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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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山師

やられた。


……と思った。

銃口に気付いて、ガンフレアと同時に後ろに飛んだが、背後から掴まれ、バランスを崩して、そのまま列車の屋根から落ちた。

運悪く橋の上だったようで、体は思ったより長く谷底に落ちた。

多分、銃弾は当たっていたのだろう。意識はそこで途切れた。


途中、水に潜った気もするがよくわからない。意識のない間に聞いた川の音で、覚醒前にそんな夢を見ただけかもしれない。


気がつけば、仰向きで横たわっていた。

川のせせらぎが聞こえるが、服も体も濡れていなかった。空はまだ暗い。体は怠いが激しい痛みはない。


隣にうずくまる人影に気付いて、飛び起きた。

「バカ。傷が開くぞ」

飛び起きたつもりだったが、それほど元気ではなかったようで、上体を起こしかけただけで、あっけなく抑え込まれた。

「もう少し大人しくしてろ」

不機嫌な低い声。

星明かりに薄っすらと輪郭がわかるだけの人影は、かつて自分がマーリードと呼んでいた男だった。

押さえつけられた左肩から胸がズキズキする。傷が開くと言われたのは、ここだろう。手当でもされたのか、なにか包帯のようなものが巻かれている気がする。

「……なんで助けた」

人影は答えなかった。


「寒い」

「火を起こしてやる」

こういうことはすぐに返事をして動いてくれるらしい。

火なんて焚いたら、居場所を周囲に知らせるようなものだ。それに気づかぬほど愚かなのでなければ、追跡者はいないと確信しているんだろう。


「……お前、そんな声だったんだな」

「化物認定したくせに、声は俺だと認めるのかよ」

何の話をしているのか最初わからなかった。

さっきの小競り合いの最中に煽った戯言にこだわっているのかと思い当たって、こいつらしいなと思った。

「魔物が姿を真似ているんだとしても、声は体から出るんだから、マーリードの声だろう」

嫌がって傷付くのを承知で、そんなことを言ってみると、案の定、黙りこくった。面白すぎる。




小さな焚き火に小枝を焚べる横顔は、無愛想だが皺はなく、髭もきれいにあたっているし、煤けてもいない。おぼろげな記憶にあるよりも若く見えた。あの当時も若造だと思ったが、あれから随分経つ。

常人なら他人の空似か、あるいは親子あたりだと考えたほうがいい年齢だろう。

だがこいつはこっちのツラを見て”ジン”と呼び、”マーリード”の名前に反応した。その名前はあのときのあの鉱山でしか使っていないし、写真は残していない。


「ほら、動けるか?」

何よりこの世話の焼き方が、どうしようもなくマーリードそのものだった。

酒や喧嘩で潰れたときに、介抱してくれたのと同じ運び方で、焚き火のそばに移された。

「水。飲め」

「酒がいい」

こう答えると嫌な顔をするのも昔通りでなんだか嬉しくなる。

色んなところで色んな偽名で生活したが、こいつと過ごしたあの僅かな期間はそれなりに気に入っていたのだと、今更気付いた。


騙して裏切って切り捨てた相手なんて、すぐに忘れることにしているのに、いまだにひと目見てそうだとわかってしまった自分がおかしくて、口の端が歪んだ。

「どこか痛むのか?」

胸の奥の方が少し……と答えるのもどうかと思ったので「気にすんな」と言って、覗き込んできた相手の頭に手を置いてぐしゃぐしゃかきませた。

生意気に整えられていた髪型が崩れて、多少昔の雰囲気に戻ったのを見て満足する。


「あんたはなんで……」

「おしゃべりな奴だな。俺の知っている男は、もっと静かだったぞ」

致命的な話題をされるのが嫌で、無理やり口を閉じさせる。

左の肩から胸にかけてが疼くんだから仕方がないだろう。もうしばらくゆっくりさせろ。


結局、焚き火の火が消えて、空が薄っすらと青みがかってくるまで、気遣われて傷つけるだけのろくでもない会話をたまに交わすだけで過ごした。




「俺はもう行くから」

最後に傷の様子を確認して、シャツを割いたらしい包帯もどきを巻き直したマーリードは、立ち上がってそう言った。

「もう足止めは十分だってか」

薄明の僅かな明かりでも、相手が顔をしかめるのがわかった。

その表情に、こちらへの不快感だけではない、曰く言い難い感情を感じて、つい告げる気のなかった言葉が口をついて出た。

「お前、今かかわっている奴らのところに戻るの、よせよ」

言ってから後悔した。こんなのは、らしくない。

「まぁ、戻ってくれてもいいけどな。お前が戻るなら俺はお前をつけるだけで目的を果たせる」

「あんたの目的は石か?」

低く明瞭な声が、まっすぐぶつけられて、大声というわけではないのに頭に響く。煩い。やっぱりマーリードは喋らない方がいい。


「なぁ、マーリード。お前、俺に協力しろよ。昔と同じだ」

逸らしていた視線を、相手の顔に戻す。笑顔だって浮かべる。いつもどおりの自分のスタンスに戻るのなんて簡単だ。

「たしかに昔と同じだ。あんたは俺の知らない事情で動いていて、俺や俺の仲間を殺しにくるやつと組んで、石を狙っている」

悪いな、マーリード。お前と違って、そんな程度の当てこすりで傷つくようなヤワなハートはしていないんだ。

左胸が痛むのは傷があるせいだから無関係だ。

だから、お前に負い目なんか感じないし、気を使う気もない。

「それを言うなら、今、お前が守ろうとしている奴らだって、大概だろう」

ただ、どうにもお人好しですぐに人を信用するお前には同情する。

「お前が助けようとした女は、訳ありだぞ。お前、騙されて利用されている」

「彼女はそんなんじゃない」

「出会い方を思い出してみろ。偶然に出会ったと言うなら、そいつは巧妙な仕込みだ。絶対に不自然な点があるはずだぞ」

さぁ、疑え。

何もかもが自然な偶然の出会いなんてねぇよ。

ちなみにアイリーンとの出会いは

304話「下心」

https://book1.adouzi.eu.org/n2902gb/304/


……タイトルがすでにあかん。

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