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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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偽装

川畑は、神殿の雑用係だという男の方に歩きながら、どう話を切り出したものか思案した。

”身内が誘拐されました”

なんて声のかけ方をして、もし時空監査局の現地協力者ではない相手だったら大騒ぎになる。

そこでふと、土産物屋でもらった願掛け札がポケットに入っているのを思い出した。

「(これを使うか)」

無地のままでは使いにくいので、魔力で部分加熱して、神像の絵をこっそり表面に焼き付ける。

ここの神殿にある神像では、土産物屋にあるバリエーションと被るし、地球の仏像のたぐいは、利用するとバチが当たる気がしたので、時空監査局の仕事の手伝いでいった先で見た像を思い出して使う。これなら、まぁまぁそれっぽいし、”関係者”ならわかってくれる可能性がある。

川畑は、現状の自分の身なりやロールに相応しくなるよう翻訳さんの設定を微調整してから、雑用係に声をかけた。





声をかけられて、物置に道具を片付けていた雑用係は振り向いた。

「はい」

仕事の邪魔をされる煩わしさと、人との会話を厭う気持ちがストレートに出て、自分でもどうかと思うほど機嫌の悪い声になった。

「取り込み中すまない。少し助けてもらえないだろうか」

そこに立っていたのは、見上げるほど背の高い青年だった。肩幅もある立派な体格のせいで一瞬気圧されたが、口調は穏やかで丁寧だし、おとなしい人物のようだ。参拝に来た観光客だろうか。シダールの上流階級の装いで、髪は黒いが、肌の色や顔つきからすると外国人かもしれない。

「なんでしょう」

参拝ルートから外れたこんな裏手に従者もつけずに一人でいるということは、はぐれて道に迷ったのだろう。

もうすぐ昼休みなのに面倒くさい。

適当に追い払う気で、さっさと要件を話せとばかりに、ジロジロ見てやると、青年は胸元から薄い木札を取り出した。

「願掛けの札を焚き上げたいのだが、どこに行けば良いのかわからなくてね。案内してもらえないだろうか」

思った以上につまらない要件だと、雑用係はため息をついた。

「その先の角を左に曲がって、建物沿いに道なりに進んで、正殿前に出ればすぐわかります」

「ありがとう」

青年は礼を言うと、少し思案してから、木札の表面を指先で突いた。

「願い事を書き込みたいんだが、なにか書くものがあったら貸してもらえないだろうか」

用は終わっただろうと仕事に戻りかけていた雑用係は、億劫そうに顔を上げて札を見て……目を見開いた。

木札には、彼がひそかに信仰している秘教の女神の姿が描かれていた。

もちろんこのあたりの売店で扱っているわけがない代物だ。

この青年が何者か知らないが、こんなものを持って接触してきた以上、”そっち側”の相手に取り次ぐ必要があるのは間違いない。

「協力してもらえるかな」

雑用係はガクガクとうなずいた。

青年は決まった通りの作法で、片手を胸に当てて「善き人に加護と繁栄があらんことを」と唱えた。




「アイリーン、どうぞおかけになって」

ホテルに戻ったものの落ち着かない様子のアイリーンに、ヴァイオレットは椅子を勧めた。

「なにかお飲み物は?」

いいえ、結構……と断りかけて、アイリーンは思い直した。

「そうね。ここで気をもんでいても仕方がないわね。飲み物と一緒になにか軽い昼食をルームサービスで取りましょう」

自分がまだポーチを肩から掛けたままだったことに気づいて、アイリーンは苦笑した。ポーチをクロゼットに戻して、呼び鈴の紐を引く。

オーダーした品が運ばれる頃には、アイリーンはこの先どうするか検討できる程度に、落ち着きを取り戻していた。

「食欲がなくても、きちんと食事を摂るって大切ね。食べたら腹が据わったわ」

「頼もしいですわ」

微笑むヴァイオレットに、アイリーンは「あなたの方がよほど頼もしいわよ」と思った。


二人が軽食を取り終わった頃に、ホテルの従業員が一通のメッセージを持ってきた。

「電信?私達にですか?」

急いで中を確認すると、迎えをよこすから、すぐにホテルを立てるよう荷造りをしておくようにとの指示だった。差出人は末尾にイニシャルが記されただけだ。

「このイニシャル……ロイ・ハーゲンよね?」

「そうですわね」

アンシュの実家を探して郊外にでかけた二人なら、電信を打つよりも直接ホテルに帰ってくるほうが早いだろう。

攫われたジェラルドが隙をみて逃げ出して打った可能性も低い。

ジェラルドの誘拐犯が騙ったメッセージならば、ロイ・ハーゲンの名は使わないだろう。ジェラルドは彼をブレイクと呼ぶし、アンシュがいるせいで水上宮殿での偽の役割を続けていたため、このホテルはなぜか”カラバ”名義で部屋が取られている。ロイ・ハーゲンの名を知っている外部の人間はいない。

彼が自分達だけにわかる符丁としてその名を使ったのだと、彼女達は判断した。


「お迎えの馬車が参りました。お荷物はこれで全部でしょうか」

「ええ。運んで頂戴」

「はい。マダム」

ポーターに鞄を運ばせて下に降りると、車寄せにシダールでは珍しい黒塗りの馬車が停まっていた。

「お乗りください」

扉を開けられたが、中には誰も乗っていない。扉を開けてくれた男も御者台の男も見知らぬ顔だ。どことなく馬車にそぐわない剣呑な雰囲気がある。

「連れがまだだわ」

「お連れ様は別の者がお迎えに上がっています。さぁ、お乗りください。荷物はこれで全部ですね」

アイリーンは少し躊躇したが「ええ、そうよ」と答えて、馬車に乗った。

「急ぎますので少し荒い走りになります」

男はそう言って扉を閉めた。外から鍵を掛けるような音がした。

「ちょっと!」

「揺れた拍子に戸が開いてお嬢様方が、振り落とされるといけませんので」

もっともらしいことを言い残して男が御者台に上がるやいなや、馬車は走り出した。

「開けなさい!停まって!!」

御者台との境の小窓がピシャリと閉められた。

「アイリーン……」

「大丈夫よ、ヴァイオレット。打てる手を考えましょう」

「ヘルマンさんとアバスさんが心配ですわね」

「そ、そうね」

大物すぎるヴァイオレットの発言に、アイリーンは「実は彼女が一番頼もしいのでは?」と思った。

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