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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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門口

「本当にこんなところに神殿があるのか」

軽装のまま雪の残る岩山を登らされた男達は、不信と不満で剣呑な目付きをしていた。

「こんな季節に来るところではないんだ。防寒具を用意しろと出立前に言っただろう」

自身も寒さに辟易としながら、ジェラルドは歩を進めた。昔、馬車が通った道を発見していたので、坂はそれほどきつくはなかったし、下生えも生えていないので道自体はそう悪くはなかったが、寒さが堪えた。


「ここだ」

突如岸壁に現れた巨大な門のレリーフに、男達はどよめいた。

それは、アシュマカの大神殿の塔門とは全く違う様式で、むしろ王国風のようにみえた。

「岩山を彫って造られた地下神殿だ」

ジェラルドは灯りを用意するよう命じた。

「うるさい。お前が偉そうに指図するな」

「ここまでこればお前など、もう不要なのだからな。立場をわきまえろ」

口々に罵る男達に、ジェラルドは冷ややかな眼差しを向けた。

「立場を考えるべきはお前達だ。ここで僕を殺せば、お前達も死ぬ」

「なんだと?」

「中には盗賊よけの罠がある。無事に女神像のある最深部にまでたどり着きたければ、勝手な行動はせず、僕の指示に従え」

怜悧な美貌の青年が放つ圧に、男達は背筋がゾクリとするのを感じた。

リーダー格の男は、それでも指揮権は自分にあると言った。

「お前の知識は使ってやる。どのようにすればいいのか教えろ。だが、どのように行動するか命じるのは俺だ」

ジェラルドは鼻で笑ったが、反抗はしなかった。




門の両側の太い柱はエンタシスが強く、実際の高さ以上に高くそびえる印象が強かった。柱頭にも装飾は少なく荘重な印象だ。入口付近は吹き込んだ雪や砂が吹き溜まっていたが、その奥には広い空間があった。入口からの光が届きにくい奥の方は数段高くなっているようで、中央に祭壇のような台座があった。

「女神像はどこだ?」

「見当たらんぞ」

男達は灯りを手に、神殿内に踏み込んだ。

ジェラルドは雪交じりの泥で汚れた床に視線を落としながら、神殿内に漂う異臭に顔をしかめた。

「戻れ。何かいる」

「お前が命令をするな!」

男達のうちの一人が叫び返した声が、思いの外大きく堂内に反響した。

「おい!来てみろ。祭壇のこちら側に下り口があるぞ」

「なんだ?随分汚いな。泥や枯れ草の屑ががこんなに……」

「奥になにか大きな物が……うわぁああっ!!」

男達の叫び声をかき消すように、大きな獣の野太い咆哮が堂内に轟いた。


灰色背斑熊(グレイバック)だ!」

「大きいぞ」

「冬眠明けなら腹を減らして凶暴だ。気をつけろ」

「右座、位階3番まで”護盾”を準備!左座は総員、弓構え”炎咎”付与」


歳を重ねて背中の毛皮が斑に灰色になった大型獣は、唸りながらゆっくりと穴蔵から身を起こした。階段状にせり上がった最上段に立ち上がった獣を、男達は半円状に取り囲んだ。

両手を前に構え複雑な印を結ぶもの、腰に下げた矢筒の蓋を開き、小弓を構えるもの、それぞれが古い言葉で長い聖句を唱え始めた。

「神威魔術?失伝したのでは?」

ジェラルドは男達の手の先に赤色の火花が散るのを視て、目をみはった。

「我々を誰だと思っている。神を忘れた冒涜の徒とは違うのだ。……討て!」

後脚で立ち上がった灰色背斑熊は、説法台の聖職者のように男達を見下ろし、威嚇するように前脚を大きく広げた。

弓から放たれた矢が、赤色の光跡を残して、幾本も獣の体に突き立った。獣は咆哮を上げて太い前脚を振り回した。

鋭い爪の生えた強靭な前脚はしかし、前列にいた男達に届く前に、うっすらと赤色に光る揺らめく膜状のなにかに阻まれて、止まった。

バチリと火花が散って、獣は前脚を引き仰け反った。

「右座、抜刀!かかれ」

号令一下、曲刀を抜いた数名が、隙だらけの獣に切りかかった。




4名の重軽傷者が出た。

「仔熊がいます」

「殺せ」

人の絶えて久しい神殿内に住み着いていた獣の親子はシャーマの男達の手で屠られた。

「祭壇の下は行き止まりです。ただの収納庫だったようです」

「堂内に他に出入り口らしきものはありませんでした」

リーダー格の男はジェラルドに詰め寄った。

「どういうことだ?!なにもないではないか。こんなもののためにここまで来たのではない!」

彼は、獣がねぐらにしていた収納庫に残っていた小枝を束ねた片手箒を床に叩きつけた。

「僕がいなければ最深部には行けないと言っただろう」

ジェラルドは冷ややかに言い捨てると、脇にいた男に片手箒を拾うように命じた。

「その奥の壁のレリーフの前を掃除しろ。床との境を特に念入りにな」

「何を……」

「ああ、お前は下がっていい」

それは人に命令するのが当たり前の立場で生まれ育った者が、簡単な指示も実行できない使えない下僕を見る目付きだった。

「では、そちらのお前」

彼は最初に声をかけた男になんの関心も残さずに、別の者に声をかけた。

男達は、この美貌の青年の傲慢であることが生来の権利であるかのような振る舞いに唖然とし、つい従服しそうになったが、はっと我に返って怒鳴り散らして反発した。

とはいえ。リーダー格の男は、ここでいちいち反発していても埒が明かないと思い、ジェラルドの指示通りにするように命じた。


壁の手前の床の掃除が終わると、ジェラルドはランプオイルの予備を壁沿いに撒くよう要求した。

「さあ、これでいいだろう。なぜこんなことをする必要があるんだ」

「本当は新緑の若木の枝で床を払い、聖油で行うべき儀式なんだが、代用品でもこの際やむを得ないだろう」

「ただの儀式の真似事か?そんな形式だけのことで我々の手を煩わさせるな」

「宗教団体のリーダーの言葉とは思えないね」

ジェラルドは肩をすくめた。

細工神殿(テンプル)を飾ったことはあるかい?」

「あんな観光客向けの土産物など、我々が飾るわけがないだろう」

「不勉強だな」

ジェラルドは幾何学文様のレリーフのある壁に手をついた。

「あれはこういう古い形式の神殿に由来する物なんだぞ」

ジェラルドが押した石壁は、一見途切れがないように見える幾何学文様の一部が静かにずれて、扉が開くように回転した。

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