表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

381/484

広軌鉄道

セントラルエクスプレスの客室は明らかにこれまでの列車より広かった。

緑とベージュを基調にした個室は、二人用だが、シート以外の部分にゆとりがある。外側の窓の脇には小さいがクロゼットらしきものがあり、小棚付きの鏡と作り付けのテーブルまであった。

小さいとはいえ椅子も一脚置いてあるのに、さほど狭苦しい印象はない。

なにより奥行きが違う。

「シートの幅が広いのかしら?両側に肘掛けのクッションがあるのに余裕があるなんて」

「セントラルエクスプレスは皇国基準のブロードゲージだからな」

新しい見張りの男は、小さな丸椅子を引き寄せて、どっかと座った。ここまで見張りのローテーションには入っていなかった男だ。痩せているが妙に態度がふてぶてしい。

「ブロードゲージ?」

「線路の幅だよ。王国の鉄道より広い」

安定性があるし、レール1本の長さも長いから、継ぎ目での揺れが少なくて、長距離旅行でも快適だという。

「詳しいのね」

「そうでもないさ」

”だから皇国の技術は世界一”と自慢を始めるわけでもなく、見張りの男は軽く肩をすくめただけで、アイリーン達も座るように促した。


ヴァイオレットは、家庭教師先の坊っちゃんが以前熱心に話していたことを思い出した。

「そういえば、シダールでは線路の規格が混在しているという話を聞いたことがありますわ」

最初にシダールに鉄道を敷設した王国の線路幅は、開発初期のトロッコ列車をベースとしている。

王国は本国とは海路での往来がメインのため、沿岸部から内陸へ鉄路を伸ばした。これに対して、本国まで地続きの皇国は、その支配時代に南北線を自国の規格の線路で強化した。

その結果、シダール内は線路の幅が違う鉄道が混在するようになったらしい。

シダールの宗主国が王国に戻ってから、鉄道網は更に整備されつつあるが、既存のインフラを一新するほどの勢いがあるわけでもなく、より混沌が増しつつ今に至るという。

「詳しいんだな」

「それほどでもありません」

ヴァイオレットは、おっとりと微笑んだ。


「まあ、いいや。とにかくこっからは雑でいい加減なシダール流とはお別れだ。規律正しい文明国よこんにちわって奴だぜ」

男は鷹揚に手を振って、着崩した上着の懐から、携帯用のスキットル型のフラスコボトルを取り出した。

「あなたはどちらかというとシダール流に見えるわね」

呆れ顔のアイリーンに向かって、雑でいい加減な感じの男は酒のボトルを乾杯するように軽く掲げた。

「だから名残を惜しんで乾杯してんのさ。あんたも飲むか?」

「私は薄荷水にしておくわ」

「いいね。栓抜きいるかい?」

皇国人にしては肌色の浅黒い男は、ポケットから妙に幅のある折りたたみナイフのようなものを取り出した。

「結構よ。ここにあるから」

アイリーンは扉の脇の壁につけられた金具を指さした。

「栓抜きが部屋に備え付けって、気の利かせ方の方向性が面白いわね」

「必要性は感じないが、需要はあるんだろうよ」

男は、無精髭なのかわざと伸ばしているのかよくわからない髭を擦り、片眉を持ち上げた。

「とにかくセントラルエクスプレスのサービスは一級だ。あんた達も適当に気楽に過ごしてくれ。椅子の脇のそこの部分はクッション入れだ。シーツはクロゼットの中。寝る気なら背もたれの上の壁の取手を手前に引くと上段のベッドになる。添い寝が必要なら声をかけてくれ」

余計なことも含めて一通りざっと説明すると、一杯引っ掛けた男は、椅子に座ったまま居眠りを始めた。


「どう思う?」

アイリーンは男に聞かれないようヴァイオレットの耳元で小声で囁いた。

「パッと見の人相ほど、悪い人ではなさそうですわね」

「たしかにこれまでのカスどもよりは、面白いけれど」

方向性が違うだけで、ろくでなしさの程度はこの男がダントツな気はする。

「……どこかで会ったことがある気がするのですけれど、気のせいかしら」

「さぁ?むしろここまでの移動では見かけなかった気がするわ」

どちらにしても慎重に行動しようと、二人はうなずきあった。


「そういえば、”彼”いたわね」

ヴァイオレットはなんのことかわからない様子でキョトンとした。

「気づかなかった?」

「ええ……いえ?ああ!そうですね。たしかに」

ヴァイオレットはようやく思い当たったのか、驚いて口元に手を当てた。

「気づきませんでしたわ。まさかあんな無茶をするなんて。無理をしていないといいのですけれど……」

「安心感よりも、無茶をやらかさないかの心配が先に立っちゃうのは、困ったものよね」

二人の令嬢はクスクス笑った。

「でも……」

ホッとしました。とこっそり打ち明けたヴァイオレットは、椅子の脇の物入れからクッションを取り出して抱きかかえて座ると、いつもよりも子供っぽい表情で、ちょっと照れくさそうに笑った。


「(なるほど。こういう女性を守ることに男は発奮するのか)」

日頃、楚々として穏やかで落ち着いて大人っぽいのに、こういうところでこういう顔をするとか……ジェラルドは論外としても、”彼”もあっさり陥落しそうだと、アイリーンは思った。

「(素で淑やかで可愛い人って、いるところにはいるものなのね)」

それとも自分が外れきっているだけで、普通の女らしいご令嬢というものは、わりとこういうものなのだろうか?

どちらにせよ、ヴァイオレットのためには、早めに脱出を決行したほうが良さそうだと、アイリーンは今後の計画を再検討することにした。



列車は国境をこえて、シダールを後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ