表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第12章 大鴉の血は緋に輝く

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

378/484

雌伏

シダールの東西と南北を走る2つの線路が交わるこの駅は、大きなハブステーションで、古王国時代の建造物を皇国統治時代に改装した駅舎は重厚な石造部分と鉄鋼建築が融合した厳しい造りだった。

プラットホームも広いコンコースも、呆れるほどの人また人で混雑していた。しかも多くの人々はすぐに乗車する宛がある様子もなく、座り込んだり、寝そべったりして、各々好き勝手にくつろいでいて、汽車が発着してもそれほど人の流れはなかった。

旅人だけではなく、夜露をしのくために住み着いている貧困層もいるのだろう。ボロ布をまとって壁際でうずくまるように寝ている中には、子供もいた。


乗り換えのために、下車するように言われたアイリーンとヴァイオレットは、男達に連れられて人々の間を縫って歩いた。人の流れは不正規だった。

床に座り込んだり寝転んだりしている人を避けたり、またいだりしながら進む。

「席がないというのはどういうことだ?!」

乗る車両を確認しに先行していた部下の報告に、隊長格らしき男は声を荒げた。どうやら座席予約の手違いがあったらしい。

ホームで乗客の切符と台帳を照合して乗車許可を出していた駅員は、この予約はキャンセルされていると、すげなく断った。キャンセルなどしていないといかにこちらが主張しても、駅員はまるで動じなかった。シダールではこういうことはよくあるらしい。近くにいたシダール人は、だからみんな早くから駅に来ているのだとこともなげに言った。

弛くて流動的で、非合理でも「神の御心のままに」で終わってしまうシダール的対応に、皇国軍人の隊長はイラつき、悪態をついたが、予約を取り直す以外にどうしようもなかった。




広い構内には大きな掲示板があり、列車の発着予定などが掲げられていた。時折、係員が長い棒で木の札をかけかえている。青と赤で色分けされた札が予約座席の空き状況らしい。掲示板の脇のチケットカウンターでは、係員が大きくて分厚い帳簿をめくりながらチケットを発行していた。

カウンター前には長い人の列があって、時間がかかりそうだった。

すぐには解決しそうにないと判断した隊長は、アイリーン達が人目につくのを嫌って、二人をリタイヤリングルームと呼ばれる駅付属の宿泊施設につれていくように部下に命じた。


リタイヤリングルームには、鉄パイプ製の簡易ベットが並んでいた。各ベッドの四方を薄いカーテンが覆っているのは、蚊帳の役割もあるのだろう。

入口で空き状況を教えてくれた係員が、番号札と薄い寝具を渡してくれた。幸い部屋は男女別で、アイリーン達を連れてきた兵は、ベッドのある部屋には入ってこなかった。

「逃げられると思います?」

「無理ね。出入り口が1つだわ」

二人を連れてきた兵士がコンコースに帰らずに、出入り口のすぐ近くに立ってこちらを見張っているのが見て取れた。

「とにかく、多少はまともなベッドで寝られそうな機会ができて良かったわ。今のうちに休んでおきましょう」

「そ、そうですわね」

「その前に……」

アイリーンは近くのベッドでレース編みをしている女性に、ここにシャワールームはないかと尋ねた。




ようやく確保できたらしい次の列車の個室は2名用だった。シートは向かい合わせではなく片側にあるのみで、前後のブルーグレーの壁の間隔は、成人男性が腕を広げれば両側に手が付く程度だった。

今度の車両は個室の廊下側にも窓があるタイプだったが、外の窓と同様に鉄格子がついていた。

見張り役の兵は廊下側の窓のカーテンを閉め、そのまま入口脇に立った。

出ていく様子がないところをみると、椅子もないこの個室でずっとああやって見張る気らしい。


「(気の滅入る境遇ね)」

しかめっ面の見張り役は気にしないことにして、アイリーンは手荷物から糸玉と編み針を取り出した。

「何だそれは」

見張り役が尖った声で問いただしてきた。

「レースを編むのよ。何もしないでずっと過ごすのは退屈だわ」

アイリーンはリタイヤリングルームにいた女性から買った編み針と糸玉を、もう1セット取り出した。

「ヴァイオレット、あなたもどう?」

「ご一緒させていただきますわ」

どんなレースを編むかについて相談し始めた女達の会話に、見張り役はすぐに興味を失った。


「紙と書くものをちょうだい」

「そんなものを何に使うんだ」

「レースの図柄のパターンを書くのよ。二人で協力して作るにはデザインを事前にちゃんと決めないといけないから」

見張り役は渋ったが、アイリーンが書いたものは全部検閲してもらってかまわない、ただの婦人の嗜みの手芸用のメモにすぎないと説得すると、嫌々ながら紙とペンを提供してくれた。




「思った通り、ヴァイオレットはこういうの得意ね。簡単なメモでパターンをわかってもらえてありがたいわ」

「行きの船で似たようなことをあなたが教えてくれたからよ」

美女二人は楽しそうに話しながら、破線や点描に数字を添えた複雑なパターン図をいくつも描いていた。お互いにどんな図柄がきれいかアイディアが次々浮かんで、決めきれないらしい。

「これはどうかしら?少し難しい?」などと言いながら、断片的な図形を描いては、見せあっている。


見張りの役は何度か交代した。

美女二人は、いかにもいいところのご令嬢らしく繊細なレースを大人しく編んでいて、特に文句も言わず、なんの問題もなかった。

外見からは想像できませんが

アイリーン:暗号文のスペシャリスト

ヴァイオレット:最難関大学生級の理系女


彼女たちがやり取りしているレースのパターン図は、サンプルの文様の名前をキーにした暗号文です。

……助けに行かなくても、自力で脱出しかねない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ