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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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合流

岩山の奥に造られた地下神殿から、うねうねと登って行く隠し通路と階段は、岩壁の裂け目に続いていた。自然にできたものらしい裂け目から、外気の流れを辿って行くと、切り立った崖の上の方に張り出した岩に出る。

日が落ちたばかりらしい空は、まだ少し青みがかっていた。


鳥しか通えぬような高所から、ジェラルドは、岩山の麓を見下ろした。

神殿の入口に続く小道が見えるが、ここからそこまで下れるような道も階段もない。

「いや、これ。ここからどうするんだよ」

虚空に張り出した岩の先は狹い。一歩踏み出せば落ちて簡単に死ねそうである。

「一体なぜ私までこんなところに」

白装束の裾が夜風ではためくのを抑えながら、ネズは小声でぼやいた。


二人をここまで連れてきた黒衣の怪人は岩の先で空を見ていたが、ふとネズの方に振り返った。

「ここでなら魔法は使っていいのか?」

「なんだと?」

黒衣の怪人の突然の問いかけにネズは思わず聞き返した。

「魔法だ。お前がいま手にしている明かりはそうだろう。さきほど皆も使っていた……」

「ああ、神威魔術か。女神より賜った一族の秘術だ。ここでしか使えないわけではない」

ネズは自分の指先に灯している淡い黄色の明かりを軽く振って、この程度の異能でも、異端の徒だと我らを迫害する奴らに見つかると面倒なので、人目は避けるが、身内と殲滅予定の敵しかいない場合は問題ないと言った。

「私が何者か知っているものしかいないのに、魔術を秘匿するのはナンセンスだ。秘術を使うからと言って、お前達は私を殺そうとはしないだろう」

だからといって、日常的に乱用することはないが……と、ネズは指先の明かりを消した。淡黄色の光が薄れ3人の立つ岩場は宵闇に包まれた。

「女神様の許しを得たもののみが使える力だからな。……神殿を冒涜した不届き者の成敗には相応しい」

「そうか」

黒衣の怪人は何やら納得したらしく軽く肯くと、懐から掌大の木の薄板を取り出した。

「何を……?」

「魔法使用に許可がいるなら、女神に大目に見てくれるよう、一言ことわっておいたほうが良さそうだから」

自分の話をこの人の形をした怪物がどのように理解したのかわからなくて、ネズは首を傾げた。


薄板は、どうやら大神殿の土産物屋でよく売っている祈願用の札らしい。願い事を書いて焚き上げる代物だが、こんな風に秘教の女神の絵姿が焼き付けられた札などあるわけがない。

唖然としているネズの目の前で、黒衣の怪人が持った木札の表面から煙が薄く上がった。まるで細い火ゴテで文字を焼き付けたかのように、木札に焦げ目ができて文字が綴られていく。

ごく簡潔な断り書きの一文が完成したところで、木札の端に青白い火花が飛んだ。燃えやすい木で作られた薄板はたちまち燃え上がり、黒衣の怪人が掲げた手からハラハラと落ちた。

白い煙が一筋、天に昇っていった。


「これでよし」

何が?!と叫びかけたジェラルドとネズの前で、黒衣の怪人の高く上げた右手の指先に、青白い眩い光が灯った。

「うわっ」

「眩しっ」

思わず目を覆って顔をそむけた二人には頓着せず、彼は掲げた光を大きく左右に振った。

「ああ、気付いてくれたようだ。旦那様、あちらに向かって手を振ってあげてください」

「なんだ?何かいるのか?」

ジェラルドは目を細めて宵闇の奥をうかがったが、強烈な光のせいですっかり目が眩んでいて何も見えない。

黒衣の従者はジェラルドを引き寄せて、その姿が空からよく見えるように照らした。

崖に突き出した岩先で、こんな風に照らされていると、伝説の人食い怪鳥を呼ぶ生き餌か何かにされた気がすると、ジェラルドは縁起でもないことを考えた。

「ほら、来ました。わかりませんか?」

「来たって……どこ…?……わぷっ」

直前までなんの気配もなかったはずの崖下から、突如として大きな羽ばたき音とともに強い突風が吹き上がり、ネズや従者のローブの裾をはためかせた。

硬質の細長い羽を高速で羽ばたかせながら、荷馬車よりも遥かに大きいものがゆっくりとせり上がってくる。


「御主人様!助けに参りました!!」


オーニソプターから身を乗り出して、決死の覚悟で銃を構えたヘルマンの顔は蒼白だった。




「怪しい宗教結社の邪悪な者に、生贄に捧げられる寸前なのかと思いました」

「あー、うん。それは仕方がない」

オーニソプターの高級な革張りのシートに深々と座ったジェラルドは、客観的状況を想像してみて、苦笑した。

「それにしてもよく僕の居場所がわかったな」

「アンシュさんのお父上が宝石職人で、昔、”女神の瞳”を納品したときのことを覚えていらして、あとはアバスさんの知識とすり合わせて、半ば以上当てずっぽうで来ました……お会いできて良かった」

安心して緊張の糸が切れたらしいヘルマンはぐったりと突っ伏した。相当に無理をしていたのだろう。

「ありがとうございます。助かりました」

ジェラルドの従者は、胡散臭い被り物を脱いで礼を言った。

「無事で何よりだが、なんでまたお主はこんなトンチキな格好をしとるんじゃ」

アバス老は、従者が脱いだ真っ黒な被り物をつつきながら、呆れた顔でその時代がかった装束を眺めた。

「まるで大鴉じゃな」

「”ネヴァーモア”とかいう怪物のモチーフらしいです」

「それはまたマイナーな伝承じゃのう」

古美術商の老人は嬉しそうに嘴の付いた被り物の鑑定を始めた。

「古王国の滅亡を告げにきた烏で、一番闇の深い夜に現れて、後に建国王となる王子を救うが、”二度目はない”と言って、夜明け前に姿を消す。編纂者もわからない古い説話集で読んだことがあるわい。古王国の滅亡の絵や彫刻を見ると、鳥が描かれていることがあるが、古いものだと黒く表現されている……お前さんらに伝わる話ではどうなのかね?」

アバス老は、後部のシートに座っている白装束の男に声をかけた。

「……私は昔話を語るために連れてこられたのか?」

「そういうわけではないので、伝承よりももう少し実際的な話をしよう」

従者はネズの顔を覆っていた白い頭巾を取って、自分も黒いローブを脱いだ。

「とりあえずどこへ向かったら良いでございますか?」

オーニソプターの操縦席のアンシュが、振り返って妙な敬語の王国語で尋ねてきた。

従者はネズの灰色の目を見かえした。

「あなたが部下から追跡に必要な最新情報を入手できる場所は?」

「アシュマカ……いや、ヴェナラスへ。大陸縦断鉄道の駅がある」

「アンシュ、ヴェナラスまで行けるか?」

「任せとけでございます」

スマートな流線型の機体は、東に向かって転進した。


夜は始まったばかりで、夜明けは遠かった。

川畑が自分の部屋に戻るまでには、まだまだかかるようだった。

シダール編完了


途中から読み始めて、10章の前をまだ読んでいない方は、そちらもお試しください。


275話からの小話「塔の少年と烏」がまだの方は、このタイミングでどうぞ。

https://book1.adouzi.eu.org/n2902gb/275/


次章、皇国編。

想定外の長編になったため、章分けしました。

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