔をしかめた。

「だったら、いい宿はやめて、酒場に行こう」

「飲み代欲しけりゃ、日銭を稼げ。必要な作業を目先の欲で後回しにするな」

「お前といると真人間になれそう」

なれるのか?と眉間に縦皺をつくって顔を寄せた川畑の額を、ジンは人差し指で押し返した。

「世間知らずめ。酒場に行くのは情報収集だよ。先行投資だ。すぐにできる金になる仕事の話なんて、路地や安宿で聞けるもんじゃない」

「普通に口入れ屋に行けよ」

「バカ。街の職業斡旋所なんかに登録したらアシがつくじゃねぇか。奴らは人相風体を覚えるプロだぞ。しかも流れ者の情報を国や裏商売のやつに流して稼いでいる」

「そうなのか」

「まぁ、いいから俺に任せろって」

どう見ても、単に酒を飲みに行きたいだけの顔をして、ジンはニヤリと笑った。




「いい稼ぎ先があったぜ」

深夜に木賃宿に戻ってきたジンは、大部屋の隅で横になっていた川畑の耳元にそう囁いた。

娼館にまで行ってきたのだろうか、酒だけではなく脂粉の香りもする。

「明日聴く。臭いから離れて寝ろ」

「なんだ、留守番ですねてんのか」

その後、下世話な冗談を言ったジンをシメて、川畑は寢直した。


「街道沿いの小さい町なんだが」

跡目争いと利権争いが渾然一体となって、町を二分する争いになっているらしい。

素泊まりの小汚い宿を出て、公共の水場で顔や口をすすいだところで、ジンは聞き込んで来た話を語った。

「今のところ地元のヤクザもんが優勢なんだが、地主の次男と組んだ新興の商人も金で余所からゴロツキを雇っていて、なかなかいい感じに温まっているらしい」

ちょいと腕が立つなら、どちら側からでも、いい金で雇ってもらえるそうだ。

「お前、俺とあんだけやれるんだから、きっと即採用だよ」

「”用心棒”をやるのか」

川畑は話のろくでもなさにげんなりした。

「お前が劣勢な新興側に入れよ。そっちが盛り返したところで俺が旧勢力側に入れ知恵してバランス取るからさ。んで、適当にお互い調整してそこそこいい具合に金を搾り取ったら、共倒れさせて逃げちまおうぜ」

想像したとおりだったが、もう一段ろくでなしだったプランに、川畑は肩を落とした。

「どこかで日雇い仕事を数日する方がいいと思う」

「なぁに、どうせどっかのゴロツキの懐に入っちまう金だ。俺達でもらったほうが世のためだろ」

どこからどう見てもゴロツキでしかない男は、しごく楽しそうに笑った。


腕自慢の用心棒にしては迫力が足りないから、顔つきや外見をもうちょっとなんとかしろと言われて、川畑は眉尻を下げた。

「見た目が地味なのはどうにもならない。下手に派手なものを着ると似合わなくて悪目立ちするか貸衣装みたいになるぞ」

「うーん。髭も急には生やせないしなぁ。生やしたところで迫力ないか。その目元がなんともお人好し丸出しなんだよな」

ジンは自分の目尻を両手でクイッと下げて、川畑のタレ目の真似をした。

「大きなお世話だ。それこそ仮面でも被らないと……」

「それだ!」

ジンは素晴らしい名案に出会ったように、びしりと指を突きつけた。

「言い出しておいてなんだけど、……マジか?」

「傷があって隠しているとかなんとか適当な話を盛っとけば、それっぽいじゃねぇか。下手うって後で手配されても顔を晒してなきゃ問題ねぇし」

ノリノリで観光客向けの土産物屋に引っ張っていかれた川畑は、顔の傷を仮面で隠した流れの用心棒って、キャラが濃すぎないか?と気が遠くなる思いだった。

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