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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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細工神殿

人が二人並ぶには狭い地下通路を、ランプの明かりが頼りなく照らした。

「ここは右」

堅い岩壁を彫り抜いて造られた通路の分かれ道はどれも似ていて、いくつか通り過ぎると、すっかりわからなくなるようになっていた。

「ここは曲がらない。その次を左」

ジェラルドは迷いなく通路を選択していた。

「待て。本当に正しい道なんだろうな」

「疑うなら、迷って落とし穴に落ちて死ねばいい」

「どこまで続くんだ。もうかなり歩いたぞ」

「たいした距離は進んでいない。曲がりくねっているからそう感じているだけだ。まだ半分も来ていない」

「主席殿、分岐の目印として置いておく物が足りません」

「一度戻る」

リーダーの男はジェラルドに、入口の部屋まで引き返すよう命じた。


ロープを掛けられて引きずられた仔熊が、石の床に赤黒い跡を残す。

「神殿の床を獣の血で汚すとは」

「ふん。貴様もこの神殿を敬う気などないくせに小煩いことを言うな。王国の異教徒め。そら、次の分かれ道はどちらだ」

「左から2番目へ」

不快そうに眉を寄せたままジェラルドは道を示した。




入り組んだ迷路を抜けると、小部屋に出た。小部屋のぐるりには創世神話が描かれている。彩色が施された浮き彫りの要所要所には、貴石や宝石、貴金属類が嵌め込まれていた。

「お、おい。これ緑柱石や紅玉石じゃないか?」

「あのでかい盆みたいな日輪、まさか全部、本物の金か、すげぇ」

騒ぐ仲間をよそに、リーダーの男はジェラルドに明かりを向けた。

「また行き止まりだぞ。ここもカラクリがあるのか」

「ああ。ここは強欲な愚か者のための偽の報酬の部屋だ。宝石や金銀を盗ろうとして壁に触るなよ。壁画の顔料に毒が含まれている」

「なにっ?!」

壁に手をついて宝石の1つに爪を立てていた男はそれを聞いて青ざめた。

「すぐに表に戻って、外で十分に手を洗うことだな」

「ひいいっ」

慌ててもと来た道へと駆け出した数名を冷淡に見送りながら、ジェラルドは「間に合えば手指が腐り落ちる程度で一命は取り留めるかもしれん」と呟いた。


「どうすればこの先に進めるのだ」

「女神に祈りを捧げるのは日没後だ。この先の祈りの間に行くためには、日が沈む必要がある」

「道が開く時間が決まっているのか?」

「いや。単純なカラクリだ。日を月に変えてやれば良い」

ジェラルドは、男達の一人に命じて壁の浮き彫りにはめられていた日輪を取り外させた。

「そうだ。壁に触れぬように。そのまま上に持ち上げろ」

大きな金属製の丸板はずしりと重かった。ジェラルドはその丸板を部屋の反対側の壁に持っていくように言った。

「日輪があったちょうど正面に当たるところに、半月状のスリットがあるだろう。そこに落としてはめ込め」

金の丸板は、壁の浮き彫りの間に開いたスリットに転がるように落ちて、ぴったりはまった。

「たしかに日が月になったな」

「これで扉が開く」

「どこだ」

ジェラルドはすぐには答えず、小部屋にいる残りの人数を数えた。

「本来、この先には2人しか入れない。入口の仕組み上、この部屋に6人……あるいはそれ以上残る必要がある。奥に行くものを選べ」

「6人以上とは、どういう条件だ?」

ジェラルドは床を指差した。

「その床の模様の中の決まった位置に人が跪いて祈るんだ。場合によって6人だった年も8人だった年もあった。必要な最小人数はわからない」

おそらくは人の問題だとジェラルドは説明した。奥に行くものが多ければ、残る人数も沢山必要になる。

リーダーの男は少し考えたあと、先の戦闘での負傷者と下位の者数人をこの部屋に残すことにした。


ジェラルドは床を調べながら「おそらくは、ここと……ここ……」とこれまでよりも自信がなさそうに指示を出した。

「あとは正確にはわからない。扉が開いて中に人が入ってからならもう少しなにかわかると思う」

「ならば扉を開け」

ジェラルドは、日輪があった側を左、月がある側を右にして、壁の絵の一つに近づいた。

彼が慎重に螺鈿の蝶を指で押すと、蝶の羽は閉じるように手前に上がった。ジェラルドは羽を摘んで、奥の空洞から細長い金属の棒を取り出した。所々に短い突起のあるその金属棒を持って、彼は壁の別の場所に移動した。そして低い位置にある装飾文様の浮き彫りの隙間の一つにその棒を差し込んで捻った。

「ここを押さえていて。もう一人はこちらに来てその鳥の形の部分を強く押して。……大丈夫。そこに毒はない」

そうしてカラクリを一つ一つ解いていくと、ようやく壁の一角がずれて、隠し扉が現れた。

「随分、小さな入口だな」

開口部の高さは、成人の腰ほどまでしかなかった。

「祈りの間には、無垢なものか謙虚に頭を垂れたものしか入れないんだ」

ジェラルドは隠し扉の前に跪くと、扉の表面についた寄木細工に似た金属製のパズルと、文字が並んだダイヤルを、なれた手付きで手早く合わせた。

カチッと音がして扉が開いた。

ジェラルドが中に入ろうとすると、リーダーの男が止めた。

「お前だけ先に入るな」

一人で先に行って、出し抜かれてはたまらんからなと言って、彼は配下の者を一人先に入らせた。

「それはかまわんが……」

入口から押しのけられたジェラルドは、ランプを手に狭い入口に潜り込む男を、冷めた目つきで見送った。

「神の御前に至る道は細い。正道を外れず、頭を垂れてにじれ」

「異教徒が知ったように信仰を解くなと……」

リーダーの男が言い終わるよりも早く、短い悲鳴が聞こえて、隠し口の奥から漏れていたランプの明かりが消えた。

「疑う者、惑う者、傲慢なる者よ。汝に死を与えん……女神がどんな性格かは知らないが、この神殿を造ったやつは底意地が悪くて作法には煩いぞ。従ったほうがいい」

暗闇で揺れる明かりにうっすらと照らされた美貌の青年は、美しすぎて優しそうにすら見える冷酷な微笑みを浮かべた。

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