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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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考察

アルベルト・アドリア博士は皇国の鉱石学者だ。彼は王国主催のガーデンパーティでヴァイオレット・ウィステリアの帽子に付けられた飾り石に目を付けた。

「(博士はヴァイオレットに”石が曇っているようだから磨きに出したほうがいい”と奨めた……問題は何の輝きに比べて曇っていると評したかだ)」

ヴァイオレットの身分を考えれば、帽子の飾り石がそれほど高価なものだとは考えないのが普通だろう。


アドリア博士が同時期に開催していた自然博物館の宝石展に行っていたならば、展示品である”太陽の炎”と帽子の飾り石が同じ形であることに気づいただろう。彼が帽子に付いていた石が当時、博物館の展示品とすり替えられていた尖晶石(スピネル)だと気付いたかどうかはわからないが、もし博物館ですり替え後の展示品を見ていたとすれば、そちらががただの柘榴石(ガーネット)であることに気付いたことは間違いない。

ジェラルドは当初、博物館の宝石の事件を知っていた博士がヴァイオレットが犯罪に巻き込まれているか、加担していると考えて、善意で遠回しに忠告したのだと思っていた。


「(あるいは、博士が”女神の瞳”は金剛石(アダマス)で造るものだと知っていたとしたら……)」

ヴァイオレットの帽子に付けられた飾り石は、中央の大粒の1点以外はすべてアダマスだ。それらはわざと油膜で汚されて輝きを鈍くされていた。博士がアダマスの親油性に詳しいことは疑いの余地がない。ならば、中央の大粒の1点の輝きが微妙にアダマスらしくもないのも、周囲の石と同じで油膜で曇らされていると思った可能性はある。

「(博士が帽子の石を高名な”太陽の炎”と思ったか、同型の”女神の瞳”の1つと思ったのかはわからないけれど、複製品や模造品にしては、あんな色の尖晶石(スピネル)なんて希少過ぎるんだよな)」

聞きかじった宗教にはまったニワカ信者の大富豪が、良かれと思って斜め上の発想で高価な複製品を造り、本物とすり替えて博物館に申請しているなんて普通は想像が付かない。

”太陽の炎”が古い神殿で見付かったという逸話や、”女神の瞳”の宝石はアダマス以外ありえないという知識があれば、アドリア博士は、ヴァイオレットの帽子の飾り石がアダマスであると推測しただろう。

その場合でも、ガーデンパーティでの対応を見る限り、博士は一歩引いた態度で、あくまでヴァイオレットが自発的に宝石の価値に気付くことを促しただけだろうと、ジェラルドは考えていた。




だが、ここでコートの男の反応から、博士が皇国の軍と関わりがある仕事をしていることがほぼ確定した。しかも神殿の女神像を叩き割って石を持ち帰るほど赤いアダマスが必要な内容らしい。

だとすれば、博士の役割とガーデンパーティでの助言の意味は変わってくる。


博士がアダマスを欲していて、皇国の軍の諜報機関あるいはそれに準じる組織につてがあるならば、ヴァイオレットが帽子を店に預ければ、その段階で飾り石をすり替えることが可能だ。

ヴァイオレットは石の価値に気づいておらず、店から戻ったとき多少色合いが変わっていても、磨いたせいだと思っただろう。


だが、彼女は帽子を修理に出さなかった。ガーデンパーティの前に直したばかりだったからだ。

しかも彼女は、貴族の家の住み込み家庭教師で、滅多に外出しない。外出するとしても、母の形見のとっておきの帽子は被って出ない。空き巣に入るには、高位貴族の家は警備が厳重過ぎる。

「(封筒の紙質がおかしな消印のない手紙がヴァイオレットのもとに届いたのは、しびれを切らした皇国軍の手配か)」


ヴァイオレットの実家は土地の名士だ。ウィステリア家の死んだ当主が以前シダールのタミルカダルにいたことは、土地の者に聞けばすぐにわかるだろう。そしてタミルカダルでドクターウィステリアの足跡を辿れば、おのずから黒街の骨董屋にたどり着く。

ヴァイオレットがガーデンパーティでどの程度博士に帽子の経緯を話したのかは定かではないが、骨董屋からの不可思議な申し出を捏造するのは、皇国軍の情報筋の者にとってはそれほど難しいことではなかったろう。

どこまでがダミーだかはわからないが、リージェントポートの輸入商の店舗にいた何人かは裏仕事の関係者のように見えた。彼女が一人で訪れていたらその帰りに襲われていた可能性は高い。

相手方からしたら、ジェラルドやあの規格外の従者の存在は、腹が立って仕方がなかったに違いない。


「(疑い出すと引っかかることはいっぱいあるんだよな)」

ジェラルドは顔をしかめた。冷たい石の床に引き倒された状態のままなので、体が痛くて冷える。

「(しっかし、ここはろくな思い出がない……今日はそれにしてもひどいが)」

ジェラルドは周囲の様子に目を走らせた。黒服達は残った台座や他の彫刻を壊しながら、手頃に持ち帰ることができる金や宝石の装飾を略奪していた。

「(怖い上司が先に帰ったからって、はしゃぎやがって。やりたい放題だな)」

この隙に逃げようかと思ったところで、数人の兵士が近づいてきた。


「そういえばまだこいつの身体検査をしていなかったな」

「誘拐されてたってんだから、ろくなもんは持っていないだろう」

「それはそれとしてよ……こいつなかなかお綺麗な顔をしてるじゃねぇか」

兵士の一人は下卑た笑みを浮かべた。

「こういうお上品ですました顔のプライドの高そうなお坊ちゃんが、ヒイヒイ泣くところを見るのって好きなんだよ」

「おいおい、お前。ロクでもねぇやつだな」

「まぁ、わからんでもないけどな」

「てめぇもかよ」

「お前もヤってみりゃぁわかるって」

聞くに堪えない相談を始めた兵士達を見上げて、ジェラルドは嫌悪感にギュッと眉を寄せた。

「ほら、いいツラだ。こいつはかなり楽しめそうだ」


兵士がジェラルドの襟首に手を伸ばしたとき、その背後で閃光がきらめき、複数の断末魔が上がった。

「は?」

ジェラルドに手を伸ばしていた兵士は、自分の胸の中央から突き出した矢じりの先のような形の光を見て、数度目を瞬かせてから、血を吐いて倒れた。


「な、なんだ奴ら?!」

「どこから現れた?!」


忽然と現れた一団は、顔をすっぽりと覆う奇怪な頭巾を被っていて、袖や裾の長い白い装束をまとっていた。

「"古き一族(カーラ派)"……」

これはまた随分と古風な衣装(オールドファッション)で来たな。とジェラルドは呆れた。

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