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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第11章 真実の愛が生まれた地で

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楽屋裏

川畑は焦っていた。

「(出口から出てくる気配がない)」

南門の上に登る階段の出入り口はずっと見張っていたが、ジェラルドを拐った賊が出てこない。

「(脇道や裏口があるのか)」

空間感覚を拡張して、建物の構造解析をすれば抜け道も人がどこにいるかもすぐにわかるが、この神託が下ると言われている神殿で、どこまで力を使っていいのかわからなかった。

「(Dの奴に世界への干渉率の下げ方を聞いとけばよかった)」

あいつに聞いたところで、オノマトペ満載の論理性のない感覚的な回答しか返ってこないか、と苦い顔をしたところで、目の前にその当人が現れた。


「およびですか?川畑さん」

帽子の男は、相変わらず脳天気な様子で中空にふわりと浮かんでいた。

「……呼んでない」

「あれ?呼ばれた気がしたんですが。……ひょっとして誹りました?」

「お前、誹られても来るのか」

「日頃、無関心な川畑さんが私の愚痴をこぼすのはなにか問題が発生したときでは」

あながち間違いでもないので、川畑は嫌な顔をした。

「問題は発生している。ジェラルドが攫われた」

「そうなんですか。大変ですね〜」

まったく共感と危機感にかける声で、帽子の男は大げさに驚くジェスチャーをしてみせた。苛ついた川畑はワントーン低い声で「冗談事じゃない」と言って、帽子の男をおいて南門の裏手に行こうとした。


帽子の男は川畑の早い歩調にピタリと合わせて、空中を滑るように平行移動しながら、一点の曇もない脳天気さで川畑に話しかけ続けた。

「ああ、それで事情が少しわかりました。いやね、珍しく上からお達しがありまして、クライアントの意向でしばらく現地スタッフと連携を取れと言われたんですよ。なんのことかと思ったら、川畑さん一人では解決が難しそうな問題が発生してたんですね」

川畑は足を止めた。

「時空監査局の上層部は、俺の行動を把握しているのか?」

よくわからない上位存在に四六時中行動をデバガメされているのは、許容し難かった。

「いえいえ、うちはそんなに暇なとこじゃないです」

帽子の男の語るところでは、”上からのお達し”と言っても、彼の上司や組織の偉い人の命令というレベルではなく、単にこのプロジェクトのメインスタッフ経由でクライアントの意向を言付けされただけらしい。

「伝えた側は、川畑さんの人となりは全然知らないです。私が協力を要請している非常勤スタッフが一人いるという程度にしか把握していないですよ」

まさかそれがこんな非常識スタッフだとは思いもしないでしょう、と大変失礼なことをほざいて、帽子の男はカラカラ笑った。


「ん?その伝言があって俺にそれを伝えに来たということは、”誹られたから来た”云々は嘘か」

「そりゃそうですよ。川畑さんが何考えているかなんて私にわかるはずないでしょう」

川畑はますます苦い顔をした。

「川畑さん。他人に理解されても、理解されなくても腹をたてるのは、思春期というやつですか?」

「俺は中年を過ぎても、お前の無神経な言動で腹をたてられる自身があるぞ」

「ヤダなぁ。寛容になりましょうよ。堪忍のなる堪忍は誰でもす。奈良の観音、駿河の観音。と言うじゃないですか」

「”ならぬ堪忍するが堪忍”だバカモノ。奈良は大仏だろう」

「そうでしたっけ?どうも歌道に暗くていけませんね。提灯、貸してください」

「どこが歌道だ!そのネタをふるならせめて”七重八重、花は咲けども山吹の”ぐらい言ってからにしろ」

「下の句は”味噌一樽に鍋と釜敷き”でしたっけ」

川畑が帽子の男をぶん殴った拳は、その半透明な体をなんの抵抗もなく透過して空振った。

「訂正。”身”の一つだになきぞ悲しき。でした」

帽子の男はまったく悲しそうには見えない顔で、すまして答えた。




「背のおっきな外国人のおじさん、金髪のお兄さんの連れの人?」

話しかけてきたのは、年端も行かぬ少年だった。身なりからするとこの近所に住む子供だろう。妹だろうか、さらに幼い女の子を脇に連れている。

「おじさん宛の手紙預かった」

川畑は差し出された紙片を受け取った。子供は紙片を渡したあとの手を引っ込めないで、手のひらを上に向けたまま、川畑を見上げた。

「ああ、ありがとう」

川畑は多めの硬貨を渡した。

「手紙を君に預けたのはどんな人だ」

「緑色のターバン巻いて、白と茶色の服を着た短い髭のおじさん。おじさんより年食ってるっぽいけど爺さんじゃなかった。黒髪で背のおっきな外国人の男が、南門の近くにいるはずだから手紙を渡してくれって言われた。金髪の王国人の連れを探しているはずだって。それおじさんのことで合ってるよね」

「あっている」

この年の子供からしたら16歳以上の男はおじさんだろうと思いながら、川畑は手紙の中身を確認した。

「お兄さん、お友達とはぐれて迷子になっちゃったの?」

灰色のショールを被った女の子が、少年の後からおずおずと川畑に話しかけた。

「迷ったなら、あのお兄さんに相談するといいよ」

手紙の文面に目を走らせていた川畑は、ちらりと彼女の指した方を確認した。神殿敷地内にいくつかある関係者用の小さな小屋の一つの脇で、掃除道具を片付けている男がいる。

「彼は?」

少年は、川畑の視線に気付くと、あれは神殿の人だと答えた。

「偉い人じゃなくて、雑用係だから、なにか用があるなら頼めばいいと思うよ」

少年はそれだけいうと、稼いだ小遣い銭を握りしめてさっさと駆け去った。

「お友達に会えるといいね」

そう言って女の子も少年の後を追ってその場を去った。


「どう思う?」

川畑は自分の背後に浮かぶ帽子の男に目を向けないまま尋ねた。

「あの人に頼れと言われたんだから、そうしたほうがいいんじゃないですか?」

川畑はやっぱりそういうことかと眉を寄せた。

「わかった。こっちはなんとか指示通り進めておく。もう帰っていいぞ」

帽子の男の存在は、周囲の人々はもとより目の前で話していた少年にも気付かれていなかったようだが、彼がいると無駄な会話で気が散って仕方がない。川畑は帽子の男をすげなく追い返そうとした。

「はーい。帰ります。では、川畑さん……そうそう!忘れるところだった」

帽子の男はポンと一つ手を打つ素振りをした。

「私、前回来たとき、川畑さんのところに香炉とアヒル隊長を忘れていったでしょう。あれ、返してください。局の備品なんです。棚卸しがある前に返しておかないと」

「今は手元にない」

「なくしたとか言わないでくださいよ。アレ完全にオーパーツですからね。現地の人に見せたり渡したりしちゃだめですよ」

「……わかった」

「もー、心配だなぁ。とにかく、くれぐれもこの世界に迷惑をかけないように抑えめでお願いしますね。お体にもお気をつけて」

帽子の男は偉そうに川畑の鼻先に指を突きつけるポーズをとると、また後ほど取りに伺いますから用意しておいてくださいと言って姿を消した。


川畑はさしあたって協力を仰ぐべきであろう人物に声をかけに行った。

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