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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

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「正直、ゴリ押しちゃうのが、一番簡単なんだけどなぁ」

あーだこーだと作戦を立案するジェラルドの後ろで、川畑は思わずボソリと呟いてしまった。

「お前なぁ……」

嫌そうな顔でふり返るジェラルドに、川畑は申し訳無さそうに眉を下げた。

「でも、走行する列車の屋根の上を歩いて目的の客車まで行って、見張りに気付かれないように外側から窓の格子を外すとか、そういう曲芸をするぐらいなら、あの車両で兵隊さんを全員ノす方が楽です」

「相手は銃で武装しているんだぞ」

「あの広さの部屋での襲撃で、そんなもの構える時間なんてないですよ」

「いや、でも…音を立てれば両側の部屋から増援が……」

「端の部屋から順番に黙らせればいいだけじゃないですか」

「鍵はどうする気だ?なにか口実を作って開けさせるにしても、その声は隣室に聞こえるぞ。その直後に乱闘の音がすれば、警戒しない軍人はいないだろう」

「さっき清掃係に紛れて視て来ましたが、あの程度の鍵なら別に中から開けてもらわなくても開きますよ」

ちょっと困ったような様子で、とつとつと語られる主張は、どれも非道かったが、話の中身さえ考えなければ、実直な常識人が正論を説いているように思えるのが、一番嫌なところだった。


ジェラルドは大きな体を屈めて2等の狭い寝台に座っている従者を眺めた。

銃で武装した軍人が詰めた部屋に彼が扉を蹴破って踏み込むところを想像する。


……勝ちそうだった。


でも、そんなのは自分の子供っぽいヒーロー趣味の妄想だとジェラルドは思い直した。現実はそう甘くはない。

「そんなに簡単に言うが、一つ間違えば人質になっている彼女たちが怪我をするだろう。ダメだ」

ジェラルドはきっぱりと却下した。


「力押しする気がないなら……」

こちらが同じ列車に乗っていることは伝えられたのだから、あとは現場(あちら)の判断に任せて、サポートに徹したほうがいいのではないかと、川畑は提案した。

アイリーンなら、コンパートメントからの脱出ぐらいはきっと自力でなんとかする。

「彼女からのプランも、どうやって出るかではなくて、いつどこで脱出して、その後どうするかが主題だったじゃないですか」

情報の入手が困難で、体力的に劣るところさえ支援してやれば、主導権はあっちに渡したほうが向こうも動きやすいと川畑は主張した。

しかし、囚われの女性を救けるときに、主導権を当の女性本人に渡すというのは、ゴリゴリの男性優位社会で育ったジェラルド達には許容できない発想だったらしい。

「それはないだろう」

と言われて、川畑は首を傾げた。


「(とにかく、今回の俺の仕事は旦那様のサポートなわけだから、ままならないのはやむを得ないか)」

自分の好きにしていいなら、前の駅でちゃっちゃと確保してバックレているんだがと内心で嘆息しながら、川畑はネズ提供の路線図に目を落とした。


この先は山地に入る。シダールのある亜大陸と北方諸国を分ける大山脈の比較的低いところをぬけるコースだが、それ故にカーブも多い。上り勾配と合わさって、汽車の速度がこれまでより大きく落ちると予想された。

「(途中下車するなら、ここがいいんだけど、気づいてくれたかな)」

川畑は特等車両にいる、とても大切でとびっきり優秀な教え子に想いをはせた。




「(すごく久しぶりだわこの感じ)」

コンパートメントに戻って、自分の手荷物の中に見慣れない冊子を見つけたアイリーンは、一発で誰の仕業か察した。こうやって自分のパーソナルスペースにイレギュラーを差し込んでくるのは、”彼”の得意技なのだ。

冊子は著名なナンセンス詩集のポケット版で、刷りの悪い暇つぶし用の廉価な普及品だった。あまり高尚でないバカバカしい内容で、なぞなぞのような詩もあり、長旅のお供にと売られているので、ここでアイリーンが持っていても不自然ではない代物である。

「(単に暇つぶし用の親切で差し入れてくれたってわけではないわよね。やっぱり)」

パラパラと捲った詩集の中程に、栞が挟んであり、急いでペンを試し書きしたような線と、”ファントム拝”という文字が書かれていた。

「(それでページには各所にインクのシミと下線に書き込み……って完全に”課題”じゃないの)」

アイリーンは、姿なき怪人から出された宿題をムキになって解きまくった学生時代を思い出した。おかげで暗号解読に精通し、親にはドン引きされたが、諸々の局面でなかなか重宝した。

「(並べ替え?置換?組み合わせ?)」

久しぶりの本家からの課題は、絶妙に彼女の好みをついてくる構成だった。

「(何よこれ。キーワードがないと解けない暗号じゃない)」

しかもそのためのキーワードは、おそらくこの冊子には添付されていない。

アイリーン以上に暗号解読が得意なものが見ても解けないように、彼女にしかわからない語が、キーに設定されているのだ。


アイリーンは表面上は、退屈で仕方がないので、どうでもいい本を読み返しているポーズを取りながら、必死で考えた。

明らかに、彼女ならこのぐらいは簡単に読み解くと想定されているのだ。

読めないどころかキーワードもわからなかったなんて、プライドが許さない。


「(ファントムから教え子である女性に送られた詩……)」

私と彼だけが知っている、お互いに誰にも明かさない言葉。

「(原詩ではクリスティーンだったかしら。ああ、でもそれだと文字数が合わないわ)」

アイリーンは、思いついたワードを当てはめてみた。まさかと思ったが、そのキーワードで面白いようにスラスラと伝文は解読できた。

「(嫌になるわね、もう!何を考えているのかしら)」

なんとなく思いついて、丁度文字数の使い勝手が良かったから、というだけの理由でコレをキーワードにしたのだったら、思いっきり引っ叩いてやると、アイリーンは心に誓った。


解読のためのキーワードは”アイリーンキミヲアイス”だった。

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