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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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警戒

実のところ、川畑が失敗したのは最初の声のかけ方ではなかった。


曰く……

「私が何者かだって?」

「困ったな。それがわかっている程度の人に取り次いでもらえるようお願いしたつもりだったんだが」

「申し訳ないが君よりもう少し事情通の人を紹介してくれないか」

「何も知らない君に話してしまうと迷惑をかけそうだ」

「短絡的な暴力での解決は下策だよ」

「お話にならないな」

「それで私が話をできる人は、どこにいるのかね?」

……と、ここまでに散々、煽りまくって、問題を積み上げて来たのだ。


本人は至って穏当に交渉を勧めてきたつもりだったが、そこはベーシックに傲岸不遜と妖精達に評された男。上流階級ロールをしなければという意識もあったせいで、相手の立場を慮って大人しく下手に出ているつもりの言葉が全部、慇懃無礼な煽り文句になるというミラクルを達成していた。

当然、降りかかる火の粉はあったが、彼に襲いかかった不幸な者達は、怪我は打ち身や脱臼、昏倒程度だが、プライドはボロボロにされて、丁寧に消火された。




というわけで、現状の危険物扱いはかなり自業自得だったのだが、川畑はまったく不審者としての自覚がなかった。本人は、時空監査局の根回しが済んでいる”話のわかる”現地スタッフに取り次いでもらうことしか頭になかった。

二度無き者(ネヴァーモア)だなんて、そんな物騒な名前で人を呼ぶのは止めてくれ。大鴉(レイブン)じゃあるまいし」

川畑は肩をすくめた。以前、ジェラルドがマザーグースを呟いていたことがあったから、この大仰な語は、ここの世界でも似たような詩があるせいで出てきた引用句だと彼は考えた。昔、聞きかじったことがある英国の詩にそんなフレーズがあったのだ。

しかし、クックロビンぐらいならまだしも、ポーなんてちゃんと読んだことはない。主人公が発狂するようなダークロマンティシズムは川畑の守備範囲外だった。

「王国の古い物語の話題は別の機会にしてくれ」

川畑はふと別の話を連想して、口の端を上げた。

「不老不死の吸血鬼の話もする気はない。昔ちらりと見たことがあるだけで興味はないから」

口に出してから、流石にこの冗談は、この世界の人間には脈絡がわからないだろうと反省した。

「これは君に言ってもなんの意味もない話だったな……」

戯言だから聞き流してくれ、と言って川畑は軽く首を振った。

「吸血鬼……?」

「本当に血液を吸う怪物というわけじゃない。吸血鬼の呼称は迷信による蔑称だな。忘れてくれ。こんな話をしに来たわけではないんだ」

川畑は鎖をじゃらりと鳴らせて、手枷をはめられた両手を胸の前に持ち上げ、ひらひら振って見せた。


「それで、君は私が何者かある程度わかっていて、上から話が通っている人だと思っていいのかな」

長めの沈黙の後、頑なさと緊張をはらんだ短い肯定の応えがあった。

「異界のものよ。要件はなんだ」

これは大丈夫そうだと、川畑は安心した。

「俺が護衛していた旦那様が、拉致された。おそらくはあんた達と敵対関係にある奴らが犯人だ。救出したい。協力してくれ。上からそういう指示は出ているだろう?」

上流階級ロールはうっちゃって、素の口調でそう告げたところ、また長い沈黙が返ってきた。

「まだもう一段上に裁量権があるのかな?」

そろそろうんざりしてきた川畑が、それでももう少しは辛抱してみようと思いながら待っていると、苛立ちを堪えたような声で返事があった。

「ここのことは私に一任されている。詳細を話せ」

「それはよかった。ところで、話はこのままここでしていいのか」

川畑は、目隠しに手枷足枷装備の状態で、大人しく立ち尽くしたまま尋ねた。

「俺は平気だが、あんたも後の人達も立ちっぱなしは疲れないか?こんな半地下の倉庫みたいなところで、お互いこんな距離で声を張って話していたら、誰が聞いているかわかったもんじゃないし」

またしても、長い沈黙があった。

「見えているのか?」

「いや。目隠しされた意図は尊重しているから見てはいない。あんたの顔色が見えたらもう少し話しやすいかなとは思っている」

さっきよりも、長い沈黙があった。

部屋の形や材質、人物配置は空間感覚でわかるけれど、この人の反応はよくわからないなぁと、川畑は思った。




そこはかまぼこ型の大きな地下室だった。半地下なのか天井付近に明り取りの窓が細く開いている。倉庫のような殺風景な内装で、黒っぽい石の床は砂で汚れていた。

広いが薄暗くて陰鬱な空間は、がらんとしており、中央に置かれた花柄の透かし彫りのあるティーテーブルはいかにも不似合いだった。

川畑の向かいで椅子に座っている男は、陰鬱な顔つきで、ティーテーブルよりも倉庫の雰囲気に合っていた。

彼の髪色は鈍い灰色で、中背だが痩せていて、やや猫背気味なせいで実際より小柄に見えた。


彼は、部屋は変えずにこのテーブルと椅子2脚を運ばせ、部下に川畑の目隠しを取らせた時からずっと険のある眼差しで川畑を睨んでいる。周囲の男達も緊張した面持ちだ。

「そう怯えなくても。協力をお願いに来たのだから何もしないぞ」

ティーテーブルとセットとは思えない無骨な木の椅子に座らされた川畑は、手枷と足枷も取って欲しいと少しアピールしてみた。

「ここに来る前にあれだけの狼藉を働いた男が何をいうか」

「あれはやむを得ない防衛措置だ」

手枷の鎖を外してくれたと思ったら、そのまま後ろ手に回されて椅子の背に固定された。膝の鎖はそのままで、追加で足首が椅子の脚に固定される。

「交渉や情報共有というより、尋問されているみたいだな。これではお茶を出されても飲めないぞ」

「茶は出さない。……話せ」

川畑は、せっかくいい感じのティーテーブルなのに残念だと思ったが、待遇改善にこれ以上労力を割くのは面倒くさくなったので、そのまま神殿の南門であったことの説明から始めた。

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